終わり
ショッピングモールに2人で出掛けて1週間が過ぎた。
海晴の様子がずっとおかしい。
今まで以上に覇気がなくなり、今まで以上に甲斐甲斐しく世話されるようになった。ご飯を口に運ばれそうになった時はさすがに辞めさせた。
そしてそれは見てても辛くなるくらい、カラ元気なのが丸わかりだった。
なにか変だよ、と伝えても、そう?いつも通りだよ!と返されるだけ。日に日に目の下の隈も酷くなって、どんどん痩せていくのが目に見えた。
分担しよう、という話で落ち着いていた家事も海晴が全部やるようになった。
おかしいのは分かっているのに、助けてあげられない自分が悔しい。こんな時どう声を掛けたら良いのだろうか。どう助けたら良いのだろうか。
そう考えると海晴が私を助けてくれたのはすごいことだったのが浮き彫りになる。
よくよく考えると自分は海晴の事をあまり知らない。
何が好きなのか。何が嫌なのか。それさえも知らない。
いや、知ろうとはして見た。けど、どこまで踏み込んだらいいのか分からない。
「もうちょっと人間関係の構築の仕方、学んでおけば良かった」
「人間関係の構築の仕方って」
「せ、先輩」
1番聞かれたくない人に聞かれたかもしれない。
今はお昼休みの終わりの方。海晴が持たせてくれたお弁当を食べて、日向ぼっこをして自分のデスクに戻ってきた。今日は天気が良くて気持ちよかった。これも今朝海晴が教えてくれた事。
「早峰さんの言葉って独特だよね」
「え、そうですか?」
「普通、距離の縮め方とか言うじゃん」
確かに、と納得していると先輩が椅子のキャスターを利用してズイッと近づいて来た。
「で?なにかあったの?」
先輩の綺麗な顔が近づくだけで心臓が音を立てるから辞めて欲しい。慣れたけど。
「いや」
何でもないですと言葉を続けようとして、このコミュ力お化けなら海晴を元気づける方法を思いつくかもしれない。
「先輩なら、元気がない人をどう元気づけますか?」
「飲みに行く」
大真面目な顔で即答された。やっぱりこの人に聞いたのが間違いだったかもしれない。
私は椅子を先輩の方から自分のデスクに向けなおした。
「わー、ごめんごめん。ウソウソ!」
ワタワタと慌てる先輩を可愛いと思ったのはここだけの話。
「う〜ん、でも聞くのが一番な気がする。何があった?って」
「答えてくれない場合は?」
「答えてくれるまで聞く」
今度は真剣に答えてくれているのが目を見れば分かる。
「やっぱり、同じ人間とはいえ思ってること感じることは人それぞれじゃん?例え一緒に生活してるとしても、相手が何考えてるのかなんて、超能力があるわけでもないし分からないでしょ。だから私ならお互い納得するまで話すし聞く。以心伝心とか言うけど現実問題そんなことが出来たら、全部の問題解決するでしょ。でもそれが出来ないから、人間には言葉がある。言葉があるんだったら、話すしかないでしょ。話さないと早峰さんが元気づけたいって思ってることも伝わらないよ」
だからちゃんと話しな、と先輩が私の肩を叩いて自分のデスクに椅子をもどした。私も先輩の後に続いて自分の椅子をデスクに戻した。
「話さないと分からない」
先輩の言葉が心にのしかかった。私はどこまで踏み込んでいいのか分からなくて踏み込む事すらしなかったが、それじゃあいつまで経っても変わらない。
普段のどうでもいい人ならそれで構わないが、海晴に関してはそれじゃダメ。何故かそのままだと海晴が消えてしまう、そんな気がした。
今日ちゃんと家に帰って、海晴と話そう。海晴の心に踏み込んでみよう。
家族はどうしてるのか。何故あの日にあんなところにいたのか。何故急に甲斐甲斐しくなったのか。何を恐れているのか。
全部私が納得するまで話してもらおう。それで海晴が私から離れたとしてもそれは仕方のない事なのだ。
「先輩」
「ん?」
「先輩は同性を好きになったこと、ありますか」
