第60話 無理のある願い
「クバルカ中佐!お願いがあるんですが!」
アメリアはいいことが思いついたと言う顔で目を輝かせて欄に語り掛けた。
「アメリア……萌えたから抱きしめさせてくれってーことならお断りだかんな」
笑顔のアメリアをランは警戒するような瞳で見つめた。それを見ていつもはリアクションの少ないカウラが噴出しそうになのが誠の目に入った。
「信用無いですねえ。私」
アメリアは苦笑いを浮かべながら抱き着いてくるアメリアを想定して身構えているランに向けてそう言った。
「まあいつものことだからな。アタシはこの部隊のマスコットじゃねーんだ。この部隊の副隊長で、シュツルム・パンツァーの運用のすべてを統括する機動部隊長なんだ。そのくらいのことは覚えとけ」
そう言いながらランは小手を外す作業に取り掛かった。
「それよりクラウゼ。お願いはどーした?」
ようやくランは話を戻そうとした。しばらくアメリアは話を振られたことを気づかないように突っ立っていた。
「早く話せよ。くだらねー話ならぶん殴ってやるから」
指を鳴らしながら小さなランがすごんで見せる。誠から見てもその光景はかなり滑稽だった。ランの身長は118cm。一方のアメリアは180cmを超える。小学生がプロスポーツ選手を脅迫しているようにしか見えない。誠にもつい笑いがこみ上げてきた。
「私達を派遣してくれませんか?豊川署に」
アメリアの突然の一言に一同の目は点になった。
『は?』
時が止まったようだった。誰もがアメリアの言葉の意味を理解できずにいた。ただ一人島田は納得したようにうなずいている。
「あれか。法術関係捜査の実績はあるからな。その経験を生かしての助っ人と言うことなら……受け入れてくれるかもしれないねえ。法術捜査にはどうしても及び腰の県警の連中には願っても無い助っ人になるでしょ?アメリアさんも考えましたね」
島田の言葉にようやく全員がアメリアの意図に気づいた。そしてその視線は自然と法術特捜の全権を握る茜へと向けられた。
茜は襟元に手をやりしばらく考えていた。
「別にはったりじゃないですし……実績ならありますよ。厚生局事件の報告書は豊川署でも閲覧できるはずですから」
アメリアの言葉に茜は小首をかしげて考えにふける。その肩をランがぽんと叩いた。
「アタシは無理だが……クラウゼにベルガーに西園寺に……神前。これで十分だな」
ランは腹を決めたと言うようにそう言って笑った。
「え?島田君達は?」
そんなアメリアの言葉にランは首を振った。
「俺の仕事はあの『駄目人間』の愛機『武悪』の整備がある。時間経過で劣化する特殊な『法術増幅システム』の素材を使ってるあの機体は手間がかかるんだ。アメリアさん経由なら色々情報も豊川署に流してやれるし……あちらも所轄の玉石混交とはいえそれなりに膨大な資料を扱っているんだ。俺等の知らないことも知ってるはずだしな」
なんとも他人事のように島田はそう言うと立ち上がった。
「いいんですか?隊長の許可は……」
カウラの言葉にランはわかっているというようににんまりと笑う。その笑顔は頼もしく『アタシに任せろ!』と太鼓判を押しているとこの場の誰もが思っていた。彼女はそのまま何も言わずに満足げにうなずくと足袋を脱げないでいるカウラの足に手を伸ばした。
「おい、ちょっと足を上げろ」
いきなり手を出されて驚いたカウラはランに言われるままに足を上げた。そしてそのままランは椅子の横棒に載せた右足の足袋をとめている紐を緩め始めた。