夏希の話
あれは私が中学生だった時。その時にはもう自分が同性愛者だって自覚してた。でもそこまでマイノリティだとか、こう、世の中的に受け入れられてない物だって思ってなかった。
むしろ、他の人と違う自分カッコいいじゃん!?なんて思ってた。能天気だよねぇ。だから、隠すとか思ってなかった。まぁ、好きな人なんてそう簡単に言わないし、ちょっとは人と違う=いじめって思ってたから、親しい人にだけに言おうとか思ってたけど。
でもさ、中学生の友情なんて、ねぇ。そんなことない人だって居るかもしれないけど、私たちの友情はすごく軽かった。でも当時は、私たちの友情は一生ものだ!ずっと一緒!って信じて疑わなかったんだよ。
中学2年生の時にクラス替えがあって、1年生の時に仲良かった子とはバラバラになって悲しんでた。絶対遊びに行くねって言いながら自分の教室に行ったよ。
ちらほら1年生の時に同じクラスだった人とか居て、また一緒だねぇ、自分の席どこだろ〜、なんて話してた。黒板に貼られてた座席表を見て割り当てられた自分の席に着いた。ワクワクしてたよ。そりゃ、友達とは違うクラスになって寂しかったけど、それ以上にワクワクしてた。次はどんな子と友達になれるんだろうって。
座席表を見る限り自分の前の席は女の子だった。名前はひらがなで「るり」だったから。絶対友達になろう、話しかけようって思ってた。
後ろの席に座ってたのは1年生の時に同じクラスだった男子だったから、るりちゃんが来るまでそいつと話してた。男子とは同士みたいな感じで話せたから気が楽だったんだよね。
あ、別に男になりたい訳じゃないの。結構間違えられるんだけど、そうは思ってない。ただ恋愛対象が女の子なだけ。
そう、それでその男子と喋ってるときにるりちゃんが来たんだよ。ものすごく可愛かった。ゆるく巻いた髪の毛にクリクリの目、友達と楽しそうに話しながら教室に入ってきて。瞬間に可愛いって思った。
多分、一目ぼれだった。いや、多分じゃないな。一目ぼれだった。
るりちゃんが席に到着して速攻話しかけたよ。おはようって。同じクラスだね。仲良くしてねって。こういう時にさ、同性っていいなって思うんだよね。警戒心なんてほとんど抱かれない。初日にして結構話せたよ。席が前後ってことは出席番号も前後だから、移動する時とか出席番号順だったから。
嬉しかったなぁ。始業式の最中もこっちを振り向いて話しかけてくれるの。校長話長いね、とか、1年生可愛いね、とか。そのたびに揺れる長い髪の毛が綺麗でたまらなかった。
私が髪の毛綺麗だねって言ったら「ホント!?気使ってるから嬉しい!」って言ったの。
初対面がそれだったから、私たちが仲良くなるのに時間はかからなかった。登下校も良く一緒にした。帰りはそれぞれ部活とかあったから少なかったけど、朝は待ち合わせして一緒に行ってた。
寝坊してぼさぼさだった髪の毛を直したこともあった。2人で授業を抜け出した事もあった。2人とも寝坊して、2人で学校サボって2人で先生に怒られた事もあった。学校帰りにちょっと遠出して高そうなカフェに行ったこともあった。
るりちゃんの一番近くは私なんだって自負してた。
でもさ、私だって薄情者じゃないからさ、1年生の時に仲良かった子たちとも変わらずに仲良くしてた。それはるりちゃんも一緒で。るりちゃんの1年生の時に仲良かった子は2年生になっても同じクラスで、なかが良いところを何度も目の当たりにした。
そりゃそうだよね。自分だってそうだし、そもそもるりちゃんに特別な感情を抱いてるのは自分だけなんだから。仲良くなれただけでいい、そう思えばいいだけなのにさ。私の心のなかはどんどん黒くなっていった。
もっと仲良くなりたい。私だけ見ててほしい。もっと近くに居たい。
だんだんただの友達を演じてたはずなのに、他の人に時間を割くるりちゃんが嫌になって、なんで私との時間をくれないんだろうってなった。
だけどさ、私って死ぬほど臆病者だし、気にしいだし、なによりもるりちゃんに嫌われるのが怖かった。だから行き場のない気持ちをどうしたらいいのか分からなくなって、1年生の時に仲良かった子たちに胸の内を打ち明けたの。仲良しだと信じて疑わなかったからね。言っても他の恋バナみたいに黙っててくれると思ったんだ。多分そんなこと無かったんだと思うけど。
あのね、いま、るりちゃんが好きなんだ。でも、相手は女の子だし、自分も女だし、どうしたらいいのか分からない。でも、もっと私のこと見て欲しいって思っちゃう。他の人と一緒に居るのを見るのが辛いって。
友達になんて思われてるのかとか気にしてなかった。あの時の私の頭の中には、るりちゃんしか居なかった。友達たちは共感してくれたよ。そっか、それは辛いね。私たちにできることがあれば何でも言ってって。
その言葉を真に受けた私はそれからことあるごとに友達に相談した。嬉しかったなぁ。友達との恋バナって結構憧れがあってさ。ほら、小学生の時の恋バナって、恋バナであって恋バナじゃないじゃん?
