第34話 今更蒸し返す『駄目人間』
「そう言えば先日の放火事件では大変だったらしいな」
嵯峨はかえでに相手にされないと分かると顔をカウラの方に向けた。
「なにを今更……サボれるだけサボっておいてそんなこと言っても仕事をしたうちに入りませんよ」
カウラは諦めたように肩を落として弾の装填を始めた。誠も仕方なく彼女をまねるようにかえでが手渡す弾丸の装填を始めた。
「演操術ねえ……。面倒なことにならねえといいんだけど」
心配そうにそう言うと嵯峨は背を向けてそのまま土嚢の合間に消えた。
「何しに来たんだ?あのおっさん」
そう言うと撃ちつくした銃をラックに置いてのんびりと伸びをするかなめ。視線を向けられてカウラもアメリアも首を振った。
「あの人も結構大変なんだからよー。少しは汲んでやれよ」
いつもは嵯峨を『駄目人間』だの『脳ピンク』だの散々にこき下ろしているランが珍しく嵯峨を庇うようなことを言うので誠もこの人は見た目は8歳でも大人なんだなあと感心した。
「それは副隊長のお仕事じゃないですか?私達がどうこうできることじゃないし……ねえ誠きゅん!」
アメリアに話を振られて薬室に弾を装弾したばかりの誠はうろたえながらうなずいた。
「あぶねーだろーが!」
素人同然の誠が射撃をしようとしているところに声をかけたのを見つけてランがアメリアの頭を小突く。舌を出しながらそのままアメリアは椅子に腰掛けた。
「そうだ、クラウゼ中佐。僕達は今、協同作業の真っ最中なんだ。出来れば、嵯峨家、日野家、神前家の跡継ぎを作る協同作業を行いたいのだがそれはここではしてはいけないらしい」
真顔でとんでもないことを言う美貌の男装の麗人であるかえでの言葉に誠は開いた口がふさがらなかった。
「ボスン」
また誠がかえでの指導の下、矯正された射撃姿勢でショットガンを撃った。再びマンターゲットの足元に煙が立ち込めた。
「神前よー。少しはまともに当ててくれよ。お前の弾が当たった辺りでアタシ等が戦闘中かも知れねーんだぞ。日野も格好ばかり教えて実質が伴ってねーじゃねーか」
ランの言葉に誠は静かにうなずく。そして今度は少し銃口を上げてターゲットに向かった。
「ボスン」
今度は腰の辺りに着弾する。白い布状の弾丸が展開しているのがよく見えた。
「そうだ。忘れるなよその感覚。慣れてくれば狙いをつけなくても軽くあれくらいの場所に当てられるんだ」
そう言うとランも弾を込め終えた銃を持って射場に立った。
「神前曹長。君はやれば出来るんだ。百発百中の名手になれる……僕がして見せる……すべては僕に任せておけば大丈夫なんだよ。身も心も僕にゆだねればいい」
かえでは誠の耳元でそう甘くささやきながら再び誠の股間を愛撫した。
「バス!バス!バス!バス!」
ランによる見事な四連射。マンターゲットの腹部に何度となく弾丸がぶつかる。
「ようやく調子が出てきたところで弾がなくなって終了……か」
そのランの言葉に誠はようやくかえでのセクハラから解放されることを知ってほっとしていた。その表情にかなめとアメリアはにんまりとした笑みを誠に向けてくることになった。
「でもなんだかお巡りさんみたいでいいわね。さっきから誠ちゃんに変なのがまとわりついてるのが気に入らないけど」
アメリアの何気ない言葉に誠は先ほどの嵯峨の言葉が思い出された。
「今回の事件。うちに協力依頼が来ることは……」
カウラはいつも面倒ごとを振ってくる東都警察の事を思って苦笑いを浮かべながらそう言った。
「あるんじゃねーか?筋から言えば警察の領分だが……連中には法術の知識なんてあって無いようなもんだからな。依頼がまだ来ないのはあっちにも面子があるからだろーな。まずは鑑識のデータを茜の嬢ちゃんのところに送って分析依頼くらいが同盟嫌いの警察官僚のできる最大限の妥協だろーな」
ランはつぶやきながら手にした銃の銃身を何度か触ってそれがかなりの熱を持っていることを確認していた。
「それって余計惨めになるだけじゃないのかしら?データ貰っても解析できる部署は限られてるわよ。自前の研究施設にデータの解析を頼むにはあまりにも小さい事件だもの」
アメリアは情報通らしく東都警察の内部事情も知っていてそれをここで暴露して見せた。
「アメリアの言うとおりだな。厚生局事件クラスなら本庁一丸となってと縦割りの垣根を無くして見せるが、被害が小さければあのかぼちゃ頭は動きゃしねえよ。瑣末な事件扱いで警察署単位の捜査本部を置けばまだマシな判断じゃねえかな」
かなめの皮肉を込めた笑み。だがそのタレ目は笑っていなかった。
「演操術の異質性を教えたところで動くには警察の組織は大きすぎる。そうなると専門家にいつものように外注に出すわけだ」
カウラの顔を見てまた厄介ごとに巻き込まれると思って誠は銃を握り締めながら大きくため息をついた。
「外注ねえ……うちはまるで下請け工場ね」
アメリアはそう言いながら手にしたショットガンの銃口から上がる煙を眺めていた。