第52話 来たくも無い警察署
「豊川警察署か……島田君がいたら逃げ出すわね」
自分の水色の短く刈り込んだ髪をなでながらパーラは後部座席に乗り込む誠達を見ていたがその目は笑ってはいなかった。島田はこれまで何度とないバイクや自動車の窃盗容疑でここに連行された経験者である。そんな他人のことでも口に出さなければ、疲れて帰ってきたところにいきなり呼び出されてこんなところまで車を走らされたことに怒りが爆発しそうなんだろう。明らかに人造人間と分かるその髪の色の持ち主のいつものさわやかな笑顔が誠にはどうにもそんな感情を押し殺したもののように見えた。
そんなパーラの思いなど関係ない。と言うように茜はその車の助手席に乗り込んだ。
それを確認するとカウラはいつものように愛車の『スカイラインGTR』に乗り込み、誠達も同乗した。
パーラの車である『ランサーエボリューション』には武装警察の車両らしく通信機がついていた。当然カウラの『スカイラインGTR』にも同じものがついている。
『これもお仕事。割り切ってもらわないといけないですわね』
パーラの車からの通信で茜がつぶやくのにアメリアが大きくうなずいた。しかしそんな茜のパーラや隊の日常を知らない一言のおかげで、誠達はこれが尋常ではない何かが起きているのではないかという事実に気づいた。
「お仕事……?私達が豊川警察署に向かうってことは例の他人の法術能力を使って悪さをする暇人が何かこの近辺でやらかしたとか?」
アメリアの問いに答えずに茜は黙り込んだ。そしてカウラがシートベルトを締めるのを確認するとパーラの車は動き出した。
「こちらも行くぞ」
カウラが言った相手がかなめなのは誠もすぐに分かった。いそいそとかなめがシートベルトを締めた。
「何をしたんですか?……いいえ、何が起きたんですか」
カウラの問いに一度ためらった後、茜は口を開いた。
『今度は空間制御系の操作ですわ。能力者は70代の女性。自転車で走っていたところで急に自転車が加速しているように感じられて下りてみたら時間がずれていて転倒って話よ』
聞いてみればあまりに小さな事件だった。確かに千要県警にとっては『こんな程度』の事件なのだろう。誠が横を見ればかなめは明らかに事件の小ささに不満げな表情を浮かべている。しかしそれが法術を使ったものだと言うことで自分も法術師である誠の酔いはすでに醒めていた。
「なんだよ婆さんが転んで怪我でもしたのか?それでも事件かよ」
我慢できなかったと言うようにかなめがそうはき捨てるように口走った。一瞬その言葉にカウラはバックミラー越しにかなめをにらみつけた。
そんなカウラの恫喝にかなめは平然の嘲笑で答えた。カウラはそれを見てあきれ果てたと言うように前を向いてしまった。アメリアはそんな車内のごたごたに関係したくないというように警察署に続く大通りの車窓を眺めていた。
『一応法術の発動に許可が必要になったのは皆さんもご存知ですわよね。神前君!』
先ほどまではあれほど酔っぱらっていたのに茜の顔には酔いの兆候は少しも見えなかった。
「はい!」
一方は司法局のエリート。誠は士官候補生崩れの新米下士官。呼ばれたら答えるしかなかった。
「法術の発動は市街地では自衛的措置以外は原則として全面禁止。違反した場合には30万円以下の罰金か6ヶ月以下の懲役が科せられます!」
誠も伊達に名門私立理系単科大学の最高峰の東都理科大学を出た訳ではない。この半年で基本的な法術関連の法的知識は得ることが出来ていた。
『……ということですわね。もし演操術系の法術師の介入が認められなかったら罪も無い哀れなお婆さんが無実の罪に服することになるわけだけど……。どうやらかなめさんはそんなことはご自分には関係ないとおっしゃりたいわけね?』
先ほどあれほど飲んでいたのが不思議に思えるくらい平然と茜はそう言った。
「……別に……アタシは……そんなことを言いたいわけじゃ」
かなめは口ごもった。車はいかにも計画道路らしい直線を守っていた。市役所を越えればそこは警察署の中庭である。深夜だと言うのに機動隊が入り口を固めて、その三階建ての見慣れたビルは一瞬城砦のようにも見えないことは無かった。