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第75話 不動産屋はあくまで口実

「客だ!話があるから出てけ!」


 男の言葉に若い衆は男に続いてくる千要県警の制服を着た誠達を不審そうな目で眺めながら奥の部屋へと消えていった。そしてそのまま誠達は応接室のようなところに通された。誠は贅を尽くした部屋の調度品に目を奪われた。社長の机の後ろには金の額縁に古そうな書が入っていた。その手前にはなぜかその書を邪魔するように日本刀が飾られていた。両隣の壁は高級そうな木製の棚になっており、中にはこれも磨きぬかれたのが良く分かるグラスや誠が見たことも無いような高そうな洋酒が並んでいるのが見えた。


「おい、儲かるんだなあ……不動産屋は」 


 かなめの嫌味にただ乾いた笑いを浮かべながら男はソファーに腰掛けた。


「ああ、お嬢と……連れの方」 


 男は手でソファーに座るように合図する。にんまりと笑ったかなめはそのまま中央にどっかりと腰を下ろした。


「忙しい中来てやったんだ。茶ぐらい出せよ」


 相手を見下すような口調でかなめはそう命令した。 


「わ……わかりました」 


 そう言うと男は振り返り大きすぎる社長の机の上のボタンを押した。


「お前さんなら聞いたことはあるんじゃないか?噂じゃあ法術師適正のある人に部屋を貸すのを拒否している業者があるそうじゃないか?法術者への差別は東和の政令で禁止されてるはずだぜ」 


 かなめは悠然とタバコを取り出した。カウラとアメリアが嫌な顔をするが男は気を利かせたように応接セットの大きなライターに火をつけてかなめに差しだした


「ああ……この業界もいろんな人がいますからねえ。まあうちは後ろ暗いことのある人間専門なんで……へへへ……おかげで結構繁盛してます」


 男はようやく落ち着いたと言うようにそう言って頭を掻いた。 


「どう見てもやくざに見える人とか?国交のない地球圏の人間とか?」 


 アメリアの皮肉に男のこめかみがぴくりと動いた。


「なあに。私達は書類上は法令通りの商売をしている善良な市民に迷惑をかけることはしないわよ……ねえ、かなめちゃん」 


 アメリアはこれ以上のかなめの暴走は捜査の邪魔になると判断したようでその『伝説の流し目』でかなめを威圧した。


「そうだな。それは別の部署のお仕事……それでだ」 


 曖昧な相槌の後でかなめは手持ちの端末をテーブルに置いた。そして画面を起動させるとそこには豊川市内の不動産業者の一覧が表示された。


「豊川はなんと言っても菱川系企業のお膝元だからな。不動産屋も系列が多い。そしてなぜかここの系列のお店は法術師がお嫌いと見えてアタシの耳にも入居拒否や転居要求の話が届いてきている」 


 かなめは淡々と要件の説明に入った。


「なんだ……お嬢も知ってるんじゃないですか。大手はそういうところには敏感ですからね。特に菱川は政府とつるんでいるから法術の危険性は熟知しているんでしょう。でも基本的に大手は法術師の入居には寛容な方ですよ。付き合いのある中堅クラスの社長とかは法術師は絶対取り次がないとか言ってたのがいますからむしろ中小の業者の方がハードルは高いと思いますがね……あれですか?法術師の差別の調査をされているとか?」 


 タバコをふかすかなめがリラックスをしているのを見て男は安心したように笑みを浮かべてそう言った。すぐにかなめの目が殺気を帯びる。余計なことを聞いた。修羅場をくぐったことのあるらしい男はすぐに黙り込んで静かに腕を組んだ。


「お嬢の目的はさて置いて。まあそんな状況ですから……大手に割高な仲介料を払えない連中となると……駅前の三件はかなり法術師にはつらいですからね。あそこの三件とも個人営業でやってるんですが、そろいもそろって法術師嫌いと来て法術適性のある客は一切受け付けていないですから」 


 男はそう言うと静かにタバコを取り出した。嫌そうな視線を向けるカウラだが、かなめがそれへのあてつけのように自分のジッポライターを取り出した。


「すいませんね……」 


 男は満面の笑みを浮かべてタバコに火をつけた。


「オメエじゃアタシに手を触れるどころか、アタシのこんなサービスはテメエじゃ無理だったろ?うれしいか?」 


 かなめがかつて甲武陸軍特殊部隊員として東和の沿岸部の租界での非合法物資の取引ルートを巡る利権争い『東都戦争』で潜伏して娼婦として情報収集を行なっていたことを誠にも思い出させた。


「となると……南商店街の二件が法術師に平気で部屋を貸すことで同業者の間では知られてますわ」


 男はかなめのサービスに少し落ち着きを取り戻してそう言った。 


「ああ、そこはうちじゃないですが……堅気じゃない連中が関わってますから」


 男が付け加えた説明にかなめは納得がいったようにうなずいた。 


「おう、参考にするわ」 


 かなめは男の指定する店にしるしをつける。そしてそのまま画面に映る商店街の店を眺めながらスクロールさせた。


「かなり絞り込めるな……今回の事件の犯人。手口からして素人。そうなるとここみたいな危ない経営者のいるところは避けるだろうから……ちょっと揺さぶりをかけてみるか?」


 かなめの挑発的な言葉に男の表情が変わった。 


「お嬢。危ないは止めてくださいよ。うちはこれでもまっとうな商売をしているんですから。それとこの情報が俺の口から出たなんてこともどうぞご内密に……この業界も色々あるんで」 


 淡々と自分を切って捨てたかなめに泣きを入れると静かにタバコをふかした。


「でも私もそうだけど分かるの?不動産屋のどれが危ないとか、どこが法術師には紹介しないとか」 


 アメリアの言葉に一瞬かなめの手が止まった。心底呆れたと言う顔。それが今のかなめの顔に貼り付いていた。


「オメエ……この店の経営者がこいつだって分からなかったのか?」 


 かなめはあざけるような笑みを誠達に向けてきた。


「そういう事がすぐ分かるのは西園寺くらいの経験が必要だろうな」 


 そう言うとカウラは自分の顔に向けて流れてくるタバコの煙を仰ぐ。そしてかなめはしばらく放心したように黙り込んだ。


「つまり……やっぱり駅前の二件も捜査対象か。まあいいや」 


 かなめはそう言って頭を掻きながら男を見つめた。


「うちには法術師とわかる客からの物件の紹介はしていませんよ」


 少しばかり焦った調子の男。それを見るとかなめは視線を誠に向けた。


「だってよ!良かったなあ、神前!住む寮があって!」 


 肩をバシバシ叩く上機嫌のかなめを見ながら誠はただ訳も分からずうなずいた。そしてかなめのしぐさを見て男の表情が曇るのがすぐに分かった。


「こいつ……いや、この兄さんは法術師?」


 誠はおずおずとうなずく。そこには先ほどかなめに向けたのとは別の恐怖の瞳があった。理解できない奇妙な生き物に突然であったとでも言うような目。誠も時々こう言う目に遭遇することがたまにある。法術と言う理解不能な存在が明らかになって生まれた溝をそのたびに誠は実感する。 


「そう言う事。それどころかこの『法術』と言う言葉を生んだあの『近藤事件』で暴れまわった奴。なんならコイツお得意の『光の剣』で真っ二つにしてやろうか?」 


 かなめの言葉にさらに男は明らかに緊張していく。それを見ると誠の脳裏に何かが流れ込んできた。恐怖、侮蔑、敵意。それらの感情が目の前の男のものだとすぐに誠には分かってきていた。



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