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第49話 久しぶりの絡み酒

 ショットグラスに満たした愛飲しているラム酒『レモンハート』を飲み干したかなめは大きくため息をつくと嘆くように口を開いた。


「で?なんでアタシがオメエの愚痴を聞かなきゃならねえんだ?酒は楽しく飲むもんだろ?茜と飲むといつも茜の愚痴を聞くのがアタシの役割になる。まったく損な役回りだぜ」 


 誠達にとってそこは本来リラックスできる溜まり場だった。焼鳥の隠れた名店『月島屋』。いつものように報告書の修正が終わると茜から声がかかった。そして下士官寮の住人の誠、かなめ、アメリア、そしてその時々で都合のいい隊員で連れ立って豊川市市街のこの店に立ち寄るのが定番となっていた。そこに今日は第一小隊に演操術系法術発動事件の説明をし終えた嵯峨茜の姿があった。


 町の焼鳥屋と言う風情のどう見ても上品に見えない貸し店舗の一階。甲武国産の紫色の地の小袖を着た上品そうな顔立ちの茜は明らかに浮いていた。優雅な手つきでグラスに注いだラムを口に運ぶと一息に飲み干して切れ長の目をへと向けた。


「そんなことおっしゃっても……麗子さんの担当はかなめさんじゃないですの?」 


 茜はそう言って面倒くさそうに話を聞いているかなめに顔を向けた。今日のテーマは司法局本局になぜかいる何をしているのか分からない幹部職員である田安麗子中佐に関する茜の愚痴だった。


「いつからアタシがあの馬鹿の世話係になったんだ?アイツはああ見えて甲武の『征夷大将軍』だぞ。将軍と言えば武家の担当だ。アタシは公家だ。麗子はアタシの管轄外だ」 


 いつもならこういう席を避けてマンションに帰る茜が部下のラーナを先に帰らせて誠達に付き合うと言い始めたところで誠も嫌な予感はした。茜はその上品な物腰とは正反対に思えるほどの酒豪だった。父親の嵯峨を考えてみると彼女が(うわ)(ばみ)のように酒を飲むことは不思議には思えない。


 だがそれが絡み酒になると分かっているから始末が悪い。しらふなら黙って澄ましている和服の似合うどう見ても白人の美人が和服で東和人のコスプレをしているだけで済むが、彼女の酔い方は独特でこの人はと言うターゲットを見つけると徹底的に絡みながら際限なくこの物静かなペースで飲み続けるのだから最悪だった。そして今日のターゲットはかなめだった。四人がけのテーブルに差し向かいにかなめを座らせるといつもの絡み酒を繰り広げていた。


 今日も早速遼州同盟司法局本部のなんだか分からない役職をしているらしい甲武国四大公家第三位当主でもある田安麗子中佐への愚痴をかなめに向かってもう三十分も続けていた。


 田安麗子。甲武国四大公家の第三位の地位にあり、かつて甲武国を建国した英雄田安高家将軍の直系である。それ以上に田安家は徳川家に連なる御三卿の家柄で麗子は武家貴族の中でもその頂点である『征夷大将軍』の地位にあった。


 田安高家の甲武国に幕府を建てるという野心が娘婿であるかなめの先祖に当たる西園寺基(もとい)の策謀によって阻まれてからは『征夷大将軍』の地位は形だけのもので、武家貴族や士族には尊敬を集めてはいるものの、公家貴族は完全にその地位を黙殺し、平民達にとっても縁遠いものだった。


「あの人が語学が得意なのは分かりますよ。確かに甲武の高等予科学校から海軍大学校に直接入学なんて十年ぶりの快挙なのも分かっています。でもあの態度は無いんじゃないですか?どこへ行っても『私は美しいので……』とか言って女子隊員にセクハラまがいの行動。いくら武家貴族の頂点に立つ『征夷大将軍』とは言え許されることと許されないことが有るんでは無くて?あれじゃあいつまでたっても婿のあてなんて有りませんわね」


