第47話 面倒になりそうな会議
アメリアが会議室のドアをノックをした。
「どうぞ 」
澄んだ声。部隊長嵯峨惟基の実娘、嵯峨茜警部の声が響いた。そのまま開いた扉の中を見ればすでに資料をテーブルにおいて準備万端と言う様子の茜とその隣では携帯端末にひたすら何かを打ち込んでいる彼女の唯一の部下であるカルビナ・ラーナ巡査の姿が有った。
「誠君。髪の毛濡れたままじゃないですの……。かなめお姉さま。そんなに神前を急かす必要なんてないんですのよ。私は今日は豊川で一日過ごす予定になってますから」
茜の言葉にむっとした表情のままかなめは茜の隣の椅子にどっかと腰を落ち着ける。その大人気ない様子にカウラは大きくため息をついた。
「さあ、皆さんそろったんですから……」
なんとか和ませようと中腰で仲介するのは今は『武悪』の整備で手が離せないはずの技術部の整備班長の島田正人准尉の姿があった。隣にいるアメリアの部下のサラ・グリファン少尉も雲行きの怪しい誠達のとばっちりを避けたいというようにうなずきながらかなめを見つめていた。
「そろったと言うことで」
ホワイトボードの前に立つ茜が室内を見回した。
「まあな。それじゃあ何のためにアタシ等が呼ばれたか聞かせてもらおうか」
かなめの声に茜は微笑みで返す。
「ではさっそく本題に入りますわね。実は最近演操術系の法術を使用しての悪戯のようなものが多発していますの」
茜のヨーロッパ風の顔立ちと金色の髪のポニーテールには紺の東都警察の制服が似合う。以前の主にこの豊川司法局実働部隊駐屯地に詰めっぱなしだったときの東和陸軍と共通の司法局実働部隊の濃いブルーの制服とは違う新鮮な姿に誠は惹きつけられていた。
「例の誠の実家近くの神社であった不審火みたいな件か……結局アタシ等にお鉢が回ってきたわけだな」
かなめの苦笑いを見ながら茜はなにやら端末を叩いている助手のカルビナ・ラーナ巡査に目を向けた。
白いボードに何かの映像が映った。焼け焦げた布団。ばっさりと切り裂かれた積み上げられたタイヤの山。ガードレールが真っ二つに裂かれているのにはさすがの誠もぎょっとしてしまった。
「ごらんのようにボヤや器物の損壊で済んでいますが……」
何事も無かったかのように茜は話を始めた。
「おい待てよ。こんなちっぽけな事件をうちで担当するのか?うちは『シュツルム・パンツァー』なんていう人型機動兵器を扱う力任せの実力行使部隊だぞ?それが、こんな軽犯罪を……そんなの警察の交番勤務の巡査の手柄にでもしてやれよ」
話を進めようとする茜をかなめが不機嫌な表情で止めた。茜は明らかに笑っていない目でかなめを見つめた。
「なんだよその目は?軽犯罪者の逮捕までうちの仕事になったのが気に食わねえってアタシは言ってるんだよ!」
かなめはそう言ってつまらない事件を押し付けられることを何とか回避しようとした。
「今は小さな事件でも、いずれ大事件へと発展する可能性がある。厚生局の事件を忘れたのか?結局あの時も最終段階では神前の05式が無ければ大惨事だった……今回もそうならない保証は無い」
立ち上がって叫ぶかなめにカウラはポツリとつぶやいた。かなめは完全にカウラの言葉に切れていつものように一触即発の雰囲気が漂った。島田とアメリアはとりあえずいつかなめがカウラに飛び掛ってもいいように身構えているのが誠からすると滑稽に見えて噴出してしまった。
「神前君。不謹慎よ」
同じくにやけながら噴出した誠をサラがいさめた。
「どれも容疑者として上げた法術師はそんな意識は無かったと容疑を否認しています……誠君達が出会ったのもそんな事件の一つってことになりますわね」
じゃれあいに発展しかねないかなめとカウラのにらみ合いを見て、あくまで冷静を装いつつ茜はそう言った。。
「そんなとこっすね。これまでも何件か似たような事件は起きてますから」
そう言うとラーナはかなめに目を向けた。かなめは首筋のジャックにコードをつなげてネットワークと接続している最中だった。
「どの事件も発生場所は東都東部に集中しているな。それに時間も夕方6時から夜中の12時まで。唯一の例外が正月のアタシ等が出会ったボヤ。同一犯の犯行と考えるのを邪魔する要素はねえな」
かなめは分かり切ったこととでもいうようにそう言うと退屈そうな表情を浮かべた。
「西園寺大尉!馬鹿にしないでくださいよ。そんくらいのことは捜査官もわかって話してるんす!」
不愉快だと言うように茜の唯一の部下であるカルビナ・ラーナ巡査が叫んだ。茜は彼女の肩を叩いてうなずきながらなだめて見せた。
「でもそれならなおの事うちよりも東都警察に頼むのが適当なんじゃないですか?うちは豊川ですよ。ここの管轄は千要県警。それに事件が起きてもどんなに急いでも都心まで出かければ半日は無駄にしますから。それに先日の厚生局事件の時に活躍した東都警察の虎の子の航空法術師部隊を待機させてローラー作戦でもやれば一発で見つかるでしょ?」
アメリアの言葉にもっともだと誠もうなずいた。
「反対する理由は無いな。クラウゼの言うことが今のところ正しく見えるのだが……」
カウラも同意しているのを見てかなめはやる気がなさそうに端末につないでいたコードを引き抜いた。