誰か俺を見つけて
自分を探す彼と愛を探す私。
2人の出会いと別れの物語。
あなたは同じような悩みはありませんか?
ー誰か俺を見つけてー
皆の人気者で愛され、いつも明るく賑やかに見えるあなたが夜私だけの前で苦しそうに頭を抱えて言うセリフ。
その光景が頭から離れずふと思い出して苦しくなる。
専門学校を卒業し20歳で全国転勤の会社に就職した私、波。配属先は地元を遠く離れた北海道。
地元とは言っても出身地なだけで両親からはDVをうけ、高校生まで祖父母に面倒を見てもらっていたため
思い入れの無い地元だ。幼い頃から殴られ、怒られると首を絞めながら
「死ね」
「生まれてこなければよかった」
と言われてきた私は当然静かで暗い小学生だった。
ただそれでは家庭にも学校にも居場所がないと考え
学校では元気で明るい子を演じてきた。
高校生、専門学校と彼氏が出来たこともあったが
好きや愛の気持ちが理解できない私は貰った好意が
ただただ嬉しく、お付き合いしてみよう位の軽い気持ちで付き合っては「好きってなんだろう、向けられている好意と同じ物は返せない…」という罪悪感のようなものから別れる、を繰り返していた。
社会人になりやって来た北海道は知り合いも居なく
会社の先輩方から「今流行りのマッチングアプリやってみたら〜人見知りしないんだからいけるって!」と明るい子のお面を被った私はアプリで友達探しを勧められた。休憩時間に先輩達と適当な写真とプロフィールを作りアカウントを作り出てくるプロフィールをスクロールしていく。
「え、この人絶対自衛隊だよ。内地から来てるみたいだし一個上!」
先輩に言われて見てみると関東出身21歳。転勤で来たため友達募集中。とのこと。私と同じと言うだけで寂しかった私は親近感を感じた。
「いいねしちゃえ〜」
先輩が数人♡マークをつけその場は終了。
帰宅してみるとメッセージが来ていた。見てみると昼間に話に出ていた自衛隊らしき人からメッセージが。
「友達募集してますか?」
「私も本州から転勤できていて友達がいないのでぜひ友達になりましょう」
そんなことからやり取りが始まり、アプリに抵抗があった私は2日ほどやり取りをするとアプリを辞めることを理由にInstagramでのやり取りに変わった。
数回通話をしその人は先輩の読み通り自衛官で年はひとつ上。ハーフならしくInstagramの投稿は正直かなりのイケメンだった。私のことも可愛いと褒めてくれ
週末飲みに行くことになった。
当日歩いて向かいながら通話していると
「俺、帰る所ないから朝までどっかで潰すから帰るなり付き合ってくれるなり好きにしていいからね〜」
もう向かって着く間際にそれって絶対チャラいじゃん!!きをつけなきゃ!!なんて思いながらいざとなったら断れる自信があった私はそのまま向かっていく。実際にあって話ししてみるとお話上手な彼、隆くんとは会話が弾んでいた。
「おい、隆〜。誰その子〜」
突然テーブルにやってきたのはどうやら隆くんの同期の方達。女の子と飲んでいるのが見えて絡んできたみたい。そんな人たちも混じえて話をし、高校生時代の部活が一緒やらなにやらで数人と連絡先を交換しまた2人になった。その後もカラオケに行ったりして盛り上がって気がつくともう2時。
「明日も私仕事だから帰ろうかな!」
そう言いながら実は私帰りたくない!!!
