オランジェリーのピアノ・ラプソディー
イケメン眷属2人目ゲット!
第4章
ジョアンナは屋敷でオスカー・ワイルドと語り合っていた。
「私はあと2人近衛の眷属が欲しいわ。」
「どなたかめぼしい候補を見つけましたか?」ワイルドは軽い嫉妬を覚えた。
「そうね、この時代にはもういないみたい。過去に行って捜してみようかしら。」
「そのようなこともおできになるのですか?」
「私も朽ち果てたあの老いぼれと同じくシュロマンスで学んだのよ、いろいろと。」
「シュロマンスとは?」
「カルパティア山脈の奥に霧で閉ざされた湖があって、そこに赤い満月の夜にだけ浮かび上がる島があるの。その島にある洞窟がシュロマンスよ。何千年もドラゴンが守護し、限られた者だけが入ることを許される。そこでは黒魔法やネクロマンシーが研究され、使徒たちに教え継がれているの。でも10人の使徒のうち必ず1人はドラゴンに捧げられるのよ。」ジョアンナは遠くを見るように語った。
「次はどの時代へいらっしゃるので?」
「そうね、音楽が聴きたくなったわ。ロマンティックな音楽が...」ジョアンナは目を閉じてうっとりとした顔でそういった。
「私もお供できるのですか?」ワイルドははかない期待を込めて尋ねた。
「そうねえ、いまはまだ無理ね。あなたはまだ成り立てだもの。」ジョアンナは冷たく微笑んだ。
館の奥の間、深紅のビロードのドレープで覆われたその部屋の真ん中に、白黒青の三つの宝珠がはめ込まれた台があった。ジョアンナはその台の前に立ち、短い呪文のあとで「1838年、ウィーン」と唱えた。
ジョアンナはシェーンブルン宮殿のオランジェリーを訪れていた。立ち並ぶ大きな窓ガラスが夕陽を受けて黄金色に輝いていた。太陽が地平線に身を沈めると、着飾った貴婦人たちが三々五々集まってきた。ここでコンサートが催されるようだ。貴婦人たちは奏でられることになる音楽への期待で顔を輝かせていたが、その輝きにはもっと深い欲望が潜んでいるようだった。
観客席に腰を下ろし,ジョアンナは周囲を伺った。圧倒的に女性が多い。男性は女性のエスコート役として仕方なくといった風情だ。今宵のコンサートはピアノソロのようだ。舞台の照明が点き、割れるような拍手の中、奏者が現れた。長身で甘いマスク。貴婦人たちのお目当ては彼の美貌だったようだ。さすがに歓声を上げる者はいなかったが、そのうっとりとした目は、胸の奥に押し殺した歓声をまざまざと物語っていた。
彼が装飾を施された古風なフリューゲルの前に座ると、まるで時間が一瞬凍りついたかのように静寂が会場を包んだ。奏者は軽く息を整え、鍵盤に手を置く。冷えた夜空を切り裂くかのような透明な旋律が流れる。儚い旋律が絡み合い、聞く者の心の中に捉えられない動く模様が踊る。貴婦人たちの表情も変わり始める。音楽の魔力はそれを奏でる者への叶わぬ愛慕へと貴婦人たちを誘い、その切なさに涙を隠せない者も少なくなかった。
「おや、まあ、露骨な恋慕は貴婦人としていかがなものかしら?」ジョアンナは軽蔑の眼差しで彼女たちを一瞥し、再び舞台上のピアニストを見た。「悪くないわね、彼。」彼女は口の中で奥の牙を舌で舐めた。
演奏が終わった。惜しみない拍手、そして我慢していた黄色い歓声に送られて、フランツ・リストは舞台を後にした。ジョアンナは貴婦人たちの群れに紛れてホールを後にした。そして出入り口の前で踵を返し、舞台脇の楽屋へ向かった。楽屋から数メートル離れたカーテンに覆われた窪みに彼女は身を隠し、そこで霧に姿を変えて楽屋に侵入した。
リストは楽屋の長椅子に横たわり、右手を背もたれにかけ,左手で目を覆っていた。
「お疲れなの?」突然の声にリストは驚き、ジョアンナをまざまざと見つめた。「あら、そんなに見つめると....魅了されてしまうわよ。」彼女はリストに近づき、背後からその首を抱きしめた。「魅了された男の人を頂くのは、」彼女はリストの耳を撫でる。「魅了された男を頂くのは私の美学に反するかな。」彼女はリストから離れ、楽屋に置かれたピアノに近づいた。
「ここならあなたの魅了も解けるのじゃなくって?」ジョアンナは手招きした。
リストは夢遊病者のようにゆっくりした足取りでピアノに近づき、ピアノスツールに腰を下ろした。ジョアンナは立ったままリストを見下ろし、右手で鍵盤の右端の高音部に触れた。そしてそこから人間業とは思えない速さでメロディーを紡ぎ出した。誰も聞いたことがない不思議なメロディー。それを聴いてリストの魅了が解けた。彼は怯えるように傍らに立ってメロディーを奏でるジョアンナを見た。そして意を決したように鍵盤に向かい、ジョアンナのメロディーを華麗なピアノ曲に仕上げる。ジョアンナは微笑んで右手を鍵盤から離してリストの肩に乗せ、その項を眺めている。その瞳は赤々と燃えていた。演奏が終わった。満足そうに振り返ってジョアンナを見るリスト。その顔は明らかに抱擁と接吻を求めていた。
「良い子ね。来なさい、欲しいものをあげるわ。」
フランツ・リスト、名前のスペルはListではなくてLisztなのに注意ですね。モテモテすぎて、若いころの放蕩を悔いて,晩年は教皇に懺悔したとか。懺悔すれば許されるなら警察はいらねんだよ、と怒り出す女性もいないというあたりがイケメンの強みか、くっそ~!




