第59話 事件現場が跳んだことについて
「なあに、今回の事件の情報に関しちゃ俺の知ってることと茜のお嬢さんの知ってることの差なんてほとんど無いよ。ただ……」
事件から外されたことに対する不満が顔に出ている島田はそう言って思わせぶりにかなめに眼をやった。
「ただ?」
もったいぶった島田の態度にカウラはいらいらしながら島田に話を促すような相槌をいれた。
「こう言うイカレタ連中が急に犯行の場所が飛んだことにはそれなりの理由があるんじゃないっすか?犯人の拠点が東都西部に移った……たまたまこちらに来て悪戯の虫が騒いだとしてこちらに来る特別な何かの理由があるのか。そう思いましてね、俺なりにうちのコンピュータ馬鹿の技術士官共を脅して調べてみたんですよ」
島田は得意げにそう言うとかなめに眼をやった。
「島田先輩。もしかして住民認定の記録を全部見たんですか?どうせ技術部の情報将校の人達を暴力で脅してやらせたんでしょ?何度も言ってるかもしれないですけどそれって違法行為ですよ」
呆れたように口を挟んだ誠に島田がうなずいた。
「でもなあ……法術関係の資料は極秘扱いだ。うちの情報将校連でも簡単には開けない。そこで法術特捜の名前で捜査令状を……」
島田はかなめに向けて懇願するようにそう言った。
「無茶をおっしゃらないでいただけます?」
そこにはいつの間にか鎧兜の並んだ部屋にふさわしいような和服姿の茜が立っていた。
「あっお嬢さんいらしたんですか?」
島田は胡坐の姿勢からさっと立ち上がると平安武者の臣下よろしくさっと片膝をついて茜に伺候する。
「島田さん。そんなに卑屈にならないでいただけます?こちらの方が恥ずかしくなってしまいますわ」
いつものように優雅に空いた丸椅子に腰掛けた。当然のようにその隣には荷物を持ったラーナが立っていた。
「卑屈にもなりますよ……捜査に関しては嵯峨のオヤジさんが助けを呼ぶまで手を出すなって言われてますし」
嵯峨も『武悪』と言う自分の専用機を島田に任せている以上、島田にはその任務に集中してもらいたいという事情があった。
「じゃあさっきの話だとすでに手を出しているみたいですわよね」
いつもの氷のような流し目で島田を一瞥して黙らせるところは茜の父が『遼州一の悪党』と呼ばれる嵯峨惟基であることを再確認させた。冷たく澄んでいてそれでいて見ているものを不安にする何を考えているのか読めない見せ掛けのような微笑を作る技。誠はいつ見てもその表情の作り方に親子の面影を見て感心させられていた。
「法術絡み。特に調査がほとんど及んでいない能力を持った馬鹿が相手だぜ?多少法の目をくぐって無茶をしてもさっさとあぶりだすのは得策じゃねえのか?今は人死にが出ていないんだ。そのうち暴走してどうなることやら……」
かなめの言葉には誠もカウラもうなずくしかなかった。
「でもそうなれば警察は面目丸つぶれよね。またマスコミからうちの暴走を止められずにそれどころか手柄まで持ってかれたなんて書かれて……。まあ、『税金泥棒』の称号がうちから警察に移るのは結構なお話だけど……」
鉄製の重い胴を外して伸びをしながらのアメリアはそうつぶやいた。誠はやはり自分が組織人であることを再確認した。
「よくわかっているじゃねーか」
そう言って歩いてきたのはすでに勤務服に着替えを終えて半分笑顔を浮かべているランだった。
「今回は多少は警察に活躍してもらわなきゃなんねーんだ。きついぞ、人に手柄を取らせるってのは」
ランは頭を掻きながら部屋の隅の折りたたみ椅子を小さな体で運んで来た。