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食事

「ただいま」

 部屋からの返答はない。遅くに変えると伝えてあるのだから当たり前。

 ぐるりと部屋を見渡していつもと変わらないことに安心感を覚える。

 ここを出るときはあんなに苦しかったのに、今ではこんなに晴れやかに見つめることが出来る。それは自分の心が変わっただけ。部屋はなに1つ変わっていない。「変わらない」はいつも自分に安心感を与えてくれる。

「おかえり」

 ガチャリと扉が開く音がしたので必然的に海晴が返ってきたのが分かった。

「あれぇ?早いね」

 海晴の大きくてくりくりした目が更に大きく開かれてこっちを見つめる。こうしてみると本当に犬みたいだ。

「まあね」

 私はあえて何も言わない。会社での失態も、なんで早く帰ってこれたのかも。

「おかえり、だし、ただいま」

 やっぱりだ。海晴は私の中に踏み込んでこない。いずれ離れていくから、という理由ではないだろう、きっと。全員に対してそうだと思う。良くも悪くもかなりフラットな人間。

 普通の人なら偏見だったり、他人をパターンに押し込めたりする。その方が対人関係が構築しやすいから。いまだって自分は海晴を「きっとこういう人間だろう」というパターンに押し込めている。

 でも、これは当たり前で皆すること。私だって同じことをされて苦しんだ経験がある。

 海晴はそれがほとんどない。この何もない部屋を見て「私の形」だと言った。「パターン」ではなく「形」。それが私にとってどれほど心地いい物か、きっと海晴は理解していない。

「ご飯作っちゃうねぇ」

 「形」はほとんどの人間の中にあって、それでいてほとんど変わらない物。成長や置かれた環境によって多少の変化はあれど、変わらない。私がずっと「死にたい」と思っているように。

 私は海晴の「形」を知りたい。

「なぁに?そんなに見つめて」

「いや?なんも?」

 ご飯は逃げないからおとなしく待っててね〜と言われてしまったので私はおとなしくローテーブルの近くに腰かけて待つことにした。今日はなんだか緊張し過ぎて疲れてしまった。

「なんか、お疲れだねぇ」

 手にリクエストしたオムライスを持って海晴が見下ろしている。

「作るの早いね」

「まあね」

 私がさっきいった「まあね」と同じテンションで返してくる。お互い、なんとなくの距離感が掴めてきたのかもしれない。顔がいたずらっ子みたいな顔してる。

 海晴の作ったオムライスはホカホカと湯気が上がっている。人の手料理なんて最後に食べたのはいつだろうか。

 …今朝か。

「いただきま~す」

 自分に心の中でツッコミを入れた所で冷めないうちに食べてしまおう。半熟の卵のトロトロ加減と中のケチャップライスの酸味がちょうどいい。ウィンナーの肉感と玉ねぎのシャキシャキ感もいい食感。

「うま…」

 思わず心の声が漏れる。

 海晴はと言うと、じっと私のオムライスを眺めて動かない。嫌いだったのだろうか?それなら別の物でも良かったのに。

「海晴?」

 あまりにも動かないから心配になって声を掛けてみる。

「…ん?」

 声を掛けてから少しして、まるでスローモーションになったように海晴が顔を上げる。その顔に覇気はない。何とか笑顔を貼り付けている、そう見える。

「大丈夫?」

 自分の住んでいた場所がいきなり無くなったのだ。そりゃ落ち込みたくもなる。そこまでは分かる。けど海晴の落ち込みは少し違うような気がした。ただ、そこに自分が踏み込んでいいのだろうか。私だったら「大丈夫」と強がってしまう。きっと海晴もそのタイプ。

「大丈夫だよ」

 ほらね。そう来ると思った。そんなしんどそうな顔してさ、何が大丈夫だよ。

 なんて思うけれども、何も聞かない。きっと踏み込むのは私の役目じゃない。

「そういえば、海晴は食べないの?」

 海晴は私の分のオムライスだけを運んできた。

「ん?おれはもう食べたからいいの」

「そうなの?」

「うん」

 「なんだ、一緒に食べたかったのに」とちょっと愚痴を言えば「ごめんごめん」と言われる。

 海晴の作るオムライスはすごく美味しくてあっという間に平らげてしまった。

 せっかく作ってくれたのだから、後片付けは私がやると提案して、海晴にはさきにお風呂に入ってもらう事にした。

「あれ?」

 洗い物をしているとあることに気が付く。割れた卵の殻がひとつしかない。

 これが何を意味しているのか。海晴はオムライスをひとつしか作っていない。つまり海晴は食べていない。気分じゃなかったのか、オムライスが好きじゃなくて別の物を食べたのか。

 でも、片付ける食器も、使った調理器具も私のオムライスの分しかない。

 もうすでに洗って片付けられている、という仮説も立てられるがそうじゃ無さそう。それに、よく考えたら今日は自分の方が早く帰ってきたじゃないか。

 海晴はいつご飯を食べて、何を食べたのだろうか。

 この疑問はしばらく私の心の中に留まった。


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