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ソライロのセカイ  作者: 空波
第一章「黎明なき序曲」
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第4話 「残響する電波塔」

 東へ進むと決めたわたしたちは、引き返すように廃墟の迷路を辿る。北への遠征は成果が乏しく、電波塔も情報なし。技術屋風の男から闇市の存在を示唆されたとはいえ、その場所がどれほど信用できるかは不明だ。


 ジャズは肩を落とし、ライフルを抱えたまま黙りこんでいる。シキは時折足を止め、周囲を伺う。わたしはセツナをいつでも抜けるよう、右手を軽くほぐしている。この世界では油断すれば命を落とす。目的に焦りすぎてもいけない。冷静に、慎重に進むしかない。


 無言の行軍が続く中、ジャズがふと息を吐き出した。「…ねえ、サフィア、シキ。ごめん、無駄足ばかり踏ませて。」

 シキは小さく首を振る。「誰も責めてないわ。こういう世界なんだから、試行錯誤は仕方ない。」

 わたしも同意するように短く答える。「焦っても何も変わらない。」


 その言葉は自分に向けても発している。姉を失い、虚無を抱えながら旅をするわたし自身、ゴールが見えない道を彷徨っているのだから。


 東への道は比較的起伏が少ないように感じる。倒壊した高架道路やビル群を避け、緩やかな傾斜の土地を下っていくと、瓦礫が減り、低い建物や露出した地表が増えてくる。かつて工業地帯だったのか、鉄骨フレームが剥き出しになった工場跡らしき建造物が点々とある。


 「ここ、昔は生産ラインがあったのかな。」ジャズがかすれた看板を指差す。錆びた文字で「Factory A-9」などと書かれているが、意味は薄い。

 シキは髪を揺らし、「この辺りに闇市があるといいけど、どうやって見つけるの?」

 わたしは唇を引き結ぶ。「闇市は人が集まる場所。煙や明かり、行き交う足音、物のやり取りの気配を探るしかない。」


 情報が求められ、物資が不足する世界で、闇市は不定期に場所を変えたり、規模が小さかったりすることが多い。かつてわたしが耳にした話では、廃棄された大型倉庫や地下室を拠点に、秘密裏に取引が行われている場合もあるという。


 できれば正面から飛び込む前に周囲を探りたい。

 しばらく歩くと、浅いクレーターの向こうに、崩れたフェンスで囲まれた広場が見えた。そこには、かすかに光が揺れている。あれは風で揺らめくランプの灯りか、あるいは焚き火か。


 「人がいる?」シキが低く問う。

 「多分。慎重に近づこう。」わたしはセツナに触れながら、体勢を低くする。


 3人で物陰を縫い、視線を落として前進する。

 やがて、崩れた倉庫の脇に、小さなテントや簡易の壁で囲ったスペースが見えてきた。薄暗いランプが吊られ、そこに人影が6、7人ほど集まっている。布を張りめぐらせた即席の屋台らしきものもある。足元に木箱が積まれ、中にはガラクタや鉄屑が詰まっている。


 「闇市みたい……」ジャズが息を呑むように囁く。

 シキはわずかに目を細め、「あまり大きくないわね。小規模な取引場かも。」


 ここで情報を得られるかもしれない。だが、トラブルを避けるため、いきなり飛び込むのは避けるべきだ。わたしは身を縮め、テントの周囲を観察する。

 人々はほとんどが疲れきった様子で、武器を持つ者もいるが、激しい緊張はない。何かを買い求めているのか、一人の男が金属片を店主らしき人物に見せている。その店主は、白い布で顔を半分隠し、頷いたり首を振ったりしている。


