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第77話 常習化したいたずら

 水島はしばらく震えが止まらなかった。すでに暗くなりかけた部屋の中。静かにうちから湧き出てくる笑みを我慢していた。突然の火に驚いて自転車から転げ落ちる女子高生の顔が頭の中をぐるぐると回転しているように感じる。その恐怖の表情に水島は快楽を感じる自分を発見していた。


 もし覚醒剤にでも手を出すとこう言う感じを味わえるのだろうか?そんな思いが頭をよぎった。しかし、水島にはそんな麻薬に頼ってまで高揚感を高める必要は無い。今は彼には力があった。


「そうだ……俺は神にもなれるかも知れないんだ……この力……最強だ。他にどんな力が有ろうとすべては俺のコントロールの下にしか無いんだから……誰も俺を止められない……最高じゃないか!」 


 これまで彼が『力の使い方を教えてやった』連中の驚いた顔が次々と頭をよぎった。そうすると妄想が膨らみさらに笑みが広がるのが感じられた。自分に力が無くても相手に力が有ればそれを使える。しかも強ければ強いほど自分は強くなる。その思いは水島の笑いをさらに加速させた。


 最初のうちは偶然に見えていると思った他者の能力が意識して見えるようになったのはほんの最近。しかもそれも偶然だった。


 年末。朝からの法律の徹強で疲れていた水島は参考書を持って日がとっぷりと沈んだ都心のビル街を歩いていた。通り過ぎる車の列。かつてそんな営業車の一台に自分が乗っていたことを思い出すと石でもあれば投げたくなる衝動に駆られていた。


『どこかにカモがいないかね』 


 そう思いながら水島は湾岸地区のあの帰りたくもないアパートへと走る地下鉄の駅へ急いだ。


 そんな彼の目の前に立体駐車場の出入り口が目に入った。ビルの隙間に申し訳程度に付けられた事務所の横では足元に空き缶を置いた警備員がタバコをくゆらせていた。


『なんだろう、こいつは』 


 いつもならそのまま目をそらして通り過ぎてしまうところだが水島は男から眼が離せなかった。男の手の中のタバコの赤い光が強くなったり弱くなったりを繰り返している。そんな男に水島は意識を集中してみた。


 突然警備員の意識が自分に流れ込んできた。倦怠感、疲労、妬み、快楽、嫌悪感、嫉妬。そんな混乱した他者の意識に触れた瞬間、水島は恐怖のあまり手にしていた参考書を取り落としそうになった。


『なんだ!脅かすな!』 


 声にならない叫びが漏れた。そしてその意識の端にいつも法術を持つものに出会うと感じる独特の引っ掛かりがそこに感じられた。


『これは使えるな』 


 男の前を通り過ぎながら水島はニヤリと笑った。すぐにその力、パイロキネシス能力を発動させてやった。


「熱!なんだ!熱い!」 


 背中で男の叫び声が聞こえた。水島はとりあえず男の手にしていたタバコを消し炭にすることでこの場は満足して足を速めた。


 もしそれだけで終わっていれば、これからも機会があれば悪戯する程度で済んでいたことだろう。だが次の瞬間。街の人々のさまざまな意識が流れ込んできていた。


 誰もが敵意を意識の下に抱えていた。彼とすれ違う高いヒールを履いたやせぎすの若い女は何かに憎悪を燃やしているのを必死に理性で押し殺しているのがすぐに分かった。信号待ちでまわりをきょろきょろと見ているタクシーの運転手にはあからさまな前の客への怒りが見て取れた。道端で大きな腹を見せびらかしながら商談相手との挨拶のため大げさに頭を下げているサラリーマンには頭を下げる相手への苛立ちばかりが目に付いた。


 自分が失業をしてから世間に対して自分だけが持っていると感じていた感情のすべてが街に満ちていた。


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