第71話 変えられた日常
「怪我人は無しか。いいことじゃねえか」
全焼した廃屋を見上げながらかなめがつぶやいた。すでに能力暴走を起こしてパニック状態に陥ったパイロキネシス能力者の豊川商業高校の女子生徒は警察署へ向かうパトカーに乗せられて消えていた。
あたりは消防隊員と鑑識のメンバーが焼け焦げた木造住宅の梁を見上げて作業を続けていた。
「これで二件目……もう例の犯人は豊川市に拠点を移したと考えるべきだろうな」
カウラは断定口調でそう言い切った。
「カウラちゃんが珍しいわね。ちょっと結論急ぎすぎじゃないの?たった二件じゃない。結論を出すにはまだ早いような気がするんだけど」
そんな口調が気になったように心配気味にアメリアはそう尋ねた。慎重派のカウラのその言葉に誠も驚きを隠せなかった。
「まあ私も『厚生局事件』以降は考え方も変わったからな。法術に関してはどんどん先回りして考えないとな。被害が大きくなってからでは遅いんだ。あの事件で私が学んだ教訓はそれだ」
カウラは張り巡らされた黄色いテープを持ち上げて現場に入った。アメリアやかなめ、誠もその後に続いた。焦げ臭い香りが辺りに漂っていた。現場の鑑識の責任者らしい髭面の捜査官がカウラに敬礼をした。カウラ達も敬礼をしながら辺りを見回した。
「ああ、司法局さんからの出向している方達ですか」
それまで証拠写真を撮影していた中年の鑑識官が誠達の姿を見て声をかけてきた。
「よくご存知で」
鑑識の男の笑み。専門技術者らしく署長はじめとする豊川署の警察官僚の含むところのある笑みとは違う頼りにしていると言っているような笑顔だった。久しぶりに誠も警察の人間の言葉をそのまま信じてみることができるような気分になっていた。
だがすぐにその顔は周りの生暖かい目で見る刑事達と同じ色に染まり始めた。組織の壁はやはりどこでもとてつもなく高い。
「まあ……うちは狭いですから……それに噂はかねがね」
含むところがあるというような笑みにカウラもあわせて乾いた笑顔を浮かべた。
「連れていかれた女の子が……いわゆる『法術捜査の被害者』と言う奴ですか?」
誠の言葉にうなずきながら鑑識の男は辺りを見回した。彼が口を開くより早く、現場の責任者らしい頭頂部まで禿げ上がった髪が目立つ定年間近と言う風な感じの巡査部長は誠の階級章を見ながら頭を掻きながら前に出てきた。その姿を見て鑑識の髭の男はそのまま先ほどまで続けていた燃えた廃屋の前の道路に散らばった家の破片を集める作業を再開した。
巡査部長は余計なことを鑑識が言わなかったかと威圧するような視線で髭の男を見送ったあと明らかに面倒な相手をあしらうような口調で説明を始めた。
「今のところパイロキネシストの能力を使用しての放火と考えるのが妥当ですな。事実、我々が探し出した宅配便の運転手の証言でこの道路から見える壁が一気に発火したと言うことが分かりましてね。物理的にそう言う燃やし方をすれば出る科学物質の反応もないですから……すぐに非常線を張りましたから他にパイロキネシストがいたとは考えられません。まず間違いなく彼女のパイロキネシス能力が利用されてこの建物が燃えたのは事実だと……」
いかに自分達がこの捜査の主役か強調したいと言う意図が満々の口調に明らかにかなめは苛立ちを隠せない様子だった。アメリアの押しとどめる手を叩き落としてそのまま同じくらいの背の警部に挑戦的な視線を送っていた。
「で、その餓鬼が何か言ってたのか?これまでのケースでは脳内に声のようなものが響いたという報告が有るんだ。同じような現象は無かったのか?」
警部補の階級章のかなめに見つめられると頬を緊張させながら巡査部長が頭を掻いた。
「まあそんなことを聞き出そうにもかなりのパニック状態で……本部で改めて調書を作成したときに……」
巡査部長がそこまで言ったところでかなめは現場にもかかわらず煙草の箱を取り出して下卑た笑みを巡査部長に向けた。
「悠長だねえ。その間にまた一つ二つ事件がおきるんじゃねえの?県警の捜査の遅さはアタシ達への嫌がらせか?それとも自分が無能だって言いてえわけか?」
かなめの言葉にはいつもの凄みがあった。言っていることにも間違いが無いだけに巡査部長はどぎまぎしながら言葉を続けた。
「聞き出せたことは……自転車でこの道に入ってしばらくしたら意識が朦朧として気が付いたらこの廃屋が燃えていたと……それ以上の細かいことは彼女が落ち着いてからでないととても……」
巡査部長は遠慮がちに自分を威嚇する視線を送ってくるかなめに向けてそう言った。
「ほう?気が付いたら?放火の意図があったかどうかは確かめて無いんですか?これはまたまた悠長なことで。能力を持つ者には責任があるって警察では法術適性のあった人物を対象に講習会をしてるらしいじゃないですか?その講習会で言ってることはまったく意味が無いと言いたいわけですか?ふーん……」
やけに丁寧に口を挟むかなめにむっとした表情を浮かべる鑑識の責任者の巡査部長に誠はいつの間にか同情していた。
「ですがこれは都内で昨年から続いている……」
明らかに動揺している哀れな巡査部長にタバコに火をつけたかなめは軽蔑の視線を向けた。
「そんなこと聞いてんじゃねえんだよ!」
口答えをする相手にかなめがキレた。突然の恫喝の声。先ほどまで誠達の相手をしていた禿の鑑識が驚いて振り返りあんぐりと口を開けている。
「あの餓鬼が嘘ついているとか考えたことがねえのか?あ?」
かなめの様子はまるでやくざのそれのようにしか誠には見えなかった。
「しかし……それじゃあ演操術の法術師はいないということであなた方はただの無駄飯食い……」
思わず本音が出て口をつぐむ鑑識の隊長。かなめはそれを見て満足げにうなずいた。
「かなめちゃん。いじめはいけないのよ」
さすがにアメリアはここでかなめを止めにかかった。このままならいつまでもかなめは目の前の巡査部長をつるし上げるばかりで話が進まない。
「いいだろ?合法的なストレス解消法だぜ」
座敷牢同然の部屋に閉じ込められて溜まった鬱憤を晴らしたかなめはすっきりした調子でそう言った。
「まったく趣味が悪いな」
いつものことなのでアメリアもカウラもニヤニヤと笑っていた。その様子が薄気味悪いと言うように巡査部長は襟を揃えると去っていった。見てみるとそこにはようやく到着した幹部と思える背広の警察官がいてすぐに敬礼すると誠達が入ることすら許されなかった廃屋の敷地へと彼等を案内していた。