第17話 不適切すぎる会議場
ひよこの表情は曇りがちだった。その原因はこの部屋に置かれた荷物にあった。
ほとんど多目的ホール扱いのこの部屋である。来月に豊川市街で行なわれる予定の節分の行事のために用意された鎧兜が所狭しと並べられ、その合間には同じ日に上映される自主制作映画の為のコスチュームの入った箱などがてんでんばらばらに並べられていた。
これまでに無い事件を検証するにはあまりに乱雑である意味シュールにさえ見える部屋はその場としてはあまりに不似合いだった。そこでひよこはなんとも複雑な表情で周りが気になって仕方が無い誠達を見下ろしていた。
「あのなあ、ひよこ。ここで本当にいいのか?なにもこんなに邪魔なものが一杯ある部屋で会議する必要なんかねえだろ?」
座っているパイプ椅子を傾けながらかなめがひよこにしみじみとつぶやいた。ひよこもとりあえず半笑いで周りを見渡した。彼女がどんなに自分のこれからの言葉に自信を持っていようがずらりと並ぶ着ぐるみや鎧兜の存在が消えるわけも無い。
「しゃーねーだろ?他の部屋は雑兵衣装であふれかえっているんだからよー。この部屋が一番マシなの!少しは我慢と言うモノを覚えろ!」
頭をペンで掻きながらランが答えた。現在、捜査の中心は法術特捜の嵯峨茜警部だが、彼女と部下のカルビナ・ラーナ巡査はすでに5件もの違法法術発動事件を抱えて身動きが取れない状況だった。それを茜の父親で司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐が下請け仕事と銘打ってとってくるのはいつもの話だった。そしてそうなると本来は人型ロボット兵器を使って軍事行動が商売のシュツルム・パンツァー部隊が暇人だと言うことで担当させられることになるのもいつものことだった。
特にまだシュツルム・パンツァーの操縦に慣れない第二小隊に比べ、実績のある第一小隊にそう言う事件の捜査依頼は必ず回ってきた。
シュツルム・パンツァー部隊隊長のランはしばらくひよこを観察していた。自分のこれまでに無い法術の側面の発表の場が余りにカオスなことにショックを受けているひよこにランは同情するしかなかった。
「あのー説明始めていいですか?」
かなめ達のやる気のない様子にひよこは確認するようにそう言った。
「ひよこ、こいつ等のこと気にかけるだけ無駄だぞ。てきとーに話して終わりにしよーや」
投げやりなランの言葉に説明をするということでひよこの低いテンションはさらに低くなった。
「じゃあ、はじめます」
円グラフ。そこにはテレパス、空間干渉、意識把握などの法術の能力名が並んでいる。
「見ての通り法術師の発生確率は一万分の一以下とされています。ほとんどが遼州系の人物ですが、確立は落ちますが純潔の地球系の住民にも法術師の発生が確認されています。法術師との接触が多い地球人が連鎖的に法術師として覚醒するという事例です。特に法術師の男性と性的接触を持った地球人の女性にその傾向が強いというのも少数ですが確認されています」
ひよこはようやく覚悟が決まったと言うように説明を始めようとした。
「先生!いいですか?」
そこに明らかに茶々を入れたくて仕方が無いと言うようなかなめの声がこだまする。
「なんですか?西園寺大尉。出来れば早めに説明して会議を切り上げたいのですが」
話の腰を折られて吐き捨てるようにつぶやくひよこをいかにも楽しそうなかなめが眺めていた。
「血筋云々の話は別としてアタシみたいなサイボーグに法術師の発生例はあるんですか?アタシも典型的な遼州人と地球人のハーフで、お袋は覚醒した法術師だ。だからかえでも法術師。でもアタシは今のところ法術が使えるような兆候はねえ。かえでが使える法術をアタシが使えねえってのは飼い主として顔が立たねえんだ。そこんところ何とかしてくれよ」
かなめはそこでこの場の隅で落ち着いて話を聞いていた妹の日野かえで少佐に目をやった。
司法局実働部隊機動部隊第二小隊長であるかえではドMでシスコンだった。今は大人しくしているが、普段となればかなめを怒らせて虐められるためにありとあらゆるセクハラをかなめに行う非常識な変態だった。
「そう言えば西園寺大尉と日野少佐の母親の康子さんは空間干渉の達人だったな。日野少佐も同じ程度の力を持っている。となると西園寺にその力が眠っていても不思議なことは何もない」
かなめのもっともな話にカウラがうなずいた。かなめの実母、西園寺康子は『甲武の鬼姫』と呼ばれる薙刀の達人で、その法術師としての能力は空間制御能力によりほぼ無敵の戦闘能力を誇る人物だった。
8年前の二人の出身国である甲武国で起きた『官派の乱』と呼ばれたクーデターではその薙刀一本でシュツルム・パンツァー一個中隊を壊滅に導いたと言う。法術が伏せられていた当時はただの与太話にしか聞こえない話も法術の存在が明らかになった今では当たり前すぎる普通の出来事だった。
「そうですね、今のところサイボーグの法術師の発生例は無いんですがね。ただ西園寺大尉がその初めての例になってもおかしくないですね。血統的には覚醒した法術師と他の星の人間との間に生まれた子供はほぼ百パーセントの確率で法術師として覚醒すると言うデータもあります。ここに居らっしゃる日野少佐しかり、あの法術特捜主席捜査官の嵯峨茜警部もともに遼州人と地球人のハーフです」
ひよこはようやくまともな質問が来たことに安堵しながらそう答えた。
「と言うとなんだ?」
退屈そうなランの一言にひよこは大きくうなずいた。
「先ほど法術師の発生に純血の地球系でもその例が紹介されていると言う話ですが、すべての発生例が遼州系の住民と接触する機会の多い人物に限られています。特に頻繁に性交渉を持った女性の地球人には法術の能力が転移するというケースが数例観察されています。当然大尉は神前と接点が多いわけですから法術の才能が開花してもおかしなことはひとつもありません。これまでサイボーグの法術師の存在は確認されていませんが、西園寺さんがその第一号になってもおかしなことは何もないでしょう」
ひよこはテンパリながらもなんとか脅すような目つきのかなめに納得できるような回答をすることが出来た。
「ふうん。アタシが第一号ねえ……そりゃあ気分がいいや。でも地球人でも法術師とヤレば法術師になれるのか……そんなデータを公表したら東和や遼帝国に地球人の女が押し寄せるぞ。叔父貴みたいな不老不死の身体を手に入れたいとか言って……まあ叔父貴は女好きだからいくらでもヤラせてくれる女が次々現れると知ったら喜ぶだろうがな」
満足したと言うようにかなめは椅子の上で伸びをした。
「それじゃあ私がその力を得ても良いわけだな?私も常に神前と行動を共にしている。法術師との接触機会は通常の人間より非常に多いわけだ。しかし、性交渉と言うのは……私は神前とそう言う関係にならねばならないのか……所詮は私は戦場での兵士の性処理の為に作られた存在だ。より強い力を持つ為ならそのくらいの覚悟はしている」
今度はカウラだった。説明するだけ面倒だと言うようにひよこは笑ってうなずいた。ようやく話が軌道に乗ってきたので先ほどまでの憂鬱な表情はひよこの顔からは消えていた。