 「行く?」シキが小声で言う。

 「ええ、行こう。問題を起こさないように。」わたしは頷く。


 ジャズは緊張した面持ちだが、二人に続く。

 わたしたちはゆっくりと姿を現し、両手をあまりあげずにリラックスした態勢を示す。セツナや刀は鞘に収めたまま、ジャズもライフルを背中側に回す。


 店主らしき人物がこちらに気づき、目を向ける。周囲の数名が振り返り、警戒の色を浮かべるが、すぐに深追いしない。ここは闇市、いきなり争えば皆が困る。


 「買い物か? それとも売り物があるのか?」店主らしき人物が低い声で訊ねる。声は女性のようだ。布に隠れた瞳が鈍く光る。


 わたしは首を振る。「情報が欲しい。」

 「情報?」店主は鼻で笑う。「情報はタダじゃないよ。何を知りたい?」


 「天界、Voidfallの真相、使える通信機器、何でもいい。」ジャズが少し焦った声で言う。「とにかく手掛かりが欲しいの。」


 店主は横に立てた鉄パイプに背を預ける。「天界だぁ? 随分と奇妙なものを探すね。まあ、いいわ。情報は交換だ。何か対価になるものはある?」


 わたしは懐を探る。乾燥糧食はもうあまりない。武器のパーツやバッテリーの残りも貴重だ。代わりに先のビルで拾ったバッテリーの一つを提示する。

 「これはどう?」

 店主は興味深そうにバッテリーを指で弾く。「動くかどうか分からないが、まあまあの品ね。いいわ、何か噂話くらいなら教えてあげる。」


 わたしは安堵し、シキとジャズも表情を緩める。

 「天界については、聞いたことがある。ある集団が、Voidfall後に異界への通路を開こうとしているとか、天使と呼ばれる存在と交渉しようとしているとか……だが、実在を示す確固たる証拠はないわ。」店主は淡々と語る。


 「じゃあVoidfallの原因は?」シキが身を乗り出す。「誰も知らないの?」

 「原因ねえ。一部では天使が世界を壊したとか、天界と地上の境界が歪んだとか言うけど、結局誰も実際に天界を見たことはない。技術屋や学者崩れが色々推測してるが、噂以上のものはないわ。」


 ジャズが悔しそうに顔を曇らせる。「そんな……どこへ行けば分かるの? 通信機器は?」

 店主は肩をすくめる。「通信機器なんて、もうほとんど壊れてるよ。地上でまともに動くネットワークは皆無に等しい。ただ、地下シェルターや旧軍事施設にはまだ未発掘の装置が残っている可能性はある。それを探し出せば、昔のデータログが手に入るかもしれない。」


 地下シェルター……。

 わたしは顔を上げる。「地下シェルターの場所、心当たりは?」

 店主はバッテリーを握りしめ、「ふむ、少しマシな情報を与えるなら、もう少し対価が欲しいね。」とほくそ笑む。闇市での商談は厳しい。


 シキが歯を噛む。「あと何がいる?」

 店主はしばらく考え、「ちょっと珍しい武器パーツか、あるいは少し食料を追加で。」

 ジャズがため息をつき、ジャケットの内側から固い乾燥豆らしきパックを取り出す。「これ、食べられるわ。」

 店主はそのパックを手に取って重さを確かめる。「いいわ、情報を出す。東にもう少し行けば、かつて‘GWNコンプレックス’と呼ばれた大規模な通信インフラ拠点があったらしい。そこの地下には、軍が管理していた防護シェルターがあると噂されている。中には古いサーバーや端末が眠っているかもしれない。だが、多くの生存者が挑んだが、強力な殺し屋や罠があるという話もあるから気を付けな。」


 軍管理のシェルター、GWNコンプレックス……わたしたちが最初に情報を求めていたような場所だ。

 シキが驚く。「GWNコンプレックス、聞いたことあるわ。以前、断片的な看板を見たわね、サフィア。」

 わたしは頷く。「確か、PLANET COMMUNICATION CENTERの跡地と推測していた。そこがGWNコンプレックスなのか、あるいは関連施設か。どちらにせよ、有力だ。」


