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ディスファミリー

 いつも通りの時間に携帯からアラームが鳴る。今日も仕事だと起きようとするけど、自分の腰周りに海晴がまだ抱きついて寝てることに気が付いて、同じ体制に戻る。

 手探りで携帯を探して、会社に午前中だけ休みをもらう旨を伝える。

 もうひと眠りしようと携帯を閉じたら海晴と目が合う。

「起した?」

「いや、大丈夫」

 床で寝たから腰痛いね、と言いながら海晴がのそのそと立ち上がる。

「海晴」

「ん?」

「良く寝られた?」

 ちょっとにやにやしながらそう聞くと海晴がビックリしたように「確かに。すごく良く寝られた」と言う。

「なっちゃんのおかげだ」

「なら良かったです」

「なっちゃんも良く寝られた?」

「海晴のおかげで」

「なら良かったです」

 お互いの顔を見合ってちょっと笑い合う。

 ググっと伸びをしながらベランダから外を見る。気持ちがスッキリした次の日は大体晴れと決まっているはずなのに、今日は曇りだ。何とも私たちらしい。

「なっちゃん、仕事でしょ?コーヒー入れるよ」

「フッフッフ、午前中休み取りました~」

「え?!」

「いいでしょ、今までの人生頑張ったんだから。半日くらいずる休みしたって」

 私がそう言うと海晴がコーヒーを入れながら「悪い人だ〜」と冗談っぽく言う。

 短い短い私と海晴のずる休み。それくらい許してね、と空にいるのかも分からないけど神様に言っておいた。

「はい、どーぞ」

「ん、ありがとう」

 マグカップから湯気がゆらゆらとしているのが見える。朝から極上の一杯だ。

 隣で同じようにコーヒーをちびちび飲んでる海晴の方に目を向ければ、後頭部に寝ぐせが付いている。これだけ一緒に生活していたのに初めて見る海晴の寝ぐせ。それが海晴がぐっすり眠れた証拠で心が少し温かくなる。

 寝ぐせに手を伸ばして手櫛で整えてやる。「ん?」って顔をする。「寝ぐせついてる」って言うとちょっと恥ずかしそうに自分で整え始めた。よっぽど恥ずかしかったのか、更に窓の外に視線をおいて、急に天気の話をしだす。

「曇りだね」

「ね。晴れじゃないんだ」

「晴れが良かった?」

「いや、こんなゆっくり出来る日は、相場晴れじゃん」

「確かに」

 海晴の控え目な笑い声が耳を擽る。

「でも、おれたちっぽくていいね」

 やっぱり私たちは似た者同士らしい。私も同じこと思ったって言ったら似た者同士だねとも言われる。それも思ったって伝えたら、今度は大きめの笑い声が部屋に響く。

 今までの人生が最悪で自分なんて幸せになれない、消えたいばっかりだったのが海晴と出会うための試練だったと言われても受け入れられるくらいには幸せだった。

「なっちゃん、おれさ」

「ん?」

 海晴の顔が、ちょうど雲の間から少しだけ顔を出した太陽に照らされる。いつかもみた、こんな光景。

「今すごく幸せだよ」

「そっか」

「なっちゃんは?」

 海晴の顔に少し不安が広がる。同じ質問をされたあの時は「多分」をつけないと苦しかった。でも今は?

