第65話 世話係と言う名の監視者
ノックの音がした。
「どうぞ」
アメリアが当然のように答える。入ってきたのはかなりくたびれた背広を着た定年間際と思われるやせぎすの男だった。
「杉田さんですね」
アメリアの言葉にそれまでの無表情が人懐っこいものへと変わった。
「ええ、まあ」
杉田の返事にアメリアは満足げにうなずいた。かなめは相変わらず不機嫌そうに周りを見回している。
「ひでえ部屋だな。他に空いてる部屋は無かったのかよ。こんなぼろい部屋に美女三人も押し込めて……ここは甲武の岡場所の下司な女郎屋か?飯に麦でも入ってたら殺すかんな」
わざと聞こえるようにそう言うかなめの声には怒りの色が含まれていた。
「実は……上からの指示でね。本来なら大事な助っ人だ。いい部屋を用意しておくべきなんですけどねえ……なにしろここ豊川は近年のニュータウン開発競争で交通事故が多発していまして交通課に署員を多く配置している関係上、部屋が足りない状況なんですよ。かといって立て替えたばかりの建物を増築する予算なんて到底ありませんし……予算が無いのはお互い様ですよね」
杉田氏が口を開くまでもなく誠達は杉田の交通課云々はただの言い訳でこの惨めな有様が千要県警上層部の意図だと言うことを理解していた。
同盟厚生局事件。一応外面的にはテロリストによる法術データ強盗事件と言う発表で落ち着いているが、三ヶ月前のその事件は厚生局による違法法術研究の事故が原因であり、その為に東都警察と司法局実働部隊が対応に当たったことは司法関係者なら誰もが知っていることだった。
その時、虎の子の法術対応即応部隊を投入しながら何一つ点数を稼げなかった警察が、暴走する実験体を対峙して見せた誠達に明らかに嫉妬していると言う噂は散々聞いていた。
そしてその結果が目の前の哀れな現状だった。仕方がないというように顔を怒りで引きつらせながらカウラは椅子に座った。かなめはもう怒りを通り越して呆れてそのまま窓から外を眺めていた。
「空調はちゃんと効くのね」
そう言いながらアメリアはそのまま奥の空調機を確認する。誠はただ黙って杉田の顔を眺めていた。
「ご不満でも?……まあ不満でしょうね」
急にそれまでの杉田の柔和な表情が緊張した。一応は東都警察の警察官。しかも見るところベテランであることは間違いない。にらみを利かせるように言われれば誠はただ黙ってうなずくしかない。
「……捜査関係の資料は閲覧できるのですか?」
実務的な話ならこういう時は頼りになるカウラがそう言って杉田を見つめた。
「当然です。ただし……プロテクトがかかっている部分については閲覧されないように。あなた達は同盟機構の職員です。我々は千要県の警察組織に所属しています。その違いはお分かりですよね」
杉田というこの初老の捜査官はあたかも事情を察しろと言うようにそう誠達に釘を刺した。
「安心しな。うち専属のハッカー軍団は最終兵器の調整作業でへばってて本隊でお寝んねだよ。アタシはサイボーグだがハッキングはそれほど得意でなくてね……荒事専門なんだ」
半分やけになったようにかなめは叫ぶとそのまま近くの席に腰を下ろした。
「それではよろしくお願いします」
そう言うと杉田は見放すようにドアを閉めて消えていった。
「予想したよりはかなりましなんじゃないの?」
早速端末を起動させながらアメリアがつぶやいた。
「でもなあ」
かなめは置かれた状況に対する不満の持って行き所を探すように周りを見回しながらそう言った。
「西園寺。結果で示せばいい事だ」
カウラの言葉にかなめは渋々うなずいた。誠はただ不安で一杯になりながら自分の襟に巡査部長の階級章を取り付けていた。