時空器暴走
ヴァン・ヘルシングさん、一番怪しいと思っていた場所を一番最後に調べるんだね。見たくない現実から目を背けるタイプなんdね。
オランダ、デ・ハール城近くの洞窟。入り口から300mほど入った先の結界で守られた扉を開けて進んだ先にある岩屋の前にヴァン・ヘルシングは立っていた。
「もしここに彼女がいなければ...、いや逡巡していても仕方がない。アペリ・フェネストラーメ・イン・ノミネ・デイ!」岩屋の窓が開く。「ジョアンナ!」ヘルシングは返事がないと知りつつも呼びかける。「ここからではわからない。アペリ・オスティウム・イン・ノミネ・デイ!」岩屋の出入り口が開き、ヘルシングは中へ入る。中央に設えられた大理石の寝台には誰もいない。
「考えたくなかったが、やはり彼女か。結界を破って復活したのだな。ヴァンパイア・ハンターとして最も戦いたくない相手として私の前に現れるというのだな。こうなったのも杭を打ち込むことができなかった私の弱さの応報か。これは避けることができない定めということなのか。」ヴァン・ヘルシングは拳を握りしめて肩をふるわせた。
イギリス、エクセター。ハーカー法律事務所。
「ジョナサン、今日のお仕事はロンドンね?」ミナがタイプライターを打ちながら夫に尋ねる。
「そうだよ。ウェステンラ家の不動産の相続の件だ。」
「ルーシーの妹さん、たしかお父様の親戚の家に預けられていた...」ミナは非業の死を遂げた友人の名前を口にして少し顔を曇らせた。
「そうだ。相続人オンブリーさんは、成人して後見人の家を出て,今はメイフェアで一人暮らしをしている。」
「メイフェアなら何も危険なことはないと思うけれど、気をつけて帰ってきてね。」
「ああ、夕食までには戻れると思う。」
クイーンの館、時空器の間。オスカー・ワイルドは1人で時空器を操作している。不慣れな操作で顔に焦りの表情が浮かぶ。白黒青の三つの宝珠がそれぞれ別の周波で振動し始める。宝珠の光を受けてワイルドの身体はエーテル体に変わる。そして部屋から消えた。
「オスカー?」入室したジョアンナが異変に気づいた。「馬鹿ね、あなたにはまだ使えないと言ったのに。」
西暦1世紀のパレスティナ。乾いた大地に太陽が照りつける。オスカーは見知らぬ異世界で途方に暮れていた。古代の服装を身に着けた男女が市場で物々交換をしている様子や、日差しを避けるために石造りの建物の陰で休む子供たち。宗教画でしか見たことのない風景だった。
「止まれ、異邦人よ!」警護の兵がオスカーを呼び止める。「貴様は何者だ?どこから来た?この町に何の用だ?」
「私は時空の彼方から迷い込んだ者です。帰る方法を探しています。」
「異国の魔術師か。ひったてい!」兵士は部下に命じ、オスカーは捕らえられた。
ヘロデ王の居城、宴の間。王と客人たちの前で王女と女官たちが舞を披露している。風の精のように重力を無視して軽やかに宙を舞い、柔らかな衣装が空中で光を受けて煌めく。ヘロデ王は玉座から鮮やかな群舞を見つめながら、満足げな微笑みを浮かべた。客人たちもこの光景に圧倒され、その華やかさに思わず息を呑んだ。舞が終わり王女と女官たちは一礼をして下がった。
文官が玉座に近づき、王にな何やら耳打ちした。それを聞いた王は興味を抱いたらしく、前へ出て言った。
「さて、皆さん。珍しい余興が見られそうです。時空の彼方から迷い込んだ異邦人が我が城に捕らえられました。篤とご覧ください。」
扉が開き、兵士に突き飛ばされるようにしてオスカーが宴の間に引き出された。見慣れない豪華絢爛な光景に目を奪われる。きらびやかな衣装をまとった人々、黄金に輝く装飾品、そして何よりも玉座に座る威厳に満ちた男。彼がこの国の王なのだろうか。
「跪け、異邦人!」兵士がオスカーの背中を強く押さえつけた。オスカーは抵抗することなく、言われるがままに膝をついた。
「顔を上げよ。」玉座の王、ヘロデが低い声で命じた。オスカーはゆっくりと顔を上げた。
「異邦人よ、まず名を名乗れ。そして時空の彼方から来たとは一体どういう意味だ?」ヘロデは興味深そうに尋ねた。
「オスカー・ワイルドと申します。私の住む世界の女王は時空器という装置を持っています。文字通り、時空を超えて旅することができる魔道具です。しかし私は未熟者であったため使い方を誤り、この世界に迷い込んだのでございます。」
彼の言葉は、宴の間の人々に奇異な響きを与えた。ざわめきが広がり、訝しむような視線がオスカーに注がれる。ヘロデは腕を組み、しばらく考え込んだ。「時空を超えて、か。とすれば貴様は遠い未来からこの世界へ迷い込んだのじゃな?ならばこの世界の先行きを述べることもできるはず。いわば予言者とも言える。述べて見よ。」
オスカーはグラマー・スクールで学んだ聖書学の講義を思い出そうとしたが、関心がなかったので知識は断片的だった。
「詳しいことはわかりません。私のいた時代と2000年近くも離れているのです。一つだけ言えるとしたら、古い王国は滅び、新しい王国が生まれ、また滅び、の繰り返しが歴史を作ってきたということだけです。」
「ふむ…古い王国が滅び、新しい王国が生まれる、か。」ヘロデは顎に手を当て、思案深げな表情を浮かべた。「それはこの国も例外ではない、と?」
「歴史が繰り返すならば、可能性は否定できません。しかし、それがいつ、どのように起こるのか、私は寡聞にして知らないのです。」
宴の間にざわめきが広がった。王の側近たちは不安げな表情で互いに顔を見合わせている。中には、オスカーの言葉を不吉な予言だと捉え、彼を厳しく詰問しようとする者もいた。ヘロデは静かに手を挙げ、周囲の騒ぎを制した。「静まれ!」その一言には、誰も逆らうことのできない威厳が宿っていた。
「この世界は常に変化し続ける、それが貴様の予言か。おそらくそれは真実であろう。」王はオスカーの目を射るように見つめた。
「はい、あの強固なローマ帝国も800年後には滅びます。移り変わるのが歴史なのです。」
ヘロデ王は興味深げにオスカーを見つめ、言った。「ならばこの地にとどまり、歴史の変化を我に伝えよ。さすれば我は変化の波に乗ることもできよう。」
そのとき王女がオスカーの前に歩み寄ってまじまじとその顔を見た。そして王に言った。「こいつを私にちょうだい。私が話を聞いてあげるよ。そうしたらパパに教えてあげるからさ。それに、またパパの前で好きなだけ踊ってもあげる。」娘サロメは上目遣いに父王を見た。
「よかろう。好きにするが良い。おまえは賢い子だ。おそらくこの我よりもな。」ヘロデ王はしばし考えて穏やかな笑みを浮かべた。
「おいで、オスカー!私の部屋へ行こう。」
ううう、サロメさん、ヨカナーンじゃないからね。お盆に首を乗っけて、"J'ai baisé ta bouche."ってやらないでね。ヴァンパイアでも首をちょん切られたら死んじゃうから(たぶん)。