 自分を受け入れてくれる存在がいる、それがどれほど幸せなことか。

 与えてもらうだけじゃなくて、与える事も出来る存在が近くにいる、それがどれほど幸せなことか。

 帰って来られる家があること、それがどれほど幸せなことか。

 海晴が倒れて私の前から居なくなってからの、たった数日で嫌というほど叩きこまれた。

「幸せだよ」

 ちゃんと海晴の目を見て。嘘じゃない、少しの不安もない、それが伝わればいい。

「そっか」

 多分、いや確実に伝わった。海晴の満足げな顔を見れば分かる。

「ねぇ、なっちゃん」

「何?」

「恋人同士になること、結婚することだけが幸せだとはおもわないんだ?おれは」

 海晴が体の正面を私の方に向けながら真剣な顔で話始める。

「この数か月、なっちゃんとすごした時間、本当に幸せだって思った」

「おれ、なっちゃんが大切だよ」

「なっちゃんがおれの事を必要だって言ってくれる限り、なっちゃんの傍に居たい」

「なっちゃんがおれがいることで生きやすくなるなら、支えたい」

「もう誰も失いたくないんだよ」

 海晴の言葉が一度止まる。

 海晴の顔を見れば瞳が少し潤んでいるのが分かる。手に持っているマグカップが少し揺れている。

「もし、なっちゃんが嫌じゃなければ」

 そこでまた海晴の口が閉じてしまう。なんとなく海晴の言いたいことは分かる。

 そっと海晴の頬に手を当てると、決心できたように目にグッと力が入った。

「おれと家族になって欲しい」

 私の予想は「これからも一緒にいて欲しい」だと思っていたから驚く。でも、本質的なことはきっと同じ。

「結婚してくれって事じゃないよ?」

 私が少し驚いたからなのか、海晴は慌ててアタフタと理由を並べる。

「事実婚とも違う。誰かに言う必要もないと思うんだ?」

「なっちゃんの家族に言う必要もないし」

「大介さんに言う必要もない」

「おれの中の話」

「おれ、大切な人は家族だと思いたいから」

 それから、えーっと、と目がフラフラと泳ぎまくっている。なんだかその様子がおかしくて私が笑い出すと、そんな私を見て海晴も落ち着きを取り戻した。

「世間的に見たら、変な形かもしれない」

 海晴が私の顔に自分の顔を近づけておでことおでこがコツンッとぶつかる。海晴の真っ直ぐな目が私を貫くから、負けじと私も海晴をじっと見つめる。

「それでも、おれはこれも家族とかそういうののひとつの形だとおもうんだ」

「2人の別の、一般的な幸せに当てはめるんじゃなくて、おれたちだけの幸せを見つけたい」

「おれ、なっちゃんとなら出来るんじゃないかなっておもってるんだ」

 どうかな?と海晴の顔にもう一度不安が広がる。

 この人はあれだけの事を話しておきながら、あれだけ私が海晴と居たいって伝えたのに、あれだけ海晴が必要だと言ったのに。まだ不安なのか。

 それほど、海晴のこれまでの人生が苦しいものだったということか。

 これからの人生を一緒に豊かにしていきたい、そう願っているのは私だけじゃない。そう思ってくれる事がなによりも嬉しかった。

「ねぇ、海晴」

「私も幸せだよ」

「これからも海晴と一緒にいて、海晴みたいに小さい事に幸せを見つけたい」

 それは一種の憧れ。どうしても私は大きな幸せを探そうとしちゃうから。こんなところに小さい幸せがあるよって見つけられる海晴をすごいとずっと思っていた。

 家族から迫害に近い事をされても、それでも幸せだと思えるのはすごい才能。本人は気が付いてないみたいだけど。だからこそ、それはすごい事なんだって教えてあげたい。

「私には海晴が必要だよ」

「海晴が私に生きて欲しいと思ってくれるなら、私は生きるよ」

 海晴の目が少しだけ大きく開かれる。そして、ずっと海晴の頬に当てていた私の手にすり寄ってくる。言葉には出さないけど、きっと嬉しいって思ってくれてるのだろう。

「本当はね、排他的な自分がきらいだった」

「自分の事を好きな自分になりたい」

「多分、それは簡単じゃない」

「でも、きっと海晴と一緒ならなれる気がするんだ」

 それは私の小さな願望。

 自分の事をもう少し好きになれれば、きっと少しだけ、本当にちょびっとだけ生きやすくなる。もうちょっとだけ海晴を幸せにする手助けがしやすくなる。そんな気がした。

「見つけていこう、2人だけの変わらない幸せ」

 私が海晴の目をじっと見つめながら言うと、海晴はギュっと力強く、それでいて優しく私の体を包み込んだ。

「きっとおれたちなら見つけられるよ」

「案外似たもの同士じゃん?おれたち」

 そうだね、きっと大丈夫だよと言いながら私も海晴の体に手を回す。

 後にもさきにもこんなに傍にいて欲しいと願う異性は登場しないだろう。海晴に出会えたことが自分の人生の最大の転機。ちょっとでもお互いの人生が違ったら出会えなかった存在。それだけで、どれほど海晴が特別なのか。少しずつでも海晴に伝えていきたい。

「なっちゃん」

「ん?」

「お休みなら、もうちょっと寝よう?」

 おれまだ眠いやと大きなあくびをする海晴を見ることが出来て幸せだと感じる。

 今度はお互いのベッドに入って、おやすみと挨拶して。心の中がポカポカしながら瞼を閉じた。


 これが私たちの家族としての新たな形。


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