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ソライロのセカイ  作者: 空波
第一章「黎明なき序曲」
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第7話 「廃街に灯る火」

闇夜の廃墟を抜け、わたしたちは再び地上へ戻ってきた。薄暗い倉庫の片隅から這い出してみれば、あたりは相変わらずの漆黒の世界。だが、地下を彷徨っていた時間に比べれば、外の空気は幾分か広々と感じられる。風の冷たさが肌を刺すが、暗い閉鎖空間よりはましだ。


 サフィア、シキ、ジャズ――三人は慎重な足取りで周囲を見渡す。先ほど地下を脱した際に軋む物音を立てたが、今のところ敵や罠の気配はない。

 「このまま闇市へ戻るの?」ジャズがリュックの中で重みを増したストレージを確かめながら言う。

 わたし(サフィア)は短く頷く。「解析を試みるには、あそこが手近だと思う。技術者か、あるいは解析ツールを扱える者がいるかもしれない。」


 シキが周囲を見回して地形を確認する。「さっきの闇市は工場跡の近くにあったわよね。あそこに戻るまでの道は……確か、北東寄りに大きく迂回するルートだったけど、覚えてる?」

 わたしは記憶を手繰り寄せる。闇市への正確な地図はないが、建物の特徴や高架の残骸などを頼りに道を大まかに把握している。「確か、あの潰れた高速道路を目印にすれば行ける。問題はそこに殺し屋たちがいる可能性ね。」


 ジャズは小さく呼吸を整え、「あのコレクターとかいう連中も、まだ付近をうろついてるかも……」と不安を口にする。

 シキは背中の四刀を軽く鳴らしながら、「でも、ストレージを抱えたまま長旅はしんどいわ。敵がいても闇市で物々交換すれば、強化した装備や追加の弾薬を手に入れるかもしれない。」


 わたしはセツナを腰に収め直す。「決まりね。闇市へ戻るわよ。情報を手に入れたら、次の手を考える。」

 こうして、わたしたちは再び闇夜を歩み始める。周囲は廃ビルや崩れた倉庫が散在し、足元に金属ガレキがこびり付いている。踏むたびに小さな金属音が響き、それが闇の中へ溶けていく。


 歩き続けてしばらくして、シキが不意に耳を澄ませる。「……足音がする。」

 わたしも立ち止まり、注意を向ける。確かに、遠くでガラス片を踏むような小さな音が複数聞こえる。敵かもしれない。

 ジャズはライフルを構えかけ、わたしはセツナの柄に手を伸ばす。だが、その足音はやや急いており、明確にこちらへ向かってくる様子もない。


 「隠れよう。」わたしは周囲を見回し、崩れた壁の陰に身を潜める。三人とも音を立てぬよう息を殺す。

 足音は微かに近づき、廃材の向こうを通り過ぎる気配があった。ランプは持たず、暗闇の中を慣れたように走っているのかもしれない。数人いるようだが、こちらには気づいていないらしい。


 闇夜に足音が遠ざかり、静寂が戻る。

 「何だったんだろ……」ジャズが震える声で言う。

 シキは眉をひそめ、「殺し屋や無法者じゃなくても、ただの生存者かもしれない。闇市へ向かっている可能性もあるわね。」

 わたしは余計な衝突を避けられたことに安堵し、「先を急ぎましょう。」と告げる。


 どれだけ歩いただろうか。暗い路地が連続し、時折ビルの崩壊部を登り下りして迂回せねばならない。身体が疲労で重くなる中、わたしたちは少しペースを落としていく。

 「休憩する?」ジャズが提案する。

 シキは考えたのちに頷き、「そうね、どこか安全な寝床を探したほうがいいわ。このまま突き進んだら闇市に着く頃にはヘトヘトよ。」


 極夜が常態化して時間感覚が狂っているが、身体的には夜通し歩いているような疲れがある。どこか隠れ場所を確保して短時間でも眠りたい。

 わたしは視線を走らせ、近くに小さなビルの残骸があり、半壊の二階部分にまだ床が残っているのが見える。「あそこなら上からの視界も確保できそう。夜営するならあの階を使う。」


 3人はビルの壁をよじ登り、半分崩れた階段を慎重に進む。幸い、ここは人の痕跡が少なく、罠も見当たらない。崩れかけの二階部分に床の一部がまだ水平を保っており、瓦礫を除けば2~3人が横になれるほどのスペースがある。