「友達に混ざろっかな〜家行ったらだめだもんね?」
ん〜なんだかもう私も20歳だし!この人と今日で終わりはやだな!色んな変なこじつけた理由をつけた私は
「寝ちゃうかもだけどお家きてもいいよ!」
爽やかに決めたつもりで2人でお家に帰ってきた。
2人並んで寝そべりなりながら
「波って可愛いしおもろいしモテるでしょ。俺浮気相手とかじゃない?」
「そんなことないし浮気じゃないよ。ほんとに知り合いすら居ないから友達ほしかったんですよ!」
「そっか〜浮気じゃないならいいけど!てかなんで敬語混じってんだよっ」
たわいも無いやり取りをしながらウトウト。
「ねえ、来週どっかで波の車でドライブしよ」
「ん、ん〜いいよ〜初心者マークだけど。また金曜日でもいい…?」
視界がぼやける中、なんで私の車なんだ〜免許ないのかな〜と考えながら眠った。
次の週末までは先輩達も私も隆くんのはなしで大盛り上がり!イケメンは実際でも変わらなかったこと。泊まったこと。金曜日は私の車でドライブ!それには皆、免許ないのって顔してたけど…
金曜日、案の定免許を隊の規則で持っていなかった隆くんを迎えに行きおしゃべりスタート。
「私にモテるってゆったけど隆くんもモテるでしょ」
「…」
「ん?まずいことゆった?」
「いや、、実はさ、好きとかよく分からなくて彼女1回出来たことあるけど分からなくなって申し訳なくて別れたんだ。」
ええええ、同じ悩み!!親近感の連続で私は嬉しい気持ちになった。
「わかる!人を好きとか分からないよね」
私は自分の境遇を話し、隆くんも話してくれた。
隆くんには日本語もまだカタコトの母親が地元にいて、結婚して家を離れた可愛いお姉ちゃんがいること。隆くんが生まれてすぐ父親は病気で亡くなり、父親が居ないことが寂しかったがそれを表に出さないように感情を隠して生きていたら嬉しいも悲しいも好きも嫌いも分からなくなったと。自分は頭で考えて行動していて心が動いていない気がする。このままだと頭に支配されて疲れて、死を選びたくなる日もくるとおもう。心を動かしたいんだって。
「やってみよ。まずは楽しいことから。一緒に」
同じ悩みを持つ隆くんとなら沢山を経験して
死なんて考えない明るい方に進める気がしていた。
それから毎日LINEで
「おはよう。波」
「おやすみ隆くん。」
これで付き合ってないって意味がわからないくらい連絡を取っていた。
週末はほとんど毎週迎えに行っては泊まって、
まとまった休みが取れたら2人で北海道を旅行して
楽しいと嬉しいを育てた。
たまに真剣に話し合い、夜
「誰かに好かれてる自信がないと死んじゃうよ私」
って泣く日も
「泣けるってことは悲しい感情がある証拠だ。
一緒に頑張ろ」
そう声掛けてくれる隆くんが好きとは違う大切な人になった。
「本当の俺ってどこに行ったんだろう。昔は居たはずなのにいまはみつからない。波、見つけてよ」
「俺を見つけてくれよ」
大きな声で頭を抱えて苦しんでいる。
隆くんの悩みは私には難しかった。
私から見る隆くんは明るくてうどんとバナナが好きで暑がりで甘え上手の人たらし。けどそれは答えにならないらしい。どれもが作った自分だと言っていた。
「どれか隆くんでも全部隆くんだよ。
心と頭が一致したって納得するまで心のままに一緒に過ごしてみようか」
2人の関係はなにか。当人にもわからなかった。
旅行もするし毎週会うし。けど付き合っては無い。
好きを知らないから好きではないとおもう。
喧嘩するけど離れたくは無い。離れたくは無いけど
付き合うとかはよく分からない。
隆が他の市で仕事の期間は2時間~6時間、苦手な運転をして会いに行っては観光して、お互いの好き嫌いをしって相談に乗って。
どんどん私は隆から笑顔を学んだ。
深く考えなくてもいいんだ、いつか気がつく時が来るから、曖昧だけど納得のいく答えを見つけて。
全ての季節に隆が居てくれた。
