第72話 活動拠点を移した正体不明の法術師
「間違いなくこっちに来たんだな。人の褌で相撲をとる馬鹿が。アタシもカウラの勘の方に賭けるぜ。アメリアは悠長すぎる」
これ以上の詮索はただの無駄。そう判断して振り向いたかなめのその言葉に一瞬で真顔に戻ったカウラとアメリアがうなずいた。誠はただいつものように彼女達が暴走しないように見張っていた。
「でも……放火魔ってこう言う野次馬の中にいることが多いんですよね。それにさっき法術師はすべて調べたなんて態度でしたけど法術適正は任意でしょ?」
誠は話題を変えようと野次馬達に目を向けた。何名かの警察官が時々野次馬に声をかけて質問をしているようだが、時折逃げていく人物もいるのでとてもその質問が役に立っているようには誠には見えなかった。
「まあね。本来法術について知らなかった現場の捜査官の認識なんてそんなものよ。あの連中じゃまず犯人逮捕は無理ね」
住宅街のお化け屋敷が延焼したことで遠くを見るとさらにこの騒動を見ようと人が集まっているのが見える。
「しかもここの捜査官の調べてるのは実際に火をつけた人間ばかりだ。この事件の主犯は火をつけるんじゃなくて火をつけさせるんだからな。放火魔みたいにいつまでもこの現場にいるかどうか……なあ、アメリア」
かなめはそう言ってアメリアに笑いかけた。
「私に聞かないでよ。放火魔の心理なんて知らないわよ」
迷惑そうにかなめに向かって言うアメリア。誠はただ訳もなく野次馬達が増えていく様を眺めていた。
「ともかく例の不動産屋めぐりを始めねえとな。いつ人死にがでるかわからねえ」
かなめの言葉に誠達の顔に緊張が走った。法術関連の事件は誠がその存在を示して見せた半年前の『近藤事件』以来、増加の一途を辿っていた。好奇心で受けた法術適性検査で突然自分に力が宿っていることを告げられた人物が暴走する話。そんな事例は法術特捜の首席捜査官の茜から嫌と言うほど聞かされていた。
ほんのちょっとした好奇心でそれは始まる。それがいつの間にか人を傷つけるようになり、さらに重大な事件を起こすことになる。そんな典型的な法術関連事件。今回は趣が違うが確かに自分の力の使い方が来るって着ているという意味で同じ様相を呈してきた。
「じゃあ私達の捜査を始めるとするか」
すでにカウラは車の運転席に乗り込もうとしていた。いつも通りカウラの『スカイラインGTR』に誠達は乗り込んだ。後部座席に押し込まれた誠が現場検証中の刑事達を見れば、まるで哀れんでいるような薄笑いを浮かべて誠達が車を出すのを眺めていた。
細い路地を抜け幹線道路へと車は進んだ。
「愉快犯ですかね……それとも法術師が社会からつまはじきにされている事への不満分子?どちらにしろ単独犯ですかね。テロとか政治的意図でやるにしては規模が小さすぎますから」
誠の一言にかなめはにんまりと笑った。そして次の瞬間誠の足はかなめのチタン合金の骨格を持った右足に踏みしめられた。
「痛いですよ!西園寺さん!」
誠はかなめのいつもの気まぐれにうんざりしながらそう言った。
「当たり前だ。痛くしてるんだからな」
かなめのそんな言葉に振り向いたアメリアが苦笑いを浮かべていた。カウラはまるで聞いていないと言うように変わる信号の手前で車を止めた。
「まだまだ小手調べ程度の気分だろ。この前の婆さんを標的にした時は珍しく空間制御で時間軸をいじると言う大技を使ったが、まだ空間制御系の法術を借りて何かをするって所までは考え付いていないみたいだからな。アタシなら次は干渉空間展開能力のある奴を見つけて宝飾品店に忍び込んで……」
かなめの妙に具体性を帯びた話にかなめにもし同じ力が有ったら実際にやりかねないというような恐怖が誠の脳裏をよぎった。
「ずいぶんリアルね。能力が有ったら自分でやる気?丁度誠ちゃんと言う干渉空間を展開できる法術師が身近にいるんだからやってみたら?そんな能力をハッキングするなんて器用な真似をしなくてもかなめちゃんお得意の銃で脅せば誠ちゃんは協力してくれるわよ」
アメリアが茶々を入れたので身を乗り出そうとしたかなめだが、カウラはうんざりしたと言うように車を急発進させた。
「おい!ベルガー!」
後頭部を座席にしたたかぶつけたかなめが叫ぶ。だがカウラは振り向くこともしなかった。
「西園寺がさっき作ってたハイキング表の通りに行くつもりだがいいか?」
カウラは冷静にそう言うといつも通りに国道を走った。
「カウラちゃんはクールねえ。上官命令、それでいきましょう」
かなめは複雑な表情でうなずく以外にすることは特になかった。再びカウラは左にウィンカーを出すと一方通行の横道へと車を乗り入れた。表通りから見えるビルの裏は曲がりくねった道。かつての街道筋のままの細い道の両側に狭い店舗が続いていた。
「まったく場当たり的な造成しやがって……再開発はまだなのか?」
あたりに広がるまばらな建設中の一戸建てを見ながらかなめはそうつぶやいた
「そんなに計画的なのが好きだったらかなめちゃんのお小遣いで何とかすれば?そのくらいのお金は有るんでしょ?マンション一棟引っ越し祝いにくれるくらいなんだもの」
アメリアは冷やかすような調子で周りを見回すかなめに向けてそう言った。
「やなこった!なんでアタシがそんな市役所の仕事の代行業を受け負わなきゃならねえんだよ!」
かなめとアメリアのやり取りに誠はつい噴出す。すぐにかなめのタレ目が威圧するように彼をにらんでいく。店が終わると今度はトタンでできた安っぽい壁ばかりが並ぶ平屋の家々の中へと道は進んだ。