 シキが周囲を見回し、窓から外を確認する。「ここなら外の動きが多少は見えるわね。」


 夜営するにあたり、火を焚くのは危険だが、体力の回復が必要だ。ジャズが固形燃料でランプを少し明るめにし、その周囲で3人は小さく円を作って座り込む。

 「これで暖を取るくらいはできる……」ジャズが手をかざす。「でも、食糧がもう少し欲しいね。」


 わたしは手持ちの乾燥食料を確認する。GWNコンプレックスの探索でそこそこ消耗し、闇市での情報交換でもいくらか減らしている。残りはわずかだ。

 シキが歯を食いしばり、「闇市へ着いたら、なんとか追加で手に入れたいわね。解析装置と交換するか、金属片を売って……どうにかしないと。」


 わたしは口数少なく頷く。頭の中に、地下で得たストレージの存在がちらつく。あの中身が大した情報でなかったらどうする? 期待ばかり先行して失望する可能性も高い。

 「少し眠りましょう。交代で見張りをする。」わたしは立ち上がり、窓辺へ近づく。闇の外界を睨みながら続ける。「まずわたしが1時間ほど見張る。シキとジャズは仮眠をとって。」


 ジャズは素直に頷き、シキも「ありがとう」と微笑む。「じゃあ、お言葉に甘えるわ。」

 わたしは窓枠に腰を下ろし、闇に溶ける廃街を観察する。風がひゅう、と吹き抜け、か細い笛のように鳴る。そっと頬を撫でる冷気。

 姉ラトナの人格が心中で浮かび上がるような感覚がするが、特に言葉は発さない。ただ、死んだはずの姉の存在感だけが、わたしの内側で時折うずく。


 ――姉が消えたあの日。Voidfallが起き、世界が崩れたあの日。もし、天使や天界がそれに関わっているのなら、わたしはただ黙ってはおけない。無感情を装ってはいても、心の底では姉を取り戻したい、真相を知りたいという欲求が燻っているのだろう。

 セツナの青い刃を撫でながら、わたしは小さく息を吐く。シキやジャズに対しても完全に無関心ではいられなくなっているのを感じる。彼女たちはわたしと同じく何かを失い、虚無を抱えて、しかしそれでも生きることを選んでいる。もしかすると、あの姉ラトナも、もし生きていたら……。いや、そんな未練は意味をなさない。


 数十分が過ぎ、シキとジャズの穏やかな寝息が聞こえる。わたしはじっと暗がりを睨み続けるが、大きな変化はない。数回、遠方で何かが崩れるような音が響いたくらいだ。

 そろそろ交代の時間だと判断し、わたしはシキを揺さぶる。「交代して。」

 シキはすぐに目を覚まし、周囲を確認。「ありがと、よく見てくれたわね。ジャズはもう少し寝かせてあげて。」

 わたしは静かに頷き、少し離れた場所で体を横たえる。すぐに眠気が襲う。身体のあちこちが痛み、疲労が限界に近い。しかし、意識が遠のくと同時に嫌な夢が顔を覗かせそうな予感がする。


 ――どこまでも続く黒い闇と、血の気配。姉の声が耳をくすぐる。

 「……サフィア……」

 遠い記憶の底で、ラトナは微笑んで手を伸ばしていたような気がする。だが、Voidfallでその手は離れ、わたしは孤独を抱えて生きてきた。それが夢か現かも曖昧な感覚のまま、わたしは眠りに落ちる。


 いつの間にか時間が経ち、シキに起こされる。「サフィア、もうすぐ出発しましょう。」

 目を開けると、ジャズが起き上がっていて、ランプを小さくして準備を整えている。どれくらい眠っただろうか。1時間か2時間か、それとももっとか。極夜が続くせいで時刻感覚が狂う。


 「ありがとう。何もなかった?」わたしは身体をほぐしながら尋ねる。

 シキは頷く。「一度、廃墟の下を走る音がしたけど、ここまでは来なかったわ。大丈夫。」


 ジャズが固形燃料の火を消し、「じゃあ、闇市まであとどれくらいかしら……急ごう。あそこなら少しは物資も手に入るはず。」と声を弾ませる。ストレージの解析こそが今の最大目標だ。