春北海道で有名なチューリップ畑に行った。いざ着いてみるとネット上では満開と出ていたのに花が刈り取られていた。残念な顔の私に
「近くにお寿司やさんあるみたいだから行こ」
すぐに楽しい提案をしてくれた。
夏、暑いのが嫌いな私たち。隆の影響で好きになったヒップホップを聴きながら海までドライブ。
お花が好きな私のためにラベンダー畑にも行った。
秋、やっと免許が取れた隆はウキウキで私の車を運転。契約が苦手な隆のために車について調べたり
車屋さんに寄って話を聞いてそれを噛み砕いて隆に話す。
「波に全部まかせるわ」
「面倒事押し付けてるなあ〜」
隆の苦手を私がカバー出来ていることが幸せだった。
冬、長期休みで実家に帰っても連絡をしてくれていた。実家に帰ることなんて何年もしていない私を気遣ってくれてのことだと思う。
少し早めに帰ってきてくれて十勝川温泉に日帰り入浴。一緒に温泉を巡りすぎて温泉もサウナが好きになった。テンションが上がって日帰り入浴なのにマッサージを受けてしまって帰りの車で二人ともウトウト。
休み休み運転してやっと帰宅。
少し考え無しな無計画な旅。予想もできないアクシデントや予定が突然変わってもなぜか楽しい毎日。
隆はそんな人だった。
私達はこの名前の付かない関係を2年半つづけた。
毎日ただ生活する為のお金を稼ぐ仕事をして
帰る所なんてないと思っていた私の心に希望がみえていた。
秋が来た。いつも健康体なのにここ2週間くらい体調が悪かった私。吐き気はするし腰も激痛。
隆も心配するほどの症状だった。
「生理もこないしどうしちゃったんだろ、、」
ん???顔を見合せた。
「いや、まさかないよね??」
「有り得ないことはないから波、検査しな?」
隆くんは冷静に病院を勧めてくれ、着いてきてくれた。
「つわりですね。妊娠してます。おめでとうございます。」
産婦人科の先生からそう聞こえなにか言葉が出る前に涙が流れた。
数週間をかけて色んなことを話した。隆くんはまず
愛を知らないのに愛せるのかを心配していた。私の事を大切に思ってくれているらしいが好きとは確信していないらしい。それは私も同じだ。
ただ大きな変化が私にはあった。
ー愛おしいー
体調が悪くてもお腹の中にいるタツノオトシゴみたいな子が可愛くてこの気持ちが愛なんじゃないか、私は1つ前に進んだ気持ちを感じていた。
「波がそうやって思うなら俺はついて行くよ
これからも頑張っていこう」
そう決めた私達はり隆のお母さんへ電話で挨拶をしたりこれからどうするのか、会社への連絡など忙しくしていた。
年が明け妊娠がわかって3ヶ月がたったある日。
仕事中御手洗にいくと服が真っ赤。血まみれになっていた。頭が真っ白になった私は心配で早退させて貰い病気へ。
いつものように見てもらうと
「心臓が止まっているようです」
流産だった。
初めて愛情を知り、前進したと思っていた矢先の出来事で絶望した。隆も出張で離れていたため電話でやり取りをして手術を待つことに。
初期段階では良くあることらしいが居なくなったことの辛さが耐えられなかった。
希望が見えたと思っていたのにこうやって神様は
また私に試練を与えてくるんだ。
元から自殺願望のあった私はこれから先もずっと子のことを思い出して泣く未来に耐えれる自信がなく眠れない日々の中で自殺を測った。連絡が突然付かなくなったことで心配した隆は警察に電話をしたらしく
アパートに警察がきて私の自殺は未遂に終わった。
今思うと本当に死ぬ勇気なんて無かったのかもしれない。
隆が帰ってきてくれても子どもはもう二度と帰ってこない。隆といても同じ子はかえってこない。隆といると思い出して沢山泣いてしまうかもしれない。
そんな心無い言葉をぶつけた日もあった。
子が居なくなってからも隆は私から離れず、元気になるようにと支えてくれていた。旅行に連れて行ってくれたり美味しいものを食べたり。半年をかけて元の元気を取り戻していった。