カッコいい、かわいい、足早い、頭いい。そんな理由で好きになる。空気感とか価値観とか性格とかあんまり気にしてない感じ。
でも、ようやくまともというか、ちゃんとした恋バナだって思った。
それに、小学生の時は周りが男の子について話してて付いていけなかったから。だから、ようやく自分が恋バナできる立場になれたんだって浮足だってた。
実際にはそんなことなくて、友達、あ、3人だったんだけど。3人がトイレで私の悪口言ってるのを聞いちゃったんだよね。しかもタイミングが悪いことにさ、るりちゃんもそのトイレに居て。
私と瑠璃ちゃんが個室に居て、3人は鏡の前に居て。今でも覚えてるよ。
「女好きとかどゆこと?って感じじゃん?」
「え、分かる」
「自分のことカッコいいと思ってるんでしょ。変にカッコつけてんじゃん」
「やばぁ、キモイでしょ」
「てかさ、私たちのこともそうやって見てるってこと?」
「え、キモ過ぎ、無理なんだけど」
「るりちゃん?って子知らないけど可哀そうでしょ」
「変態に目付けられて、マジ同情するわぁ」
一言一句間違ってないよ。頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃だったからね。そんな風に思われてたこと、自分が異常だってこと、嫌というほど叩きこまれたよ。
3人が居なくなっただろうタイミングで外に出たらさ、同じタイミングでるりちゃんも出てきて、今度は全身の血の気が引いたよ。
友達だと思ってた人達に裏切られて今度は好きな人にバレて。この世の終わりだと思ったよ。しかもさ、るりちゃんが私の顔を見るや逃げ出したの。終わったって思ったよね。
もちろん、るりちゃんのことをそういった目で見てたから否定しないけどさ、私にだって選ぶ権利があるというかさ。そんな女の子全員をそんな目で見ているとかそんなことないし。結構勘違いされちゃうんだけどさ。
ん?あぁ、だいじょうぶだよ。大丈夫。いまはね、もうそういったことで傷つかないように必死に隠すようになったし、もう恋人は作らないって決めてるし。だぁいじょうぶだよ。海晴がそんな悲しい顔しないで?
まぁ、それが私の心の傷であることは間違いないし、自分が生きにくくなった原因でもあるんだけど。
でもさ、地獄ってそんな簡単に終わらないんだよね。学校っていう閉鎖的な空間でさ、出る杭は打たれるじゃないけどさ、まぁ1番危惧してた事が起こったのよ。
まぁ、うん、いじめだね。
クラスというか学年全員から避けられた。主に女の子達から。私が話しかけようとするとさ、集団で逃げていくの。そんな異様な女子達を見たら、男子も何があった?って思うじゃん?それで女子に詳しく話を聞く。え、それマジ?って話がどんどん膨らんで、気が付いたら噂は、私がるりちゃんを襲ったっていう物に変わってた。
もうその時には違うって言う気力も残ってなくて。人の口に戸は立てられぬってやつだよ。う〜ん、噂は一瞬で広まるみたいな意味かな?