 わたしたちは半壊のビルを出て、再び廃街の路地へ。疲れは完全には取れていないが、何とか動ける。セツナや四刀、ライフルを確認して、周囲を警戒しつつ進行を再開する。

 目印は、遠くにそびえる折れ曲がった高架道路や、崩れた倉庫群。闇市はその工場跡近くにあったはずだ。そこに行くには、道中で無法者や殺し屋に遭遇する可能性が高い。


 やがて、広い交差点に出る。瓦礫が積み上がり、かつての信号柱が倒れている場所だ。ここは記憶にある風景と似ている。あの闇市へ行く際に通った道だと確信できる。

 「こっちを抜ければ、闇市に近いはず。」シキが思い出すように言う。

 ジャズはホッとした顔をする。「もう少しだね……」


 しかし、楽観は禁物。わたしは廃材の影に目を凝らす。最近、ここを通った形跡はないか。足跡が雑然としていて分かりにくい。

 「行こう。」わたしは声を潜めて呼びかける。なるべく音を立てないよう、ゆっくりと前進する。


 しばらく進んだ先で、何やらうめき声が聞こえた。3人は身を低くして周囲を伺う。

 崩れた車の残骸の横に、人が一人倒れている。血が足元に広がっているが、まだ動いているようだ。男性か女性か、フードを深く被っていて判別しづらい。

 「どうする?」ジャズが呻く。助けるかどうか迷っているようだ。


 この世界では、見知らぬ負傷者を助けることは大きなリスクだ。罠や演技の可能性もあるし、そもそも物資に余裕がない。だが、苦しむ声を放っている以上、気にならないわけでもない。

 シキが刀に手をかけ、「一瞬で殺す選択肢もある。けど、悪人か善人か分からない以上、無益な殺しはしたくないわ。」と囁く。

 わたしは唇を引き結ぶ。何もしないで通り過ぎるのも一つの手だ。


 ジャズが意を決したように小走りで近づき、「あなた、大丈夫? 喋れる?」と声をかける。わたしとシキは警戒を続け、セツナと四刀に手を置いたまま周囲を睨む。

 苦しげな声で、その倒れた人物は応える。「……た、頼む、助けて……」

 音からすると若い男性かもしれない。フードの下は血で染まっている。腹部を刺されたのか、大量出血の気配だ。近くには折れ曲がったナイフと、何かの小袋が散らばっている。争いに巻き込まれたのだろうか。


 「これは……放置すれば死ぬわね。」ジャズが顔を顰める。「わたし、医療キットは最小限しかないけど……」

 わたしは冷静に言う。「助けるなら、あなたの道具を使うことになる。やるか?」

 ジャズは苦い表情のまま、ほんの少し躊躇して、それでも決意したように頷く。「いいわ。見捨てるなんて……わたしにはできない。」


 シキはうんざりした様子でため息をつく。「リスクを負うわね。敵が来たら対処しきれないかも……」

 わたしは周囲を警戒して、「早くやるなら、さっさと済ませて。」と促す。ジャズは腹部の出血を止めるため、布を押し当て、手際はそれほど良くないが懸命に応急処置を試みる。


 「ありがとう……」男がうめきながら言う。「俺は……闇市に行こうとして、変な奴らに絡まれて……」

 ジャズは息を整えながら、「黙って、今は力を使わないで。」と指示する。

 シキが上空を見回す。「この先で襲われたってことかしら。あいつら、まだ近くにいるかもしれない。」


 5分ほどの応急処置で、男の出血は多少緩和されるが、助かるかどうかは微妙だ。体力が落ちすぎている。

 「くそ……痛ぇ……」男は苦痛に眉を歪めながら、「でも、あんたら……優しいな。」と言葉を漏らす。


 わたしは刃に手を当てたまま問いかける。「あなたの名前は?」

 「……バド……って呼ばれてる。」男――バドは息も絶え絶えだ。「闇市で、情報と武器を交換したかった。そしたら奴らが横取りしようと襲ってきて……逆らったらこのザマだ。」


