第58話 源平絵巻を思わせる部屋
ハンガー奥の用具室の中。並んでいるのが源平絵巻の大鎧だという時点ですでにかなりシュールだった。それでも室内の隊員達はまるでそれが当然のことのように神妙な顔つきで作業を続けていた。
「目撃者無し。証拠物件も挙がらず……まあ元々期待はしていなかったがな」
鎧のサイズの確認の為に着ていた大鎧の盾を誠に外してもらいながらカウラがつぶやいた。節分の時代祭りでの武者行列。司法局実働部隊が設立されてから豊川市の時代行列の源平合戦武者行列は一気に歴史マニアに注目されるイベントになっていた。
基本的には士官は大鎧で馬に騎乗し、下士官以下は腹巻姿でそれに従う。
しかし、馬との相性が最悪のカウラは他の士官達が最低でも隊から貸し出した胴丸を着た乗馬クラブの係員に引いてもらいながらよたよたと騎乗を続ける中、去年は一人重そうな大鎧を着こんで一人歩いて行進していたと言う。今日のグラウンド一周の練習の時も嵯峨の顔で借りた乗馬クラブの馬との相性の悪さを再確認させるようにそもそも馬の轡に触れることすら出来ないで少し落ち込んでいるように見えた。
すでに自分で緋糸縅の西園寺家伝来の縁の大鎧を脱ぎ終えて狩衣姿のかなめが扇子を翻しながらカウラを冷やかすタイミングを計っていた。
わいわいと年に一度のイベントと言うことでお互いの胴丸姿を写真に撮り合っていた技術部の隊員達もさすがに飽きが来て部屋の隅で鎧をしまっている運行部の女性陣の手伝いを始めて視界が開ける。するとかなめの表情は一気に呆れたようなものに変わる。
「それにしても……アメリア」
扇子を懐に収めるとかなめが大きくため息をつく。その目の前には他の隊員とはまるで違う鎧姿のアメリアがいた。
「なに?かなめちゃん」
アメリアは手にしていた十文字槍を立てかけるとかなめに向き直った。
「その鎧やっぱおかしいだろ?おかしいと思わないのか?時代設定とか色々あるだろ?オメエはそう言うのエロゲではこだわるじゃねえか。なんでその恰好なんだ?理由を言えよはっきり。」
かなめはあきれ果てたというようにそう言い捨てた。
「いいじゃないの。これは私の私物なんだから。まあ、かなめちゃんのも西園寺家当主の家伝の品なんでしょ?同じじゃない」
そう言ってアメリアは鉄でできた胴を外した。彼女だけは戦国末期の当世具足姿だった。しかも見事な赤備えに兜には六文銭の前立てが目立つ『真田幸村』の姿だった。剣術道場の息子で多少そういう知識もある誠も違和感を感じはするが、どうせアメリアは知っててやっているので何を言っても無駄なのは分かっている誠はただ黙ってカウラが鎧を脱ぐのを手伝っていた。
「そう言えばサラは?」
かなめは床机に腰をかけて一月の寒さを身に受けながらも平然と扇を弄っている島田に声をかけた。
「あいつか?馬の世話だよ。それにしてもなんだ……西園寺さん達の追っている事件」
島田はまだ捜査に未練が有る様だった。その目は今回の捜査から外されたことに対する恨み節で濁っていた。
「別に追ってるわけじゃねえよ。押し付けられただけだ。それに今回のは単なる軽犯罪。不死人のオメエがでかい顔できるような見せ場なんてねえよ」
かなめはあっさりとそう答えて無関心層に扇を開いた。
「なら気にならないわけですよね」
そっけなく言うと島田は立ち上がった。
「いや……アタシ等の担当じゃねえけどさ。気になるじゃねえの。他人の能力で相撲を取る卑怯者……うちは法術とは因縁があるしさ……それよりその態度。何か知っているのか?オメエは本当に隠し事のできねえ男だな」
明らかに素直さに欠けるいつものかなめの姿を見ると満足したように島田は再び床にどっかりと腰を下ろした。