先輩の目が少し考えるように泳ぐ。その小さな動作でさえ、私の弱くて小さい心臓が音を立てる。小さくて弱い心臓がちょこっとだけ勇気を出した。
とはいえ、この答えで私のスタンスがなにか変わるわけではない。
ただ、ちょっとだけ。本当にちょっとだけ。なにかに勇気を出してみたくなったのだ。
「同性はないなぁ」
そうですか、と口から業務のように漏れた。予想は出来ていた。というよりそっちの方が普通で私の性的指向の方が少ないから、この回答は当然だった。
ちょこっとだけ勇気を出したのが自分の中で誇らしかったのか、この回答が当たり前になり過ぎて慣れてしまったのか、どれが要因なのか分からないけど深く傷つく事はなかった。
「でも、それもすごくいいよね」
「え?」
「同性を好きってさ、それもすごくいいよね」
私が首を傾げると先輩が椅子をこちらに向けた。私も習って先輩の方を向いてみる。
「だってそれも立派な愛の形でしょ?少数派かもしれないけど、愛に違いはないんだからすごく良いと私は思うなぁ」
先輩がすごくうっとりとした表情をする。
あぁ、そうだ。私はこの人のこういう愛に深い所を好きになったのだ。もちろんそれだけじゃないけど。なんだか
「海晴みたい」
「カイセイ…?」
「あ、いや、えっと」
「あ、分かった。一緒に住んでる人でしょ!へぇ、カイセイくんって言うんだ」
余計な事が口から漏れてしまった。面倒なことを聞かれる前にさっさと仕事に戻ろう。隣でニマニマしている先輩が視界の端にちらちら映るけど無視。
ここから先は私の踏み込んできてほしくない領域。でも、案外自分も線を張るけどしつこく聞かれたら嫌々ながら答えてしまうかもしれない。そして誰かにこれを聞いて欲しいと心のどこかで思ってる。
でも、「誰か」は自分の中で決まってて「誰か」に当てはまっていないのであれば話したくはない。
自分の中の「誰か」その答えはもう自分で考えなくても出てくる。
案外「誰か」は好きな人でも無いんだな、なんて妙に感心してしまう。好きな人だったり彼氏、彼女にも言えない事はいくらでもある。
でも海晴には、何もかも話してしまいたくなる。そしてそれを受け入れて欲しい。
これは果たして愛なのか、はたまたまた別のなにかなのか、私には分からなかった。
ようやく一日の業務が終わり帰ろうとすると、先輩が「お酒でもありゃ何でも話せるよ!」と言ってきたので、コンビニでお酒でも買って帰ろうかという気分になった。
ちなみに先輩には「私たちはそんな酒豪みたいなことしません」って言ったけど。
それにちょっと海晴がお酒を飲んでいる所が見たくなった。というより、お酒を飲んだら深く眠れるんじゃないか、そんな期待もこめた。
海晴の顔色が少しでも良くなればいい、つまりはそういう事だった。
海晴と出会うまでほとんど毎日のように寄っていたコンビニに行く。かつてここは私の台所だった、なんてちょっとカッコつけた事を思う。言ってることはまったくもってカッコよくないのだが。
おつまみと度数の低いお酒。今日は海晴をキッチンに立たせない。休んでもらおう、そう思って夜ごはんになりそうなものを買う。
「よし、帰ろう」
会計も終わらせてコンビニを出る。こういう時に自分も料理出来れば良かったとちょっと思う。いや、出来ない事はない…とブツブツ思いながら歩いた。家まで約5分くらいの道のり。早く海晴の話が聞きたい。色々話したい。聞いて欲しい気持ちもちょこっとだけ。
「おい!あんた!!」
後ろで焦ったような切羽詰まった声がかなり大きくした。
「あんただよ、あんた!!!」
後ろから腕をガッと掴まれる。
「え?」
振り向くとガタイのいい男が焦った顔でこちらを見ている。この人に見覚えはまったくない。だれだ、怖い。助けて…
「あんた、海晴の彼女だろ!!」
「は?」
「海晴が倒れたんだよ!」
自分の目が大きく開いていくのが分かる。海晴が…倒れた…?
