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海晴の話

 単刀直入に言うと、おれの家族は全員死んじゃった。なっちゃんも知っている通り、おれの家が燃えた火事で。

 言っていなかったのはあの火事は意図的にされたってこと。つまり、おれの家族は放火で死んじゃった。

 あの日は仕事が朝から仕込み作業だけだった。だから荷物も持たずに出掛けた。おれ荷物全部燃えたって言ったでしょ?あれはこれのせい。

 おれはあの時、久しぶりに帰って家族と過ごそうってルンルンだった。なんて言ったって朝一で仕込みはあったけど、1年ぶりくらいの半日休みだったんだよ。いつも仕事ばっかりで家族に寂しい思いをさせてたの知ってたから、今日くらいはって思ってたの。

 仕込みが終わって帰路について、もう少しで家に着くって時になんだか周囲がざわついてるし、なんだか焦げ臭い匂いがした。胸がザワついたよ。なんか、嫌な予感がする。

 そういった時の嫌な予感って当たるんだよね。家に着く最後の角を曲がった時、家の周囲にたくさん人がいて、家から黒い煙が上がってるのが見えた。まだ完全に燃え広がる前だったらしくて、まだ建物から人が出てくるのも見えた。

 おれの家族はその時、母親と妹と弟。妹はまだ5才。弟に関しては2才だった。母親1人でこの2人を抱えて逃げててくれ、心のそこから願ったよ。

 急いで家の近くに行って、3人の姿を探した。でも、どこにも見当たらなかった。ちょうど出てくる人が、まだ中に人が!って言葉を聞いた時、直感で3人だって思った。

 小さいアパートだったからね。他の住民の人の顔はなんとなく覚えてた。他の住民の人は全員いたのに、3人だけいなかった。

 助けに行こうとしたよ。いつだってあの3人を守っていたのはおれだった。父親の居ない家族の大黒柱はおれだった。稼ぎは少なかったし、贅沢が出来るような環境じゃなかったけど、守ってる自覚はあった。妹や弟に好かれてる自信もあった。

 いつも、帰ると「おにい、おかえり!」って妹が出迎えてくれるんだ。弟もよたよたしながら歩いて来てくれて。それがたまらなく嬉しくて、たまらなく大切だった。

 妹はね、オムライスが大好きだったの。いつも「夜ご飯何食べたい?」って聞くと「オムライス!」って。本当にそれしか言わないの。「おにいの作るオムライスが1番好き!」って。可愛いでしょ。

 だからなっちゃんに最初、「夜ご飯なにがいい?」って聞いた時オムライスって言われてびっくりしちゃった。妹が生まれ変わったのかと思ったよ。

 弟はね、まだ2歳だったんだけど絵本が大好きだったの。おれがね、絵本をよんであげるとどんなにグズっててもニコニコして。可愛いでしょ。

 だから、この家に来た時も驚いたよ。だってたくさん本があるんだもん。弟が成長したらきっとこんな感じの部屋に住んでるんだろうなって、想像できた。

 おれの自慢の兄妹たちだった。おれの大切な兄妹だった。

 だから、だから助けに行こうとしたよ。

 でも、もう遅かった。建物に入ろうとしたら崩落の恐れがあるからって消防士さんたちに止められた。家族が居るんだ、まだ中にって必死に訴えたよ。

 もう手遅れなくらい燃え広がってて、もう助からない事なんてその場にいた人全員が分かっていた。でも、おれはこれ以上家族が居なくなるのは嫌だった。

 地面にへたり込む経験なんて後にも先にもあの時だけだろうね。

 案の定、焼けたアパートからは3人の遺体が発見された。大家さんには嫌な顔をされたよ。焼けた上に死亡事故になっちゃったからね。だから、金は渡すからどこかに行ってくれ、そう言われた。

 おれはあの日、全部を失ったんだ。家も家族も、大切な物も。

 全部失って、体力も気力も無くなった。このまま凍死でもしてしまおうか、そう思ってた。どこかに行くことも出来なくてただ座り込む事しかできなかった。その時はね、たまたま通りかかった大介さんが助けてくれた。おれの顔を見た瞬間すごく驚いて「どうした!何があった!」って。大介さんはおれの家族の事情を知ってて、かなり良くしてくれてた。お金が無さ過ぎてご飯が食べられない時、妹と弟も一緒に何度もご飯を食べさせてくれた。ありがたかったよ。

 まぁ、ちょっと頑固で昭和のおやじって感じだけど。

 そう、めっちゃ怒っといた。なっちゃんになんてこと言うんだって。おれが怒ってるのを聞いてた、大介さんの奥さんと娘さんもめっちゃ怒ってた。いつもなら、ちゃぶ台でもひっくり返しそうな勢いで反論するのに、おれに怒られたからかな?シュンってしちゃって。

 今度謝りたいって言ってたから会ってあげてくれる?

