第54話 招かれざる客として
「法術特捜の方ですか?」
茜のどう見ても白人の顔立ちに長居ポニーテールの金髪、紺色の落ち着いた風情の和服と言ういで立ちは確かにこの姿は一目見れば誰でも記憶に残るものだ。入り口でのアルコール臭吹きかけ騒動も報告済みのようで、すぐに警部の階級章をつけた初老の捜査官が声をかけてきた。かなめ以外は全員が170センチ以上の長身の女性の集団である。しかも島田が免許取り消しになった時などに顔を出していたのでアメリアやパーラあたりの顔はそれなりに知られているようで周りの署員は驚いた様子も無くこの奇妙な集団を無視してそれぞれの持ち場へと歩み去っていった。
「それにしてもお早いお着きで。しかも実働部隊の方も同行されるとは」
明らかに下手に出てやると言う慇懃無礼な態度に、誠はかなめがこの場にいないことにほっとしていた。
「外の警戒の様子……ちょっと意外ですわね」
茜は皮肉をたっぷりと込めたという表情でそう言った。しかし、警部には茜が皮肉でそんな言い方をしたとは理解していないようで満面の笑みを浮かべて茜を見つめた。
「なあに。ようやく県警も法術に関するノウハウを得たのですから。これまでは迷宮入りばかりだった法術犯罪に関する捜査も一気に展開してこれからは反転攻勢に転じます」
明らかにこちらを舐めているような態度にカウラが頬をひきつらせていた。
「どうせ東都警察の特殊法術部隊の受け売りじゃないの。当てにしていいのかしらねえ」
小声でアメリアが陰口をつぶやくのも誠が見ても当然の話だった。
「ウォホン!」
初老の警部の咳払いに陰口をやめたアメリアだが、その目は完全に千要警察には法術師関連の事件捜査はできないと決め付けるような生温かい目だった。
「じゃあわたくしにも見せていただけませんでしょうか?実地の検分等は済ませたんですわよね?」
茜が口を開くが猛烈なアルコール臭に警部は眉をひそめた。
「それはしらふに戻ってからのほうが……」
警部もいくら緊急の用事で茜を呼びつけたとはいえ、そのアルコール臭に顔を歪めたあ。
「これくらいはたしなむ程度ですの。それにこういう事件は初動捜査が犯人逮捕の鍵と言うのが信念ですから」
そう言うと茜はそのまま捜査官達がたむろしている階段へ向かおうとする。必死になって警部が止めた。
「その……酔いが醒めるまで……少し仮眠を取ってから……」
慌ててしがみつこうとする警部の手が袖にかかるのを嫌うように茜は身を翻した。
「そうですわね。お酒が入っているのは事実ですものね。それじゃあ明日早朝にはお伺いしたいので資料などをそろえておいていただけません?」
明らかに茜はその言葉を口にするタイミングを狙っていた。誠はそう確信した。法術犯罪解決の手柄が欲しい県警がすんなり資料を渡さないのは彼女も経験で知っているのだろう。初老の警部の表情にはしてやられたという後悔の念が浮かんでいた。
「ええ、揃えますから!ですから!」
土下座でもしかねない相手に軽く笑みをこぼすと茜は呆然と突っ立っている誠達の所にやってきた。そこにタバコを吸い終えたかなめが飛び込んできた。
「おい、行かないのか?おう、そこのおっちゃん捜査本部は知らねえかな?」
態度のでかいかなめに先ほどまで下手に出ていた警部が急に姿勢を正してかなめをにらみつけた。
「西園寺!」
カウラは傍若無人なかなめの態度に少し引け目を感じて小声でかなめに注意を入れようとした。
「痛え!」
カウラが思い切りかなめの左足のつま先を踏みしめた。そのままかなめはうずくまる。
「ああ、こいつが酔っ払いです」
カウラはそう言って話を聞いていなかったかなめのスタジアムジャンバーの襟を引っ張った。
「つれて帰るので、資料をよろしく」
アメリアとカウラがそのまま立ち上がろうとするかなめを羽交い絞めにして引きずって警察署の玄関まで連れ出した。
「何だよ!アタシが何か……」
二人を振りほどいて体勢を立て直そうとするかなめの顔の前には茜の顔があった。明らかに不機嫌なのは誠でも一目でわかった。ようやくかなめは自分が何かへまをしたらしいことに気づいて頭を掻きながらさっさと車に向かった。
「ともかく、皆さん。明日はよろしく」
今度は打って変わってのお嬢様の笑顔。カウラは仕方なく笑みを浮かべてそれに応えることしか出来なかった。