とにかく病院に行くぞとタクシーに乗り込んだ。
隣にドカッと腰掛ける男をよく見るとエプロンをしている。今日の海晴は飲食店の仕事だったはず。
「あ、海晴の仕事場の…」
頭の中の点と点がようやく線で繋がった。
「おう、いきなり連れ込んですまねぇな。俺はキッチン山小屋のオーナー、和島大介だ」
「あ、私は早峰夏希です」
「知ってる。あんた海晴の彼女だろ?」
そう、ずっとそこが引っ掛かっていた。けど、確かに先輩にも勘違いされているのだから一般的に見たら私たちはカップルに見えるのだろう。
私が何も言わないでいると和島さんが口を開いた。
「この間ショッピングモールで2人が一緒にいるところを見てな」
「あ、なるほど…」
「彼女ならなんでもっとあいつを見てやらない」
体の何から何まで固まった。和島さんが怒っているのがすごく伝わる。
海晴から一度だけ聞いた和島さんの話。家が火事になる前からの付き合いで、豪快な人だけど根は優しくていい人だ、と聞いている。
「あいつずっと体調悪そうだったぞ。それでもなっちゃんが、なっちゃんがってずっと言ってたんだ。あんたがそのなっちゃんだろ。あいつに大切にされておきながら、あんたは海晴を大切にしないなんて、どうなってんだ」
何も言えなかった。喉を掴まれたみたいで苦しくてたまらない。
「こんなこと同僚の俺が言うのは違うと分かっちゃいるんだが、あんたには言わせてくれ。海晴を大切に出来ないなら一緒にいるのは辞めてくれ。海晴の優しさだけを搾取するなら、もうこれ以上あの子を酷い目に合わせないでくれ」
言葉が右から左に流れる。いや、ちゃんと聞いてはいる。だけど、上手く処理が出来ない。
誤解です。私は彼女でも何でもありません。顔色が悪いのは気が付いてました。だから今日どうにかしようとしたんです。海晴がずっとおかしいのは分かってました。
どの言葉を切り取っても言い訳にしか聞こえなくて、口から言葉が出てこない。言葉にしないと伝わらない、それを今日先輩に教えてもらったばかりで、ちゃんと言葉にしたいのに喉は強く掴まれたまま。
自分がとんでもなく情けなくなる。いつだって自分の事で精一杯なのだ。
なんだ、海晴に出会った時にも思ったじゃないか。今は自分のことで精一杯で他人をどうこうする気力も余裕もない、って。自分で分かっていたじゃないか。
それなのに、誰かの手に縋りたかった。私は1人じゃないって思いたかった。
でも、縋ることでその人を自分の位置まで下げていたのなら?
私は1人の人間を不幸に突き落とした事になる。私はそれでいいのかもしれない。相手もそれでいいと思えばいいのかもしれない。
でも、相手の周りはいいと思わないかもしれない。
大切に思っているからこそ幸せになってほしいと思っている。それは人間として当然で。私だって海晴に幸せになってもらいたい。
私は幸せになりたくない。
ここの位置でいい。他人から見たらもっと幸せなことがあるよって思われるのかもしれないけど、私はここがよかった。不幸過ぎず、幸せ過ぎない。むしろちょっと不幸に寄ってるくらい。
ここなら、例え更に落ちたとしても不幸に慣れてるから、大きく不幸を感じる事はない。
だけど、幸せだと思える位置にいたら?少しでも不幸を感じたらそれがこの世の終わりくらいの不幸に感じるかもしれない。
それはもう感じたくない。あんな苦しみはもう味わいたくない。
だったら、私は…
タクシーに乗っていたはずなのに気が付いたら病室の前に立っていた。途中和島さんがなにかを言っていた気がするがそんなもの耳には入らなかった。
別の事で頭がいっぱいだった。
どうやってタクシーを降りたのか。ここが何階なのか。どうやってここまで来たのか。まったく覚えていなかった。
でも、ここが海晴の病室だという事が分かる。
ドアの斜め上に「松島海晴」の文字が見える。
「よう、起きて大丈夫か」
先に入った和島さんの声が部屋の中から聞こえる。
「大介さん、大丈夫ですよ」
力のない、海晴の声が続けて聞こえてくる。音が飽和している感覚なのに海晴の声だけはハッキリと聞こえた。
「おい、あんた。入んないのか」
ドアの所から和島さんが顔だけをひょこりと出す。カタカタと手が震えている。なぜこんなにも怖いと思っているのか分からない。
海晴を失うのが怖い?和島さんが怖い?海晴に見限られるのが怖い?和島さんに呆れられるのが怖い?