 茜の愚痴る口調は次第にヒートアップしていた。


「アイツは純粋のレズビアンだ。それより茜。オメエも迫られた口じゃないか?」


 かなめは相変わらずうんざりした口調でラムを飲んでいる。


「ええまあ……胸やらお尻やら撫でて来るし、キスまで……かえでさんの真似をしたいのか『私をお産みになりませんこと?産まれた子は次期将軍に成れますのよ!』ですって!私も甲武国籍を捨てなければ四大公家末席の嵯峨内大臣家の嫡子ですのよ!馬鹿にするのもいい加減にしてほしいですわ!」


 しかめっ面を浮かべて茜は酒を煽った。


「そんくらい許してやれよ。アタシはアイツとは何度か寝たことが有るがアイツは逆に敏感なところを触られると面白い反応するぞ。まあ、かえでとアイツの処女はアタシが奪ってやったんだがな」


 面倒くさそうにかなめはそう言ったのを聞いて茜は目を白黒させた。


「麗子さんと寝た?かなめお姉さまもやはり両刀使いでらっしゃるのね」 


 茜は父親に似て安酒好きでここ月島屋の冷酒がお気に入りだった。


「悪いか?アイツとはいつも競馬に言ったらホテルで過ごすのが昔からの付き合いだからな。でもあいつはアタシの担当じゃないんだよ。アイツは友達が少ねえからアタシとつるんでた響子と一緒になって付き合ってやってるだけ。まあ、一匹狼だったアタシが言えた義理じゃねえが」 


 かなめは右ひじを握り締めながら体内プラントでアルコール分解ができるサイボーグの自分とほぼ同じペースでラムを飲み続ける茜に辟易していた。それもそのはず、そのラムはかなめのボトルキープしている酒である。冷酒に飽きた茜はそのかなめの私物の酒をまるで意に介さずに次々と手酌で杯をあおる。


「いいんじゃないの。聞いてあげなさいよ。タコ中佐も麗子さんにはほとほと手を焼いてるみたいだから解決したら何かおごってもらえるかも知れないわよ。それにしてもあの麗子さんがかなめちゃんとそんな関係に……で?かえでちゃんとどっちが良いの?かなめちゃんとしては」 


 さっきから茜の酔い方が面白いので烏龍茶に切り替えて観察を続けているアメリアがつぶやいた。


「タコ中がか?駄目駄目!あのおっさん婚約してからはすっかり尻に敷かれてるじゃねえか。もしおごってくれたとしても後で婚約者にその分催促されるんじゃねえの。それと抱き心地はやはりかえでが一番だな。アイツは反応が敏感だからすぐに理性がぶっ飛んで喘ぎ狂うのが面白れえ。麗子はどちらかと言うとアタシを責めるのが好きなんだが……あんまりうまくないから面白くねえんだ。だから最終的にはこっちから責めてやる。アイツもそれでいいらしいから長年の腐れ縁が続いてるんだけどな」


 タコ中佐こと明石清海中佐が司法局の調整担当官をしており、どこからか現れてその場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して去っていく麗子の傍若無人なお嬢様気質に時々泣き言を漏らすのを誠も聞いた事があった。


「茜……まあ仕方ねえじゃないか。同盟の各部局の中でも司法局は人材的には隔離病棟扱いされてるからな。ああいうテストは得意だけど実際の運用はまるで駄目。その癖へ理屈は一人前の達者な人間が送り込まれても黙って耐えなきゃならない時もあるんだよ」 


 かなめはそう苦々しげに言うとグラスを傾けた。司法局実働部隊の『瞬間核融合炉』と呼ばれる短気に手足を生やして歩いているようなかなめの口から『耐える』と言う言葉が出てきたので黙って聞いていた誠とカウラが顔を見合わせた。アメリアは噴出すのを必死で耐えた。


「本当に……かなめさんの言葉は一般論」 


 そう言うと茜はまた空になった猪口に勝手にラムを注いだ。



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