まぁ、もう私の弁明の余地なくその噂が広まって私は孤独になった。どこからそういった話が広まったのか、誰がそんな噂を流したのか、今となっては確認のしようが無い。というか当時はそんなこと考える余裕なかったんだよね。まぁ、でもきっとあの3人が話してるのを誰かが聞いて、それを誰かに伝えて……みたいな感じで広まっていったんだろうね。
気持ち悪いなって思ったのはね、その3人、私がいじめに会い始めたら「私たちは味方だからね」って言ってくるの。どの口が言ってんだって思ったよ。多分トイレで3人の話を聞いてなかったらあの時3人の言葉を信じてもっと傷ついてたと思う。
いじめられた事実とかそんなことよりも、自分が異常だっていう事実を受け入れられなかったし、自分の地元でその話が広まったらどうしようって思った。
私の地元ってさ、前にも話したけどすごーく田舎で、それこそ噂なんてすぐに広まっちゃう。そんなところだった。
家の前は田んぼが広がってるし、コンビニなんて無かった。どこか行くにも車が必須だったし。
まぁ、そんな田舎だったから学校が少し遠くて、ちょっと特殊なんだけど電車使ってたんだよね。近所に友達も居なかったし。同じ村?エリア?には何人か居たけど、家が遠すぎて噂話がここまで届かなかったりする。それにまぁ、その友達が親とか近所の人に話さなければ広がる事はないし。
でも、もうこの時の私は他人をあんまり信用してなかったから、本当に怖かった。
いつか家族にバレるんじゃないか、そうなったらこの家を追われる事になるんじゃないか、家族に迷惑を掛けるんじゃないか、家族に失望されたり、お前のせいでって言われるんじゃないか、家族と縁を切られるんじゃないか。そんなことがグルグルしたよ。
なんだかんだウザがってても家族と縁は切れないんだよね。なんだかんだ大切に思ってるし。めっちゃウザいけどね。
母親なんて周囲からの評価ばっか気にして私の事なんて見てくれないし、兄は私のこと見下して自尊心保ってるし、父親は完全に家族のこと無関心だし。
でもまぁ、血は繋がってるなって思うよ。だってなんとなく私も似たような所あるもん。そりゃ家族だもん、しょうがない。
まぁ、家族の話はさておいて実際にはそんな噂は近所では話されなくて私が想像してた最悪は免れた。うん、まぁ近所での生活以外は地獄だったけどね。学校ではいじめられるし、もともと頭もいい方じゃなかったから、家では勉強についてビービー言われるし。兄には私の頭悪すぎて鼻で笑ってたし。本人だって別に頭いいわけじゃないのに、私の成績の方が悪かったから、家で地位を確立できてただけの癖にさ。
そんなんで、自分の居場所が無くて苦しかったんだよね。大人になった今なら達観できるし、世界はもっと広いって分かるからなんとか精神保ってられるけど、地元と学校が世界の全部だった中学生には、ちょっと……ううん、かなりしんどかった。
この世に自分なんて居なくていいんじゃないか、誰にも必要とされてない、いないほうがいい。そう思ってたし、そうやって言われてたからね。よく乗り越えたなって自分でも思うよ。
あぁ、もう、そんな顔しないで。だいじょうぶだよ。辛かったけど、大丈夫。なに?抱きしめてくれるの?なんでさ、大丈夫だって。それでも?分かった。いいよ。
うん、大丈夫だよ。本当に。もう大丈夫。大丈夫って思ってたんだけどなぁ……もう、海晴は優しすぎるんだよ。ん、ティッシュありがと。
そう、まだ続きがあって…
大丈夫だよ。今の私には海晴が居るでしょ。だから大丈夫。でも……ちょっと怖いから手ギュッてしてて。ありがとう。
どんなに噂流されても、どんなに色んな人に避けられても、るりちゃんに勘違いされたままなのはしんどかった。すごく嫌だった。
どうにかしてるりちゃんの誤解を解きたかった。まぁ、るりちゃんがどんな誤解をしてるのかは分からなかったけど、でもどうしても誤解されてる気がしたから、それをなくしたかった。