 本当?ありがとう。

 今言った通り大介さんにも家族がいる。家に連れていってくれたけど、家族を失ったばっかりのおれにはそれがしんどくて。家族を見るとどうしても思い出しちゃう。もう会話することも、手を握ることも、あの小さい頭を撫でることも出来ない。手が、耳が、目が、まだ家族を覚えてる。もう二度とそれを実感することが出来ないのが辛かった。

 でも大介さんに心配掛けちゃうから、少ししたら仕事に戻れますよ、なんて言って頑張ってた。でも辛いものは辛くて。夜に外をほっつき歩いてたんだ。

 そこになっちゃんが通りかかった。死にそうな顔をして。

 その姿がどうしようもなく母親に見えて、今度はちゃんと助けないと、そう思って声をかけた。でもよく考えたら、あれはなっちゃんを助けたかったんじゃなくて、家族を助けられなかった自分から逃げたかったんだと思う。

 死にそうな顔をしているなっちゃんを助けて、「助けられなかった自分」っていう呪縛から逃げたかった。完全な俺のエゴ。巻き込んでごめんね、なっちゃん。

 これで悪夢は終わって欲しかった。でも終わらなかった。

 なっちゃんがアメリカに行ってる間、警察から連絡があった。指定された場所に行くと、警察の人3人くらいに囲まれたよ。

 おれなにかしたかな?なっちゃんがおれのこと怪しいから通報したのかな?とも思った。あまりにもなっちゃんが優しくて疑っちゃった、ごめんね。

 そこで聞かされたのは、今回の火事が事故じゃないってこと。どうやら意図的に火を付けられたらしい。

 おれは怒ったよ。誰がおれの家族を奪ったんだって。地獄の果てまで追いまわしてやる、そのくらいの意思だった。でも次に聞かされた言葉で、全部の思考が停止したよ。

 火つけたの誰だったと思う?

 おれの母親だったんだよ。焼身自殺ってヤツ。

 そんなバカなって思ったよ、おれだって。思いたかったよ。でも警察が、燃え方とかいろいろな方向から見て、どう頑張っても火元はおれ達家族の部屋で、しかも意図的に火を付けたとしか考えられないって。頭のいい人たちが言うんだからきっと間違ってない。

 目の前が真っ暗だったよ。

 でも、思い当たる節はたくさんあった。

 元々おれの母親は死にたがってた。夫に先立たれたから。

 俺たちのお父さん、いや、正確には俺の父さんじゃないんだけど。そう、妹と弟とは父親が違うんだ。この話も後でするね。

 妹と弟のお父さんは1年前に交通事故で亡くなった。いいお父さんだったよ。おれの事もちゃんと愛してくれてたし。なによりお母さんが幸せそうだった。指輪をあげたのもこのお父さん。愛に深い人だった。妹が生まれて、弟も生まれた。

 おれの本当の父さん、要は妹と弟のお父さん前の父さん。その人と離婚したのはおれが働けるようになってからだったから、おれが15才の時で、再婚して妹が生まれたのが、20才の時だったから約5年、1人でお母さんを支え続けたのがようやく2人で支える事ができるんだって思った。

 俺も心のどこかでお母さんとの2人の生活がしんどくて誰かに甘えたかったんだと思う。だから本当に嬉しかった。恐怖もあったけどね。父さんみたいな人だったらどうしようって。でもお父さんはそんなことなくてひたすらに優しかった。おれに働かなくていいよって言ってくれた。まぁ、おれは働くのが好きだったから続けてたんだけど。

 これからもっと幸せになれるんだ、そう思って疑わなかった矢先の事だった。

 横断歩道を渡ろうと信号で待っていた所に飲酒運転してたトラックが突っ込んだ。お父さんは電柱とトラックに頭を挟まれて即死だったらしい。

 その日からお母さんの落ち込みようは凄まじくて、見ていられないくらいだった。

 何とか元気を出して欲しくてお母さんに、仕事を辞めて家に居てもらうことにした。幸か不幸かお金はたくさんあった。慰謝料と保険金のおかげで。

 おれはこのお金を使って家族で過ごして、皆の心の傷を拭おうと思ってたんだ。お父さんの死は妹の心にも傷をつけたからね。だけど、お母さんの落ち込み方がすごくて見てられなかったから、お母さんに好きに使っていいよって言った。

