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けじめ

 ガラガラとスーツケースを引きながら、お世辞にも綺麗に舗装されているとは言えない道を並んで歩く。時折小さな小石がスーツケースに弾き飛ばされて足元に飛んでくる。ちょっとうざったい道。

 中学生の時も自転車で同じようなことを思っていた。

 都会と違って遮るものがないせいで頭上から容赦ない日光が振り注ぐ。唯一の救いは都会ほどアスファルトがないこと。直射日光を浴びながら歩き続けるのと、アスファルトの森で籠った暑さの中を歩き続けるの、どっちがいいかと聞かれたら、ほとんど変わらないと思うけど。

「なっちゃん、本当にいいの?」

 隣を歩くこの男は、私の決心を口にした日からずっとこの調子。

「無理に家族に紹介しなくても良いんだよ?」

 そう、私たちはお盆休みを利用して私の実家に向かっている。私の家族に海晴を紹介するため。そして、自分が同性愛者であること。結婚はしないこと。海晴と生きていくこと。全部洗いざらい話す事を決心した。

 両親からぶん殴られる覚悟だ。母親ならまだいい。父親にぶん殴られたらどうしよう。

 そして二度とこの町に足を入れられないとも思っている。

 でも、怖くはない。ちゃんと自分の足で自分の居場所を見つけた。紆余曲折、本当に色々と遠回りしてようやく収まる場所を見つけたのだ。

 いや、ウソ。本当はめちゃくちゃ怖い。現に今手が震えている。家まであと大体20分。家に到着しなければいいのにって思ってる。というか、アポ無しで行くから家に誰もいないとかそんな感じだったりしないかな。なんて思っている。

 実際には次の角を曲がって真っ直ぐ進めば家に到着するし、家に両親揃っていることは確認済み。まぁ、お母さんは買い物に出掛けたりしてるかもしれないけど。井戸端会議が長引かなければすぐ帰ってくるのが現実。

 あ~あ、逃げ出してしまいたい。でも、逃げない。逃げちゃいけない。

「私が海晴を家族に紹介したいからいいの」

 ちょっと見上げながら海晴の目を見て言えば、嬉しそうにしている。

 これが今回の目的。だから逃げちゃいけない。

 嬉しそうにする海晴はやっぱりどこか犬っぽい。嬉しい時は嬉しい。悲しい時は悲しい。怒ってる時は怒ってる。海晴の喜怒哀楽は分かりやすい。それがどことなく犬っぽさを感じる。

 そして、そんなことを思っている私だけど海晴の顔を見たら少し落ち着きを取り戻した。

 海晴は嬉しそうにしたのも束の間、また不安そうな顔に戻って

「でも、おれが行くこと言ってないんでしょ?というか帰ることも言ってないんでしょ?」

 と耳をしゅんっと垂れさせながら言う。

 犬種は前から思っていたけど、ゴールデンレトリバーかな。人懐っこくてクリクリした目がよく似ている。でも、最近もっと似ている犬種を見つけた。

「海晴ってオーストラリアンシェパードに似てるね」

「おー…?なに?」

「オーストラリアンシェパード」

 なにそれ、名前ちょっとカッコいいと若干テンションが上がっている。

「じゃなくて!なっちゃん!」

 おれが言いたいのはそういう事じゃない!とぷりぷり怒っている。私の耳には、わふっわふっと怒っている犬にしか見えないのだが、しょうがないから聞いてやるか。

「これは私なりのけじめのつもりだよ」

「言ったでしょ?自分の事を好きな自分でありたいって」

 まだ納得してないみたいに、頭の上にはてなマークがたくさん浮かんだまま、海晴は頷いた。

「ちゃんと話したいの。親を怖がっておどおど自分を隠すんじゃなくて、ちゃんと自分を見てもらいたい。やっぱり、家族に誤解されたままはいやだ」

 これは海晴が家族を大切にしてたから、それに触発されての事だった。私には、かなりウザイけど、ちゃんと家族がいる。月に1度は電話を掛けて来て安否を確認してくれる家族がいる。

 大切にされ方はウザったいけど、それでもちゃんと私の家族だ。その人たちとのゴタゴタを抱えたまま海晴と家族になれるわけない。自分の家族を大切にできないのに、海晴との家族という関係をを大切にできるわけない。

 だから「海晴とちゃんと家族になるためのけじめ」をつけに行く。

「それに、私が家族にぶん殴られても、二度と敷居を跨ぐな!って怒鳴られても、お前なんか家族じゃねぇって言われても、一家の恥って罵られても、海晴は私の家族になってくれるんでしょ?」