「隆、考えてたんだけど。このまま私と一緒にいたい?私は一緒に居てもいいけど、微妙な関係の私達がこれからも一緒にいていいのかな。子どものことに囚われて隆ももしかしたら本当に好きな子に出会えるかもしれないのに。」
「3年一緒にいてそう思ったのは子どものことがあったから?」
「私は子どものことで悲しかったけど愛情を知った。けど隆はどうなのかなって。こんなに支えてもらったのに。隆にも愛情をしって素直な好きを探す時間が必要なんじゃないかって」
「3年一緒にいて好きになりきれなかったのは正直ある。いいの?俺が他の子と付き合ったりしても」
「モヤモヤはするけど隆に明るい未来の可能性があるならチャレンジして見てほしいよ」
私たちはこうして子どもが居なくなって半年で1度お互いの気持ちを整理するために離れた。
知り合って丸3年。初めて連絡が途絶えた。
名前を呼んでおはようとおやすみがない日々に私は悲しくなった。
こんなにも好きだったんだと。
好きを自覚した私は隆はその後どうなったのかなと気になりつつも邪魔をしないようにと過ごして3ヶ月。
共通の友達からLINEが入った
「隆、彼女できたってしってる?」
嬉しさと悲しさが一気にこみ上げ吐き気がした。
本人からも遅れて連絡があり、3年間の感謝と子どものことを謝られた。
それぞれ別々の場所で幸せになろう。
過ごした中での幸せは閉まっておこう。
悲しかったことはお互い半分で背負っていこう。
「やっと好きな気持ちが知れたんだ。良かったね。
私は好きだったと気づいたのに。悲しいよ。」
この言葉は言いたいけど言わない方がいい事だと分かっていて
電話が終わったあと泣きながら友達に話した。
その後すぐLINEもInstagramも無くなり、本当にそれぞれの人生になった。共通の友達からは幸せそうに過ごしている話をきいて嫉妬したり、安心したり。
だれよりも隆を知っていた。暗い部分なんて私にしか見せてないと知っていたから。彼女には相談できているのかな。毎日思い出しては泣いていた。
それぞれで幸せになろうと約束したんだ、私も新しい人と付き合ってみようと思い、いつも前向きで自分の人生をいいものにするためにいま頑張っているって強い心を持った先輩と前に進んだ。
愛情を知った私は前よりも強くなった気がした。
この人と長く過ごしたらきっと愛せるとそう思った人と付き合い平和な日過ごして3ヶ月が経った。
彼氏とその友達、北海道でできた女の子友達と4人でいつも通りご飯にいき帰り道ドライブをしていると
隆の同期だった人から電話が鳴った。
「え、、」
「どうした??」
3人は私の驚いた顔にビックリした様子だった。
「もしもし?」
「あ、波ちゃん?おぼえてる?」
「覚えてはいますけどどうしました?
私、もう隆とは、、」
「わかってる。突然ごめん。落ち着いて聞いて欲しい。
隆が今朝死んだんだ。
公園で首を吊って。」
無言で電話を着ると消していたはずの電話にかけた。
何度かけても繋がらない。
下宿先に連れて行ってもらってインターフォンを押しても返事は無い。駐車場には私と一緒に契約した車。
隆の大親友に電話をした。
「もしもし、ごめん突然。なにか、、あった?」
「波、誰からきいた??俺もまだ飲み込めてないから波を支えてあげられない」
「ほんと?なの」
「本当。多分警察から連絡来ると思う」
みんなが冷静ではなかった。その場にいた彼氏や友達に慰められ、ひとまず帰宅し連絡をまった。
次の日警察や家族から連絡がきて、原因が分からないと。彼女も何も知らなかったそう。
ただ手帳のようなものに
「誰か俺を見つけてくれ」
と荒れた時で書いてあったらしい。
私にはよく聞いた言葉だった。
あぁついに、、。そう思った。
同期や家族の聞き取りで、3年一緒にいた子がいると
私の名前があがり連絡が来たようだった。