 でも、お母さんはそのお金を自分と妹と弟だけに使うようになった。

 理由は目に見えて分かったよ。妹と弟はお父さんとの子供だからね。おれは違う。別の人との子供だから、あの家族には入れてもらえなかったんだ。

 おれは、妹と弟…弟はまだ物心ついてなかったから分からないけど、妹が気を使わないように仕事をたくさんした。「おにいは来ないの?」って聞かれる度に「仕事だから」って言ってた。

 それに慰謝料と保険金がある間に貯金をしようと決めてたんだ。妹の今後のためにね。

 でも、おれの予想を上回ることが起こった。お母さんの金遣いが荒かった。

 元々浪費家の人だったからおれかお父さんが家のお金の管理をしていたのに、お金のことは気にしないで、遊んでおいでって言ったのが間違いだった。みるみるうちにお金は無くなって気が付いたらおれの貯金に手を出していた。さすがにおれも怒ったよ。妹のためのお金だったんだぞって。

 そうしたらお母さん「元旦那みたい、怖い」って言ったんだ。元旦那はおれの本当の父さん。どうしようもない人だったよ。

 お母さんが16歳の時に結婚したんだって。おれを産んだのもその年。デキ婚ってやつ?周りからはそんな男やめとけって言われてたのに、お母さんはその反対を押し切った。周囲の大人への反抗期だったって言ってた。あんな男辞めておけばよかったって散々言ってたよ。でも、逃げられなかった。愛してたんだって。どんなに暴言吐かれて、どんなに暴力振るわれても、好きだったんだって。

 その異様さに幼いながらにおれ、絶対に結婚しないって決めたんだ。あんなの見てたら、結婚したい気持ちはなくなったよ。

 そう、だからなっちゃん、彼女になれないって気にしてたけど、本当に気にすること無いよ。元々、結婚する気も彼女を作る気もない。家族のために生きるつもりだったから。それにおれは性欲もない。嫌な部分しか見てないからね。気持ち悪いとすら思う。だから、本当に大丈夫。気にしないで?

 なんの話だっけ。あぁ、そうおれの父さんね。

 おれの覚えてる父さんはお母さんに暴力を振るってる姿しか覚えてない。しかも、お母さんの浮気をいつも疑ってた癖に自分は外で浮気しておれたちを捨てて出ていったんだ。

 でも悲しくなかった。むしろ、やっと救われたと思ったよ。もう暴力に怯える日々を過ごさなくて済むんだって思った。

 でも、おれのお母さんもどうしようも無い人だった。

 言ったでしょ?浪費家だったんだ。

 父さんが居なくなっておれが仕事をしなくちゃいけなくなった。でも、お母さんはおれが必死に稼いだお金をいつも全部使いきって帰ってくる。おかげで、おれ、自分の稼いだお金でおれのためだけにお金を使ったことほとんどないんだ。お母さんが再婚するまで、それが当たり前だったんだから怖いよね。

 お金を使い切って帰ってくる度にお母さんは泣きながら謝った。ごめん、ごめんね海晴。こんなに使うつもりじゃなかったの、って。

 泣いて謝られる度におれは許してた。本当はなんで?って思ってたよ。でも言えなかった。これがお母さんなりのストレス発散方法だったから。

 お母さんのストレスの原因はおれだった。おれがいるからやりたいことが出来ない。時間がない。そう言ってた。おれが居なければって何回も言われた。

 本当におれが居なければそれができたのかは甚だ怪しいけどね。お母さんはいつも口だけは立派で、明日から頑張るねって言って本当に頑張っている所を見たことがない。もちろん、本当におれが邪魔でできてなかったのかもしれない。いまとなっては確かめることは出来ないけど、おれが仕事をするようになって家にいない日があってもお母さんは変わらなかった。変わったのは男癖。いや、変わってないのかも。

 さっき性欲ないって言ったでしょ?原因はこれ。

 お母さんがおれが仕事でいない日中に男を家に連れ込むようになった。帰ってきた時にお風呂場から男女で楽しむ声が聞こえてきた時は吐きそうになったよ。ベットから聞こえてきた時もあった。ただただ気持ち悪いっていう感情しか出てこなくて、いつも連れ込んでるのが分かったら別の場所で時間を潰してた。お金がなかったから公園とかで。

