聞いて
「そういえば」
そろそろお開きにしようか、と思っている頃にだいぶ酔った先輩が思い出したように口火を切った。
「レッドベリル、見つかったんだよ」
「そうなんですか?良かったです」
「本当だよねぇ。涙ぐみながらお礼たくさん言われちゃった。やっぱりこの仕事してて良かったなぁ」
先輩は嬉しそうにニコニコしながらもうすぐで空になるグラスの周りを拭いている。先輩の癖が少しわかった。酔うとグラスの水滴が気になるらしい。新しい側面が知れて少し嬉しい。
「あの時、早峰さん、同居人の事『家族みたいな存在』って言ったよね」
「覚えてるんですか?」
「うん、他人を家族みたいって思えるのはよっぽどその人のことを大切に思ってるんだろうなって思ったから」
グラスに残っていたハイボールを呷り次のお酒を頼もうとしてるのを慌てて止める。自分もそれなりに酔っているし、先輩は他の人が見ても分かるくらい酔っている。明日も仕事なのだからこれくらいにしておかないと支障が出る。
「家族みたいに大切なら、ちゃんと話さないと。早峰さんの事だから、話さなかったんでしょ?ちゃんと話しな。自分が不安になってることも、これからどうしたいのかも、相手の事をどう思ってるのかも。早峰さんの話を聞く限り、きっとその〜カイセイくん?は受け入れてくれると思うよ」
多分ね、と言いながら、さぁて帰るかぁと先輩が席を立つ。私は後ろからついて行きながら、心臓が少し早くなっていた。
もう一度、海晴に会って話をする。そう思うだけで自分が緊張しているのが分かる。
海晴がどんな反応をするのだろうか。もう必要ないと言われるだろうか。
でも、先輩の言う通り話さないと分からない。先輩に少しだけ勇気を出せたんだから、海晴にも少しだけ勇気を出してみよう。ここ最近自分の小さい心臓が頑張る事が多くて少しだけ自分の成長を感じられて嬉しくなる。
酔っぱらって愉快になっている先輩を電車に乗せ、彼氏さんに連絡をしてせめて最寄り駅まで迎えに来てもらうように言った。心が痛くなったので最寄り駅まで送っていく事はしなかった。諦めてるとはいえ、彼氏と一緒にいるところを見るほど強くはない。
それに今の私はそっちに力を注いでいる場合では無い。まずは自分の事をなんとかしなくては。
とは言ったもののどうするべきだろうか。病院まで行ってみる?もしもう退院していて、海晴が会いたいと思ってなくてどこか違う場所に行っていたら、もう会うことは叶わない。
「ものは試しか」
どうなっているのかは分からない。でも、このまま会いに行かないのはもっと違う。でも、怖い。
会いに行こうと思っていても手は震えている、そんな感じ。
病室のまえと似ている。
自分は自分を拒否されるのが怖い。幸せになるのが怖い。怖いものだらけ。どうしようも無くビビリなのだ。
私は最寄り駅から家まで歩く間に上着を脱いだ。お酒を飲んでいることもあって少し暑い。さっき見た携帯のネットニュースでは、例年に比べて暑いらしい。もうそろそろ上着もいらないかもしれない。
「おねーさん、おれのこと拾わない?」
丁度ここだ。一番近くのコンビニの前。
半年くらい前。まだコートを着ていて、首をコートにうずめたくなるくらい寒かった日。そうだ。あの日は大寒波が襲って死ぬほど、寒かった。私の心も死にたい気持ちで埋め尽くされてた。そんな日だった。
下を向いて歩いていたから、前に人がいることに気が付かなかった。思いっきりぶつかってしまった。
「す、すみません」
パッと顔をあげるとそこには会いたいような会いたく無いような、そんな人が立っていた。
「ねぇ、無視しないでよ」
「あ…」
「おねーさん、おれのこと拾ってよ」
思わず後ずさりする。まだ、心の準備が出来ていない。
でも海晴は私が逃げるのを許してはくれなかった。病室の時よりも少し健康的になった手が私の手首を掴んで離さなかった。
「お願い、逃げないで。おれからも、なっちゃんの幸せからも。お願いだから、おれの傍にいて」
海晴が声を振るわせている。
「お願い、おれのこと必要としてて」
振るえた声が最後に絞りだしたのはその一言だった。海晴の手も震えている。
そうだ、どこまでも私たちは似た者同士で、どこまでも心臓が小さくて、どこまでも嫌われるのが怖いのだ。
「海晴」
私が声を掛けると、海晴の肩がビクッと揺れる。もう、手に取るように分かる。私に何を言われるのかが怖いのだ。
「海晴、お家帰ろう」
恐る恐る、海晴が顔をあげる。クリクリの目から一粒涙が流れ落ちた。
ちゃんと私たちは向き合わないといけない。
「おじゃまします」
「ごめん、めっちゃ部屋散らかってる」
「大丈夫だよ」
ぎこちない空気が流れる。どう切り出すのが正解?何から話すのが正解?お互いがそれを探りあってる。
いつものテーブルに2人とも定位置に座る。
「「あのさ」」
意を決して話しかければ、同じ事を思ったらしい海晴と言葉が被る。
「なっちゃんからいいよ」
「いや、海晴からいいよ」
「いや、おれはいいよ」
「何でよ、海晴から話しなよ」
「なっちゃんの方が口開くの早かったよ」
「ハモってるんだから変わらないよ」
間が開いたとしてもここの空気感が変わらないのは相変わらずでなんだかおかしくなって、思わず笑ってしまう。
海晴の頭の上にはてなが浮かぶけど理由を言ったら、海晴の顔にも笑顔が浮かんだ。
「ねぇ、海晴」
「ん?」
「聞いて欲しい話があるんだ?」
私がそう切り出すと、海晴が姿勢を正した。
「うん、聞くよ」
心臓が口から飛び出そうだ。上手く伝えられる自信がない。
私が海晴に聞いて欲しい話は中学の時の話。私がここまで臆病になってしまった原因の話。私が希死念慮を持つキッカケになった話。
今まで誰にも話した事が無い話を、私は今から海晴にする。話そうと思ったことも無いのに、海晴には聞いて欲しいと思う。
本心は不安で仕方無い。けど、海晴の真っ直ぐに私を見つめる目が「大丈夫」そう言っているように感じる。
海晴なら大丈夫。きっと受け入れてくれる。
そう思って私は、面白くもなんともない話を少しずつし始めた。