全部が正解。全部が合わさって、怖くて怖くてたまらない。本当は今すぐここから逃げ出してしまいたい。2人になにか言われる前に消えてしまいたい。
でも、それでも、海晴の顔を一目でも見ないと気が済まない。自分の事よりも海晴の体調が気になる。
開きっぱなしのドアをゆっくりとくぐる。
部屋の中にベッドは4つあって、入ってすぐ右手に海晴がいた。部屋に他のひとは入院していないらしくカーテンは全部全開になっていた。
「かい…」
「なっちゃん!!!」
海晴が勢いよく立ち上がる。こっちに来ようとするが足取りが不安定で、和島さんが「おちつけ」と言いながらベッドに海晴を戻した。
海晴の近くに行くと、両腕を掴まれた。あまりにも強い力で掴まれるものだから、本当に倒れてしまった人なのか怪しんだが、海晴の顔色を見るとその怪しさはどこかに消えた。こんなにも海晴の顔色は悪かったのだろうか。
見ているようでちゃんと海晴の事を見られていなかったのか。
「なっちゃん、お腹空いたよね。おれすぐ帰ってご飯作るね。あと、お風呂も用意するね」
海晴は早口にいつもやる家事をすぐやるね、おれすぐ帰るから、と言い続けた。どう見てもパニックになっている。目の焦点が合っていない。私のことを見ているようで見ていない。私の腕を掴んでいる手は微かに震えていて、検診衣の袖からやつれた腕が見える。
海晴の食の細さは異常だった。ほとんど食べて以内に等しかった。2人で行ったショッピングモールも海晴が食べたものはほとんど飲み物で、レストランで私はチャーハンを食べたのに、海晴は中華粥を少量もらっていただけだった。
あの時は「これが好きだから」と言っていて、私はそれに納得してしまった。
ショッピングモールの時だけじゃない。普段だって海晴が食事らしい食事をしているのをあまり見なかった。私の半分以下の量を私の倍の時間を掛けて食べていた。時折水で流し込んで食べていた。
それも、私は小食なんだと納得していた。
睡眠だって、海晴はいつも私より遅くまで起きていて、私よりも早く起きていた。私が起きるころにはもう朝ごはんが出来上がっていた事を考えると1時間くらいは私より早く起きていたはずだ。私の睡眠時間は平均5時間くらい。それよりも1時間短くても4時間。
一度だけ途中で起きた事がある。その時のことを今でも覚えてる。時刻は3時くらい。壁に掛かった時計を見て「丑三つ時だ」と思ったのだ。自分の隣から微かに啜り泣く声がして、それが海晴の声だと気が付いた時声を掛けるのをためらった。
知られたくないかもしれない、そう思った。海晴は私の前でいつも元気に見せてくれていたから。
あの日寝たのは1時過ぎ。私は平日だったから6時に起きる。海晴は早くても5時に起きる。私の残りの睡眠時間は3時間。海晴の残り睡眠時間は2時間。もし私が眠ってからずっと海晴が起きていたとしたら。海晴の睡眠時間は2時間くらいになる。
それを私はショートスリーパーなんだと納得していた。すすり泣く声を聞いたのに。
私はどこまでも海晴に対して酷い仕打ちしかしていない。和島さんが怒るのも納得だった。
「おい、海晴。落ち着け。こんな時まで女の心配か」
そんな腑抜けだとは思わんかったぞ、と呆れた調子で和島さんが海晴をなだめるのをぼんやりと見つめる。
こんな時でさえパニックになっている海晴を、こんなにも冷静に分析しているのが不思議だった。
「なっちゃん…大丈夫?」
「海晴、おまえさんはまず自分のことをなんとかせんか」
海晴は和島さんのおかげで少し冷静さを取り戻した。