でもさ、みんな私に対して警戒心が強くなってたし、るりちゃんに近づこうとすると皆がるりちゃんの前に立って壁みたいなのが作られたから、話すことすらできなかった。だから、手紙にすることにしたんだ。もうほとんどラブレターだったね。そこに、本当に好きになってしまったこと、でもどうこうなりたいとは思ってない事、一連の出来事で迷惑をかけてしまったことの謝罪、できればただの友達に戻りたいこと、この手紙のことは誰にも言わないで欲しい事。全部書いて、るりちゃんの靴箱に入れたんだ。
もう、他の人達の誤解を解くのは無理だって思ってたし、そんな内容の手紙を私が書いて送ったなんて知られたら、また変に噂が広まるから。もうこれ以上自分の心の傷を広げたくなかったんだよね。
でもさ、私ってやっぱり人に裏切られる運勢でもあるのかもしれない。手紙を入れた次の日学校に行くとその手紙が黒板に張ってあった。それにあろうことかクラスで一番私を毛嫌いしてた女の子が、私が教室に着いた瞬間にその手紙を堂々と読み始めた。
なんだこの苦痛って思ったよ。恥ずかしさと憤りとやるせなさで私の感情はぐちゃぐちゃだった。あの人たちに人の心はなかったみたい。自分がやられたら、とか考えられないチンパンジーだったんだと思う。
周囲からの「キモイ」って言葉とクスクス笑う声が今でも耳に流れるよ。それにるりちゃんが私の前に来て
「まじでやることなすこと全部キモイ」
って言い放ったの。もう、涙も出なかったよ。傷つきもしなかった。
ん?あぁ、そうだね。傷ついたよ。すごく。ものすごく。消えたくてたまらなかった。こんな自分がいない方が世界は平和になるって信じて疑わないくらいには。
あの時の傷は今でも残ってる。だから、今でもことあるごとに消えたくなる。私なんていない方がって思う。特に恋愛が絡むとあの時を思い出して、上手く呼吸ができなくて、苦しくてたまらない。
不登校になれば自分を守れたと思うんだ。でもさ、それって原因を親に話さないといけなくなるでしょ?私にとってはどっちを選んでも地獄。まだ学校に行く方が、耳からの情報を遮断して、休み時間は1人で過ごしてっていう逃げ道があったから、私は学校に行き続けた。
そうしたら、どうやら天がちょっと味方してくれたみたい。るりちゃんが引っ越す事になったんだよ。まぁ、周囲にはお前のせいって言われてたけど。もうこの時には私の耳はそういった言葉を理解しないようになってたんだよね。なんか言ってるわぁ、みたいな。というかるりちゃんが引っ越したのって3年生に上がる時だったから、3年生の間はそれでいじめられてたね。
あいつ、気に入らないから引っ越させたんだって。何言ってんだって思ったけど、もう言い返したところで取りついてもらえないし、この時の私はもう、高校はクラス全員が力を合わせてもいけないくらい頭のいい高校に行くつもりだったから勉強に必死だった。
とにかく離れたかったんだ。全員から。親からも同級生からも。
お母さんは喜んだよ。最初はね。なんて言ったって出来が悪いって近所で噂になってる娘が本腰入れて勉強し始めた。頭のいい高校を志望してるって。鼻高々に井戸端会議で話してたよ。多分、娘の事を装飾品かなんかだと思ってるんだろうなって思った時に母親への感情が冷めたんだよね。何言われても、ハイハイみたいな。
だってあんなに私の出来が悪いからって嫌悪感示してた癖に、志望校伝えて、偏差値を近所の人に教えてもらってから人が変わったように至れり尽くせりだよ?怒りを通り越して呆れたよ。
まぁでも、これで近所の人のコミュニティの中で母親の評価?とか?そういった物が少しでも良くなるならいいかって思ってた。
けど現実はそんなに甘くなくて、近所での母親の評価はさして変わらなかった。
その時に悟ったよね。装飾品がどれだけ煌びやかでも、どれだけそれを自慢しても、どれだけ多く持ってても、持ってる人の魅力がなければ、そんなものただのガラクタだって。
だったら、私は中身を磨いてやろうって思ったの。母親の二の舞にはなりたくなかったからね。だから勉強もより一層頑張ったし、英語も、死ぬ気で勉強したのに話せなくて、それが悔しかったから大学はアメリカの大学にした。
今でもそう思うから、だからジュエリーは苦手なの。だったら鉱物、原石の方がいい。だってどれだけ、不格好な鉱物でも磨けば皆が欲しがるジュエリーになれるんだから。
それで…何だっけ?あぁ、高校受験の母親の話だ。