 シキが静かに拳を握る。「やっぱり、この辺りには悪党が多いわね。バド、今後どうするの?」

 「動けねえ……助けてくれよ。闇市まで運んでくれ……」バドは弱々しく頼む。

 ジャズが困ったようにわたしを見る。「どうする? 一緒に連れて行く?」


 連れて行くには荷が重い。歩くのも困難そうだし、わたしたちもそんな余力はない。しかし、ここに置き去りにすれば死ぬ可能性が高い。

 わたしは歯を食いしばる。現実的には救うメリットは少ない。助けても無事に闇市に着く保証もない。

 ジャズは視線を落とし、「うう……できるだけ手当したけど、動かせばまた出血が広がるかも。」と言う。

 シキは苦渋の表情で、「無理に担いで行けば、わたしたちも狙われるリスクがある。どうするの……」


 わたしはセツナの柄を離し、代わりに男の顔を見下ろす。「バド、あなたは何を闇市で求めていたの?」

 男は顔をしかめ、「天界……って噂を聞いて。そこへ行く方法とか、Voidfallの原因とか……馬鹿だよな。知ってどうするって話だけど、何か希望が欲しかったんだ……」

 姉を失ったわたしに重なる部分があるのか、微かな共感が胸を刺す。「分かった。あなたを闇市まで連れて行くのは難しいが、ここで死なせるのも後味が悪い。少しだけ運んで、物陰で体勢を整えよう。」


 シキは目を見開く。「大丈夫なの?」

 「最善ではないけど、放置するよりは可能性がある。」わたしは決断する。周囲が危険になる前に、せめて少し安全な廃墟の部屋に移し、簡易ベッドのようなものを作れば、他の通りがかりの人が助けるか、あるいは彼自身が回復するかもしれない。


 ジャズが安堵の息をつき、「ありがとう、サフィア……!」と微笑む。

 わたしは首を振る。「急ぐわよ。長時間ここで足止めされるのは危険。」


 3人で協力し、バドを支えながら近くの建物跡へ移動させる。崩れた壁面の陰に、比較的風が当たらない小さなスペースを見つけ、そこにバドを横たえる。止血を再度施し、可能な範囲で水を口に含ませる。

 バドは苦しげに息をつきながら、「あんたら……本当にいい奴だな。こんな世界なのに……」と呟く。


 シキが少し苦笑して、「こんな世界だからこそ、助け合わなきゃ。」と返す。

 ジャズは医療キットの包帯を最後まで使い切り、「わたしの力じゃこれが限界。ごめんなさい。」と詫びる。

 バドは弱く首を振る。「いや、感謝してる。もし、もし生き延びられたら、あんたらに借りを返すよ……」


 わたしはあえて何も言わない。彼が生き延びられる保証はないし、借りなどどうでもいい。

 「長居はできない。悪いが、これ以上は無理。」わたしはそう言い、立ち上がる。

 バドは薄く笑い、「分かった……ありがとう……。無事でな……」と見送るように瞳を閉じる。


 わたしたちは再び廃街の路地へ足を踏み出す。シキが深い吐息を漏らす。「ああいう人を救う手段がもっとあればいいのに……」

 ジャズは俯き、「わたしの力不足だわ。」

 わたしは硬い声で言う。「この世界じゃ、助かるかどうかは運にも左右される。あなたができる限りはやったわ。もう行こう。」

 後ろ髪を引かれる思いを振り払い、3人はさらに歩みを進める。


 30分、いや1時間ほど進むと、以前見覚えのある工場跡の看板が視界に入る。「Factory A-9」と書かれた錆びたプレート。あの闇市が近いことを示す目印だ。わたしたちは警戒しながら敷地内へ入り込む。

 工場の内外を巡ると、あのテントや簡易屋台が立ち並んだ場所が再び現れる。ランプがいくつか揺れ、人影が往来している。どうやら闇市はまだここに存在しているようだ。


 「よかった、消えてなくて……」ジャズが胸をなで下ろす。

 シキは周囲を睨み、「でも、余計なトラブルはごめんよ。今回はストレージの解析をしたいだけ。」


 わたしは頷き、「最初に取引した店主を探そう。あるいは、他に技術者がいるかもしれない。」と言って、闇市の中心部へ歩く。

 闇市は以前と似た雰囲気だが、店主の顔ぶれが少し変わっている。新たにテントを張っている者もいれば、前に見かけた商人の姿は見当たらない。夜の闇市は流動的に構成員が入れ替わるのだろう。


