第53話 やりすぎの警備体制
「厳戒態勢だな……ことが法術がらみだとしてもやりすぎじゃ無いのか?」
正門からパトランプを点灯させて走り出すパトカーを見ながらかなめがそうつぶやいた。誠もその意見には同感だった。そのまま二台のパトカーをやり過ごして正門を通れば早速警棒を持った警察官に止められた。仕方なくカウラは窓を開いた。
「済みませんが……どちらの……うわっ!酒臭い!」
窓に突っ込んできた警官は思わず車内のアルコールのにおいに驚いたようにのけぞった。
「ああ、私は飲んでいない。後ろの馬鹿二人が飲み過ぎただけだ」
完全素面のカウラが後部座席に座る誠とかなめをちらっと見やりながらそう言った。
「そんなことよりも……これ、身分証」
厄介者を見つけたという表情の警官にアメリアが身分証を差し出す。その中を見るとすぐに警官は身じまいを整えて敬礼した。
「失礼しました!駐車スペースでしたらそちらの奥が空いています!後ろの車もそうですよね……ちゃんと用意しておきます!」
「有難う」
警官の態度の豹変に楽しそうな顔をしながらアメリアはそう返した。誠が振り返れば先ほどの警官が同僚になにやら耳打ちしているのが見えた。
「法術師一人に機動隊を全員召集か?過剰反応だな」
かなめは県警の法術への恐れにも似た過剰反応を笑うようにそう言った。
「うちが鈍感なだけよ。結構法術に対する誤解はあっちこっちであるものなのよ。たぶんここの署長はこの面々でも足りないと思ったから渋々茜さんの所に連絡してきたんじゃないかしら」
カウラの言葉をアメリアがたしなめた。誠もこの警察署の対応がある意味今の東和を象徴しているような気分になってきた。法術は意識を介して発動する力だと言うことは訓練でさんざん叩き込まれてきた。自分が力があることを意識すること。それがあって初めて法術は発動する。決して恐れるような類では無い。でも力を持たない人には力を使える可能性があること自体が脅威に感じられる。そんな力を持たない人々の数の暴力を正門の前に整列する機動隊の中に誠は見ていた。
「着いたぞ」
署長の公用車らしい大型乗用車の隣にカウラは車を滑り込ませた。遅れて駐車したパーラの車の助手席からは真剣な表情の茜が和服の襟元を整えながら飛び出していった。
「元気だねえ」
そう言いながらかなめは隣に座る誠を蹴飛ばしてどかせると目の前のなかなかドアを開けようとしないアメリアの後頭部を小突いた。
「何するのよ!痛いじゃないの!」
かなめはようやくドアを開けようとしたアメリアの後頭部をぶった。
「そりゃそうだ。痛くしてるんだからな。この車はツードアだって何度言えば分かるんだ?とっとと降りてシートを倒せ」
いつものかなめとアメリアの小競り合いに苦笑いを浮かべながら誠は仕方なくシートを倒して助手席のドアから外へ出た。夜だというのに警察署の明かりはかなり煌煌と夜の空を照らしていた。
「それじゃあ行きましょう」
着物の袖を気にしながら助手席から降りた茜の案内で誠達は署の建物に向かった。
「何度も言うけどさ、婆さんがひっくり返って軽い怪我をしただけでこの始末か?」
緊張した面持ちで走り回る機動隊員を見やりながらかなめは呆れたような笑み浮かべていた。
「彼等にとっては法術と言うのは未知の存在だからか。人間、知らないものに対する恐怖と言うものは拭えないものなんだ」
カウラの言葉を聞き流すようにかなめは一人入り口で立ち止まった。
「アタシはタバコを吸っているから先行ってろよ」
周りの緊張感とは全く無縁のダルそうな雰囲気をまとったかなめはそのまま喫煙所に消えていった。
「仕方ないですわね」
いつものことなので慣れているというように茜はそのまま入り口の戸を押して署に入った。