そう、母親は喜んだ。でも、その志望してた高校が少し遠くてもしかしたら、1人暮らししたほうがいいかもって分かった瞬間手のひら返し。
なんで離れて行くんだ、行く必要がどこにあるって。もうわけ分かんないでしょ?自分の装飾品を手放したくなかったっていうのも理由のひとつだったんだろうなって今思ったよ。
わけ分かんなかったから、母親のその言葉たちは全部無視した。まぁ、言葉以外にも勉強のための塾も辞めさせられたし、家で勉強してると妨害してくるようになったから、本当にタチ悪かった。
多分、近所で私が遠くの高校を志望してて、その理由は親から離れたいかららしいみたいな噂が近所で立ち始めたのが原因だってあの時は思ってた。もちろんそれもあるだろうし、さっき言った装飾品を手放したくない、それもあったと思う。
こっちからしたらたまったもんじゃないよね。子供は親の装飾品じゃねーぞって言ってやりたいよ。まぁ、でもああいった田舎はそんな感じで考えてる人めっちゃ多いんだよ。見栄を張るためだけに家を大きくしたり、高級車を買ったり。都会に出てきてくだらないなって思うようになったけど、ずっと田舎に住んでるとそれが当たり前になってるんだなって思うよ。
まぁ、家でも学校でもあの手この手で妨害されたけど私は受験を完遂した。無事に離れた所の高校にいけるようになった。受かってしまったらね、もう行くしかないから。
というか、入学金とか諸々払わなければ行かせないって選択をさせる事も出来るんだけど、母親はそんな事出来るって分かってなかったから、義務だから、払わなかったら督促状が届くんだよって言ったら問題なく払ってくれた。
あの時は母親が世間知らずで良かったって思ったよ。
高校からは平和に過ごしてたよ。大学はアメリカの大学にいったし。
うん、高校生になってからはあんまり実家には帰ってないかな。前もあったと思うけど、定期的に電話はかかって来るけど。どれも私を地元に引き戻したいって内容。あの手この手で電話かけてくるけど、その真意が見え透いてて戻る気にならない。
それに私は小心者だから、今更戻って親にこのことを全部話したとしても理解してもらえずにまた中学の時みたいなのが起こったら、今度こそ立ち直れない気がして怖いんだ。そうしたら今度こそ、私という存在を消しちゃうかもしれない。
だから、怖くて戻れないんだよね。怖くてたまらないよ。全然大丈夫なんかじゃなくて、傷つく事になんて慣れてない。痛くて痛くて。時折、呼吸の仕方も分からなくなるくらい痛い。
私はただ、るりちゃんが好きだっただけなのに、何をしたっていうの?そんなに同性が好きっておかしい事なの?異性恋愛と同性恋愛の何が違うの?私は何でみんなのサンドバックにされたの?なんで私なの?なんで?さっさと消えれば良かった?私噂になってた事1個もやってないよ?どんなに違うって言ったのに耳を貸してくれなかったのはなんで?なんで人の事平然と傷付けられるの?なんで?もう、やめてよ……
もう最後は本当に心の叫びだった。ずっと隠してた本音。視界は涙で波打っている。
海晴が握っていた私の手を自分の方に引き、私の頭を抱えるようにキツく抱きしめた。海晴はなにも言わなかったけど、「もう大丈夫だよ、おれがいるよ」って言っているような気がした。
海晴が私の恋愛対象になることはないけれど、その存在が自分の人生で無くてはならない者になっているのは、もう認めないといけない。
それくらい、海晴の腕のなかは安心感があった。
どれくらいの時間海晴の腕の中にいたのか分からない。安心感からずっとこのままがいいとは思うが、まだ私は海晴の話を聞いていない。
自分だけが受け入れてもらうばっかりじゃダメだ。そう思って私は海晴から体を離した。
「ねぇ、海晴」
「ん?」
「海晴の家族はどうしたの?」
「やっぱり、分かってたよね」
海晴が自嘲気味に笑うその姿は痛々しくて、それだけで海晴の苦しみが伝わる。
でも、だからこそ聞きたい。
海晴の苦しみを知りたい。和らげることは出来ないかもしれない。肩代わりすることもできないかもしれない。
でも、知りたい。
「じゃあ、聞いてくれる?おれの家族の話」
もちろん、と大きく頷いた。