 ジャズは不安げに、「殺し屋や罠って……大丈夫なの?」

 店主は鼻で笑う。「大丈夫かどうかなんて、保証はない。だが、あなたたちみたいな行動的な連中なら、何とかするんじゃない?」


 わたしたちはお互いを見やる。危険は承知の上だ。この世界で安全な場所などない。情報への道は常に血と汗で潤されるものだ。

 「ありがとう。」わたしは短く礼を言い、店主から離れる。闇市の他の連中はわたしたちにあまり興味を示さない。ここでは、目立った行動をすれば狙われるだけ。静かに立ち去るのが吉だ。


 表へ戻り、薄暗い工場跡を背にする。シキが腕組みする。「GWNコンプレックスの地下にシェルター。そこに行けば、古いログが残っているかもしれない。」

 「そこに何が書かれているかは分からないけど、Voidfall前の記録が手に入れば、天界や原因に近づく手掛かりになるかもしれないわ!」ジャズがやや興奮気味に言う。


 わたしは冷静に、「殺し屋と罠があると言っていた。」

 シキは微かに笑みを浮かべる。「でも、わたしたちはもう何度も殺し屋や無法者を退けてきたわ。対処できるんじゃない?」

 ジャズは少し不安そうな目をするが、「やるしかないわね」と小さく頷く。


 目標ははっきりした。GWNコンプレックス。そこで情報を得るためには、まず現地まで行かなければならない。東へさらに進む必要がある。


 わたしたちは闇市を出て、廃墟の通りを横切る。極夜の冷気が皮膚に染み込み、足音は控えめに、慎重に進む。

 「姉人格」ラトナは心中で沈黙したままだが、わたしは己の鼓動を感じている。姉を失った虚無、天界への興味、Voidfallの原因への疑念。情報が手に入れば、何らかの答えに近づくかもしれない。


 シキが突然立ち止まり、「待って、あれ……」と指差す。遠く、闇の中で微かな閃光が走った。

 何かが爆発したのか、金属を叩く音が反響する。もしかすると、別の生存者同士が戦っているのかもしれない。

 「迂回しよう。」わたしは即断する。くだらない戦闘に巻き込まれる余裕はない。


 3人で遠回りし、音源から離れるように歩く。

 移動中、シキが静かに言う。「危険が絶えないわね、どこへ行っても。」

 ジャズはしゅんとした面持ち。「でも、あの闇市で手掛かりは得たわ。GWNコンプレックスへ行けば何かある。」


 わたしは肯く。

 「そうだね。死ぬ覚悟で行くしかない。」

 シキは淡く笑う。「死ぬ覚悟、か。ずいぶんと物騒ね。」

 「この世界じゃ当たり前。」わたしはセツナの柄に手をやり、次の一歩を踏み出す。何度となく血を流し、命を奪ってきたこの手で、切り拓くしかない。


 東へ進む道はまだ長いだろう。廃墟と瓦礫が続き、何度も引き返し、また別の方向へ曲がり、手探りで進むことになる。だが、今は闇市で得た情報に賭けるしかない。

 GWNコンプレックスの地下シェルターで、古いサーバーが眠っている。そこに何が記録されているかは分からないが、それがVoidfallの秘密や天界への道筋を解く鍵になるかもしれない。


 暗闇に溶けるように、わたしたちは足音を響かせる。

 極夜が続き、終わりなき夜の中で、青い刃と、四刀、古いライフルを頼りに、少しずつ前へ進む。

 姉ラトナは心中でわずかに息を吐くような気配を見せるが、まだ言葉はない。

 世界は静かだが、わたしたちの行動が、小さな波紋を起こしているかもしれない。いつか、その波紋が光に変わることを祈りつつ、わたしは目を細めて、闇に目を凝らした。


 こうして、わたしたちは再び旅を続ける。次なる目標は、GWNコンプレックス。

 そこには、まだ見ぬ答えが眠っている――そう信じて。

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