 それでもおれはお母さんを嫌いになれなかった。なんでだろうね。やってることは本当に人間としてのクズも同然だったのに。

 だって父さんからの暴力から守ってくれたこともない。父さんの暴言を止めた事も無い。おれが稼いだお金は全部使い尽くす。息子と住んでる家に男を連れ込んでは、事に勤しむ。

 こんな人のどこを好きになればいいのか分からない。でも、おれはお母さんを嫌いになれなかった。もっと言えば好きだった。だって唯一血のつながった家族だったから。

 おれは父さんの顔も、今何してるのかも、今生きてるのかも知らない。そうなったらおれの唯一の家族はお母さんだけなんだよ。

 だから助けたかった。だから、おれのことをお金を生み出す奴って思ってても嫌いになれなかった。それでもおれの事を必要としてくれるのが嬉しかった。おれが仕事してお母さんにお金を渡した時だけ笑顔で「ありがとう」って言ってくれるのが嬉しかった。邪魔な存在のおれでも、この家族にいていいんだって思えた。暴力を振るうような男から生まれたおれでも家族を守れるんだって思えて嬉しかった。

 実際には全然守れてなかったんだけど。結局、お母さんのことを守れてたのはお父さんと妹と弟だけだったんだよ。お母さんの家族の中におれは含まれてなかった。一緒にあの世に連れていってくれなかったし。

 なっちゃん、そんな悲しそうな顔しないで。おれは大丈夫だよ。大丈夫、ほんとうだよ。なっちゃんがね、居てくれて本当に嬉しいんだ。すごく大切に思ってる。家族と同じくらい大切なの。おれを1人にしないでくれたから。

 だから怖かった。また、大切な人が居なくなったらどうしようって。今度はもう立ち直れないかもしれないって思って怖かった。なっちゃんに見捨てられないように必死だった。なっちゃんがおれの近くに居てもいいって思えるくらいおれに価値があれば、なっちゃんがおれの前から居なくなるなんて事が起こらないんじゃないかって必死だった。

 おれ、家族のために仕事することと家のことやるしか分からないからさ。ほら、高校にも行ってないから頭も良くないし。だからなっちゃんの傍に居たくて頑張ったら、頑張りすぎちゃったのかもしれない。

 それにね、食欲も湧かなくて上手く寝れなかったんだ。ご飯は喉を通ってくれなくて。お腹は空くんだよ?でも、なんか食べられなかった。

 ん?なっちゃんもそうだった?おれが居なくなってから?そっか。それくらいなっちゃんに影響与えるくらい、なっちゃんの中でおれの存在って大きかったんだ。嬉しいよ。ごめんね、もう倒れたり居なくなったりしないから。なっちゃんもおれの前から居なくならないで。

 そう、夜もね、寝られなかったんだ。寝ようとすると、妹が出てきて「何で助けてくれなかったの?」って言うんだ。すごく冷たい目で。そのあと炎に包まれて「おにい!助けて!」って言うの。おれは助けられる距離に居るはずなのに、動けないの。ただ声を出すことしかできなくて。そこで目が覚めて夢だって気が付く。何回もそんな夢を見てたら、どれが現実なのか分からなくなりそうで、寝るのが怖かったんだ。

 夢に出てくるのは妹の時もあればお母さんの時もあった。夢のなかでも「あんたが居なければ」って言われるの。「あんたがもっと稼げば」って。恨まれてたのかな。

 でも時々「ごめんね、海晴。ダメな母親でごめん」って言われるの。これはお母さんの口癖だった。やっぱり自分がお腹を痛めて産んだ子だから多少の情はあったのかもしれない。でもあれはきっと愛情じゃないと思う。本当に情けって感じ。自分が産んでしまったから。おれの境遇が良くないことは自覚してたっぽいから、だからことあるごとに謝ってきた。

 火事のあった日、家を出るときにたまたまお母さんが起きてお見送りしてくれたの。普段は夜遅くまで遊び歩いてるから朝早くに起きるなんてことはなかったんだけど、その日は何故か起きてきてくれたの。今思えば最期だからだったんだろうなって思う。