 歩くのがゆっくりになって、私の少し後ろを歩く海晴を振り返り笑い掛けると、尻尾がぶんぶんと振られているのが見える。

「もちろん!それは絶対大丈夫!」

 安心して!と私の隣に少し早歩きをして並ぶ。そして海晴が私の手を取った。

「だから、震えなくて大丈夫。おれがいるよ」

「バレてた?」

「めっちゃバレてた」

 やっぱり海晴にバレていた。バレないようにふるまっていたつもりだが、お見通しだったようだ。

 自分のことを受け入れられない悲しみは何度経験しても怖い。思い出して、心臓が小さくなる音がした。

 そんな私の心境を察してか、それとも偶然か。分からないけど、海晴がだいじょーぶ、だいじょーぶ。と言いながら手をぶんぶん振って歩く。私の緊張をほぐそうとしてくれているのが身にしみて感じる。やっぱり、この人といれば大丈夫だ。

 緊張がほぐれた事を伝えたくてちょっと軽口を叩いてみる。

「ねぇ、子供じゃないんだから」

「ん?なっちゃんは子供でしょ?」

「はぁ?違うんですけど!」

「ムキにならないの~」

「海晴だってワンコの癖に」

「おれはワンコじゃないよ」

「ワンコだよ」

「なら、なっちゃんはおこさまだ」

 違う!って言うとハイハイと流される。何を言っても無駄みたいだ。

 くそう、なんでまた子供だって思われた?久しぶりの新幹線にはしゃいだから?駅弁が美味しくてテンション上がったから?窓から見える富士山が綺麗だったから?朝早くて新幹線で爆睡したから?最寄り駅に到着したら、そこにいた鳥を追いかけ回したから?

 どれ!?と顔を上げながら海晴を見上げれば満面の笑みで「全部」と答えられた。

 握られていた手を振り払って海晴をポカポカと殴る。痛い痛いと言う海晴は笑っている。

 この空気感はやっぱり安心する。

「そういえば大介さんがまた飯食いに来いって」

「ありだなぁ。涼音ちゃんにも会いたいし行くかぁ」

「おれよりも、涼音ちゃんと仲良しになったね」

 和島さん一家から、もう大丈夫ですとこっちが言いたくなるくらい謝罪の言葉をもらった。そして、今回の事をちゃんと報告すると「今度はちゃんと見てろよ?」と半分脅しのような言葉をもらった。

 もちろんすぐに和島さんの奥さんと娘さんと海晴にこっぴどく叱られていた。

 和島さんの娘さん涼音ちゃんはいつか海晴の隣を歩いている所を見かけた子だった。とにかくいい子で、1年付き合っている彼氏がいるそうだ。よく笑ってよく怒る子という印象。年上と仲良くするのに憧れがあったらしく、近くに年上が私と海晴しかいない影響なのかすごく良く懐いてくれて、2人で頻繁に出掛けている。

 高校生に私たちはすごく大人に見えるんだろうなぁ、なんて思った。

 実際には全然そんなことは無くて、どうしたらいいのか分からなくてうじうじするし、怖くて逃げ出したくもなる。

 学生時代からなにか変わったかと聞かれたら、特に何も変わってない。

 しいてひとつ、なにか変わったことを挙げるとするならば本当にほんの少し生き方が上手くなった。自分の見ている世界がほんの少しだけ広がってひとつの生き方にこだわらなくて良くなった。それが結果として生き方が上手くなった、に繋がるんだと思う。

 それに


「ん?」

 私は隣を歩く海晴を見つめて、歩みを止める。

「いや?別に?」

 突然私が止まったことに頭の上にもう一度はてなを浮かべている。

「着いたよ、海晴」

 到着した。いや、到着してしまった。久しぶりにみた我が家。

 また、私の手が震え始める。今度は足まで震え始める。一度大きく深呼吸をする。心を恐怖が埋め尽くし始める。

 そっと、それでいて強く、手が握られる。少しだけ恐怖がマシになった。

 その手から、全力の「大丈夫」が聞こえる。だけど微かに海晴の手が震えているのも感じる。それならばと、私も負けずに海晴の手を強く握った。

 互いの顔を見て頷く。怖いけど、一緒なら乗り越えられる。

 これを愛と呼ばずしてなんと呼ぶ。


 それに、生きていればそんな愛に巡り合うことだってある。

「海晴」

「ん?今度はなぁに?」

「私生きててよかった」

 私がそう言ったのを海晴はさらに強く手を握って答えてくれた。

「行こうか」

「うん」

 どんなにこれからの人生苦しいことが待ってても大丈夫。私の隣には一緒に戦ってくれる大切な家族がいる。

 家の扉を開けてなるべく大きな声で帰ってきたことを宣言する。

「お母さん、お父さん、ただいま」


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