 ジャズが不安げにキョロキョロする。「解析装置を持ってる人なんているかな……?」

 「分からないけど、聞くしかないわね。」シキがため息まじりに言う。

 わたしは無言で、一番奥まった場所にいる店主風の男を見やる。彼は小さな発電機を背にし、テーブルに部品らしきガラクタを並べている。機械系のアイテムを扱っているように見える。


 「あの人に声をかける。」わたしは近づき、セツナの柄から手を離して両手を見せる。敵意なしの合図だ。

 男はやせた体躯にゴーグルを下げ、焦げたジャケットを着ている。テーブルに並ぶのはコードや基板、バッテリー、レンズなどの散乱物だ。


 「いらっしゃい。何を探してる?」男は低い声で訊ねる。

 わたしはストレージを少し取り出し、「これを解析する手段を探している。古いサーバー用の記憶媒体みたい。読み取り装置や、データを復元できるツールを持ってない?」と本題を切り出す。


 男は興味深そうにストレージを手に取り、表面を照らして観察する。「ほう、珍しいな。GWN系のバックアップカートリッジか? 中には昔の資料やログが入ってることもあると聞くが……使えるかどうかは分からん。」


 ジャズが身を乗り出し、「読み取れたら、Voidfallの真相や天界の情報があるかもしれないんです!」と若干興奮気味に言う。

 男は鼻を鳴らしてゴーグルをズラし、「へえ……天界ね。ロマンを追うタイプか。まあ、動くかどうかは別として、解析ツールを簡易に持ってる奴を一人知ってる。」

 「本当?」シキが目を光らせる。「どこにいるの?」


 男は指をパキパキ鳴らす。「紹介料が欲しいな。ここの闇市にもルールがある。タダで教える義理はない。」

 取引だ。わたしは歯を食いしばる。「分かった。いくらだ。」


 男は手のひらをこちらに向け、「あんたらが持ってるそのカートリッジのうち、壊れてそうな方を一本よこせ。あとは少し食糧か弾薬でもいい。」と提案する。

 わたしはシキとジャズに目で相談する。壊れたストレージは解析しても意味がないかもしれないが、無価値とは断言できない。食糧ももう残り少ない。苦しい出費だが紹介料を払うしかない。


 「分かった。これでいい?」シキが壊れ方が酷いストレージを選び、ジャズが乾燥豆パックを少し差し出す。

 男は笑みを浮かべて受け取り、「よし、交渉成立。じゃあ教えてやろう。ここから南東にある小さな廃ホテルの一角に、カレンって技術屋がいる。昔の解析装置を自作してるって噂だ。動くかどうかは分からんが、興味あるなら行ってみるといい。」


 「カレン、ね……」ジャズが名前をメモするように呟く。「その廃ホテルは遠いの?」

 男は肩をすくめる。「徒歩で1時間くらい。安全とは言い難いが、店じまいする前になんとかなる距離だろ。あんたら次第さ。」


 わたしは短く礼を言い、ストレージをバッグに戻す。「ありがとう。」

 男は満足そうにゴーグルをかけ直し、「気をつけな。あっちも治安がいいわけじゃない。カレンに会えたとしても、まともに話が通じるかどうかは知らんがね。」と付け加える。


 こうして、わたしたちはストレージ解析の新たな手段を得た。だが、また危険な道を踏破しなければならない。

 ジャズはため息交じりに、「本当に試練ばっかり。でも、諦めたくないね。」と前を向く。

 シキが四刀を背負い直し、「そうね。カレンに会えれば、Voidfallや天界に近づくかもしれないわ。」


 わたしは心中で決意する。天界や前世、姉の死の真相。これらを掴むためにはあらゆる可能性に賭けるしかない。何度危険を冒しても、今さら躊躇はできない。

 「出発しよう。夜明けなんて来ないけど、遅くなればなるほど状況は変わる。」


 闇市を後にし、南東へ向かう旅路が始まる。失ったものが多いこの世界で、わたしたちが得たストレージは本当に鍵となるのか。

 極夜の廃街に足音を残しながら、3人は再び歩み出す。風がビルの隙間を抜け、嘲るように笛を吹く。灯る火は少ないが、わたしたちの心にはまだ消えていない熱がある。


 カレンという名の技術屋は、どんな人物なのだろう。果たして、ストレージの解析は成功するのか。天界とVoidfallの謎は、さらに深い闇の奥へわたしたちを誘っている――。

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