 でも、あの時のおれはそんなこと思ってなかったから純粋に嬉しかったんだ。お母さんの心の中におれも少しだけ居るんだって。必要としてくれてるんだって。

 あの時言われたのも「本当にごめんね、海晴」だった。その言葉が最期の言葉だったんだ。

 でもさ、おれ、本当は、本当はね、お母さんに「ありがとう」って言われたかったんだ。ずっとごめんしか聞いてなかったから。お母さんにごめんって言われる度に、これが間違ってるんだって気付かされる。おれはあの家族の形で良かったのに。それじゃダメだって言われてるみたいでしんどかった。

 だってね、おれは幸せだったんだよ。仕事もあって、帰ったら家族が待ってて。もちろん失ってしまった物は大きかったし、負担も増えたけど、家族が居れば大丈夫だった。「おかえり」って言ってくれれば幸せだったんだよ。

 でも、お母さんはそれじゃダメだったみたい。それじゃ幸せじゃないって思ってたみたい。おれじゃ、お父さんの代わりにはなれなかったみたい。

 おれも頑張ったんだけどなぁ。

 ……なっちゃん、泣いてくれるの?本当に優しいんだね。

 おれ?おれも泣いてる?そっか。悲しい訳じゃないんだけどな。でも、うん、きっとずっと悲しかったんだろうな。悲しいけど、おれが悲しいって言ったらお母さんがもっと悲しむから、大丈夫、幸せだよって言うしかなかった。

 悲しいよ、おれ。どんどん家族が居なくなって。最終的には自殺だよ?残された方の気持ちも考えて欲しいよ。悲しくてたまらないよ。なんで、なんでおれの事置いて逝っちゃうんだよ。

 妹と弟も巻き添えにしてさ。だってまだ5才と2才だよ?小学校にも行ってない、幼稚園にも行ってない。そんな2人を巻き込んで。しかも妹は歩けたから、逃げないようにって手足を縛ったんじゃないかって。警察が言ってた。遺体の近くから燃えたテープみたいなのがあったんだって。状況から考えるに妹に巻きつけてた可能性が高いって。

 弟に関してはビニール袋に入れられてたって。自分の母親がそんなことをしたなんて考えられないけど、全部事実だから。受け入れなきゃいけないんだけど受け入れられなくて。だってあんなにお母さんは妹と弟を好きだったのに。

 どこで間違えちゃったんだろうね。どこで俺たち家族は間違えちゃったんだろう。おれにはもうわかんないや。おれはただ、何もなくていいから幸せに、家族皆で生活したかっただけなのに。


 海晴は目から落ちる涙をもう拭おうともせず、ただ下を向いて雫だけが下に落ちていった。人間にこんなにも不幸が降りかかるものか、そう思わずには居られない内容だった。聞いているだけで心が苦しくなる。

 私はさっき海晴がしてくれたみたいに、海晴の頭をそっと、いやキツく抱きしめた。ここにいるよ、そう伝えたかった。海晴の涙で肩が濡れていく。そんなことはどうでも良かった。

 海晴が私の体から自分の体を離した後、私の頬に両手を添えた。そして真っ直ぐに私の瞳を見ながら

「おれね、なっちゃんに生きて欲しい。なっちゃんの話聞いて、それでもこう言うのは酷いって分かってる。しんどいと思う、分かる。分かるけど、おれをもう1人にしないで。おれを置いて逝かないで。逝くならおれも逝く。おれも連れてって。もう大切な人が消えるのは嫌だよ」

 そう言った。

 これが海晴の心の底からの言葉なのは考えなくても分かった。もう何も言えなかった。

 私はこの人のために生きよう。海晴の隣なら少しだけ呼吸がしやすいから。きっともう少し生きていられる。

 私は返事をする代わりにもう一度海晴を抱きしめた。

 きっと歪だろう。変だろう。世間的に見たら、私たちはおかしな2人だと思う。共依存とか言われるかもしれない。それでも良かった。それでいい。この形がきっと2人の着地点。

 ひとしきり2人で泣いて、2人とも頭が痛くなってきた所で海晴が泣き疲れたのか私の腕の中ですやすやと眠り始めた。その寝顔はどこか安心しきっていて、ようやく海晴は眠る事が出来たみたいだった。

 その顔を見て私も安心して目を閉じる。

 今日だけはしょうがない。このまま眠ってやろう。

 いや、本当は自分だって安心出来る場所を求めて、それが海晴の傍だって自覚したんだから、まったくもってしょうがないなんてこと無いけど。海晴の安心しきった寝顔を前にちょこっとだけ大人ぶりたかった。


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