第63話 使えない警察署
「法術の検査は政令に定めるとおり、警察署においても任意の検査が原則となっているので。それに適正者で能力的に貴重な人材はすべて県警の機動部隊に転属になって……」
副署長の説明が長くなりそうなのを察して誠はあくびをかみ殺すのに必死だった。
「つまり手駒で使えるのはいない確立が高いと……使えねえな」
かなめの言葉に署長のこめかみが痙攣するのを見て誠の胃がきゅるきゅると痛んだ。
誠の予想通りかなめの『使えない』に副署長まで怒り心頭という感じで膝の上の両の手をぎゅっと握り締めているのが自分を威圧しているように感じられる。誠は口の中が乾いていくのを感じていた。
「申し訳ありませんね、どうも。うちの仕事は荒事ばかりですから。後でしっかりその点は指導しておきますので。では私達はどこに行けばいいんでしょうか?」
アメリアもかなめの暴走が予想より早く始まりそうに思えたようでなんとかこの場を収める決意をしたようだった。目の前の二人の警察官僚も別に喧嘩をしたくてここにいるわけではない。早速副署長が立ち上がるとそのまま署長の執務机に置かれた電話機に手を伸ばした。
「一応、『結果』は期待していますので」
言葉の頭の『一応』に力を入れてつぶやくと署長は立ち上がった。部屋のドアが開くと二人の女性署員が現れた。
「とりあえず着替えをお願いしますよ。その格好だと軍の人間だと思われますから」
まだかなめの言葉を引きずっていると言うような副署長の表情。誠は顔を引きつらせながら立ち上がった。
「あ、神前曹長。男子更衣室まで案内します」
見た感じ四十手前と言う黒ぶちの眼鏡の女性署員。彼女の言葉につられて誠は一足先に廊下に出た。
四階建ての警察署の最上階にたどりついた。人気が無くて物寂しくていつもサラなどが走り回っている司法局実働部隊の隊長室の前の廊下とはまるで風情が違った。
「こちらです」
女性署員はそのまま階段を小走りで駆け下りた。誠は慌ててその後ろに続いた。三階を通過するとそのまま二階。当然のようにそこで廊下へと進む速度についていくのが誠には骨が折れた。
「こちらです。そしてこちらに着替えてください。すでにロッカーには名前が貼ってありますのでそちらをお使いください」
それだけ言うと一礼して去っていく女性署員の後姿が見えた。誠はすでに眼鏡以外の顔の特徴を忘れたほどに個性の無かった女性署員から受け取った階級章の無い制服を手にロッカールームに入った。日中だと言うのでロッカールームには誰もいなかった。誠はさっさと着替えてしまおうと幸い目の前にあった『神前』と書かれたロッカーを開いた。
長いこと誰も使っていなかったのか防虫剤の強い刺激臭が誠を襲った。誠はしばらく扉を開けたままそこに立ち尽くした。
『あの人達……大丈夫かな』
考えれば考えるほど事態が悪いほうに進んでいくように感じられる。誠は仕方なく急いで着替えに取り掛かった。着替える東和警察の制服と東和陸軍の制服の徽章を変えただけの司法局実働部隊の制服。着替える要領は同じなのであっさり着替えは終わった。
『神前曹長』
調度そのタイミングで今度は男性の声がロッカールームの外から聞こえた。
「はい!着替えが終わりました!」
そう言って飛び出した誠の前には背広を着た中肉中背の男が立っていた。
「こちらになります」
誠の顔に目も向けずに振り向くと男は先ほどの女性署員と同じような早足で歩き始める。誠はそのまま彼に従って冬の弱い日差しで陰になっている二階の通路を歩き始めた。