いつも相談に乗っていた私は家族には全てを。
友人たちには話しても大丈夫な内容だけを伝えた。
警察署まで北海道を知らない家族達を乗せ
隆を迎えに行き全員で泣いた。
眠っているようで明らかに生気の無い隆。
家族は隆を3年支えてくれてありがとうと言ってくれた。子どものこと辛いだろうにごめんねと。
後を追うなんて考えず明るく生きなさいって言ってくれた。私よりもつらいだろうに。
隆はきっと本当に素直な人だった。
私との事を彼女に言えず隠しているような罪悪感。
悩んでいたのに私が子どものことで悲しんでるからと平気なフリをし続けていたんだろう。
愛情をしって明るくなった私の隣で、罪悪感で自分に自信がなくなっていっていた隆に気づいてあげられなかった。
私は愛情を教えてくれ、人生で初めて愛した人を
本当の意味で失った。もう二度と会えないんだ。
私の半分は隆だったと思う。隆の半分は私だったと思いたい。
隆を助けてあげられたのは私だったし、私を助けてくれたのは隆だった。
隆の居ない世界にいる意味は無い。後をついて行って会いたい。けどきっと
「なんでお前がくるんだよっ」
って軽く頭を叩かれるだろうな。
私が自殺を測った日、悲しいことがあっても涙が出こないって悩んでいたはずの隆が涙目になりながら
「波には死んで欲しくないんだ。波が死んだら俺も死ぬ。」って言ってくれた。私が死んだら本当の意味で隆も死んでしまうんだろう。隆の家族や友達、みんなが今辛いんだ。そう思って1日1日を乗切る毎日を過ごしている。
あなたが居なくなって半年が経つ。今でも夢に出てくるあなたは、出会った頃から変わらない笑顔で
「波〜おはよ」
「なに泣いてんの!泣けることは心がある証拠だね」
なんて言ってきて意地悪してくる。
これからも忘れることなんて出来ないと思う。
いつの間にか悩んだらバナナ味を選んだり
突然うどんが食べたくなったり。
好きな曲のジャンルは?と聞かれたら迷わずヒップホップです。って答える。
私の中は隆が沢山居た。
一緒に選んだ車と同じ車種やナンバーを見かけると
ハッとして運転席を見てしまう。
隆といった場所には他の誰とも行けないだろう。
完全に前を向けたわけじゃない。
けだ別々で幸せになろうって、願ってるって言ってくれた言葉を裏切らないように精一杯限界まで生きてみる。
あなたに羨ましがられるくらいに。
いつかまた私に子どもが出来たらあなたみたいに
素直で笑顔が輝く子になって欲しいな。そんな事も思ったりするよ。愛してたよ。言えなくてごめん。
未来の自分に今を自信を持って見せれるように
1日1日を過ごして行きたいと想う。
空から見ている隆にも自信を持って自分を見ててもらいたい。
今の私は隆が半分生きている。迷ったら隆ならなんて言うか。また自分に嘘をつきたくなっても隆なら素直にこうするだろう、私も素直で居ようって考える。
私がこれから生きていく時間の中で隆と居た時間は
一瞬なんだと思う。
その一瞬の中身は若かった私たちが悩みと向き合いつつ逃げながら激しく燃えた一瞬だった。
燃えたことで多くを学んだ私は2人になって強くなった。今過去に戻れるなら強く伝えたいよ。
「私があなたを見つけるよ」
否定されても大きな声で言いたい。
「もう〜わかったよありがと」ってあきれられながら。
今世では伝えられなかった言葉も
来世であなたを見つけて伝えます
「どんなあなたも愛してるよ」
これは生きるために自分に嘘をついていた私と。
自分の心に素直に生きたかった彼の本当のお話。
初めて文を書きました。
不慣れですが読んでくれた方ありがとうございます。
いまの時代同じような悩みを持つ方は多いと思います。
私の記録のためのようなお話になってしまった所もありますがこんな人もいたのか、この人もどこかで生きているんだから自分ももう少し頑張ってみようと思って貰えたらしあわせです。