こんな時まで海晴に心配されるとは。情けなさに拍車が掛かる。
私は踏み込んじゃいけないのかもしれない、話したくないのかもしれないと勝手に予想して海晴を見ないようにしていた。
その結果がこれだ。
「ごめん、ごめんね海晴」
「なんで?なんでなっちゃんが謝るの?」
「そりゃそうだろう。彼女として海晴の事をちゃんと見られてなかったからお前さんが過労で倒れる事になったんだろうが」
海晴が和島さんの顔を驚いた顔で見る。どんどん自分の視界が滲んで海晴の顔が見えなくなっていく。
情けない。消えたい。どこかに消えてしまいたい。
「大介さん、なっちゃんは彼女じゃないです」
「え!?」
和島さんの驚いた声を聞いた後から私の耳はもう外部の声をシャットアウトしていた。そのあとなにか2人で会話しているが、会話しているという事実を眺めているだけで情報は何も入って来ない。まるで言語の分からない2人が会話しているのを眺めているようだった。
何も聞きたくない。何も感じたくない。海晴に出会わなければこんな波風立つこともなかった。
海晴から感じた幸せを感じなければ、こんなに不幸を感じることはなかったのに。
最低なことを思っているのは分かっている。あの日手を差し伸べられて、その手を取ったのは自分なのに、その手を取らなければ良かったと今更後悔している。
こうなることが怖くて幸せになんてなりたくなかったのに。海晴といることで自分が幸せだと思ってしまった。この人の近くは居心地がいい、呼吸がしやすいと思ってしまった。そうなってしまえば最後、この人の近くじゃないと呼吸の仕方も忘れて苦しくてたまらなくなるのが目に見えてるのに。
それでも私は海晴に近くにいて欲しいと思ってしまう。
「あんた、彼女じゃないのに海晴の傍にいたんか」
「大介さん!」
突然、2人の会話が分かるようになった。
「え?」
「おまえさん、彼女になれないんだろ?それなのに海晴の傍でいつまでもいるって…海晴に失礼だと思わんのか?」
「違う!違うよ、なっちゃん!大介さんも何言ってるんですか!!」
「だってそういうことだろう。海晴もいい加減、目を覚ませ。お前さんが守らなきゃいけない家族はもう」
「やっぱり、そう思いますよね」
聞きたくなかった。海晴の家族の話は、海晴の口から聞きたかった。
そう思って咄嗟に口から出た言葉に乗せられて、思ってもないことが口からどんどんと溢れてくる。
「やっぱ私みたいに同性愛者はひっそりと生きていくのが良いんですよ。家族も持てないし。だから、自分から家族と距離を置いてんだから。海晴の事も?まぁなんとなく可哀想で拾って、ペットくらいに思ってて。でもやっぱり他の人から見たらそれって歪じゃないですか。そもそも私の存在自体が歪?みたいな?まぁ、私は別に元々海晴がいなくても生きていけましたから。というか、ずっと1人で生きていくって決めてましたし?やっぱり、普通の人は歪な人の近くにいない方が良いと思うんですよね。ちょうど私もそう思ってました」
「なっちゃん…?まって、本当に違うんだよ」
海晴の更に細くなった腕で手を掴まれる。視界はずっとゆがみ続けている。
海晴の腕の細さが自分の情けなさを掻き立てる。和島さんの息を飲む音が自己否定を加速させる。ゆがむ視界が支離滅裂な言葉を紡がせる。
「海晴、今までごめん。もう」
これを言ったら終わりになってしまう。そんなことは分かっている。自分が更に苦しくなることなんか分かり切っている。でも、もう止まってくれなかった。
「帰ってこなくていいよ」
私は病室を飛び出した。後ろから海晴が私を必死に呼ぶ声が聞こえて、騒ぎを聞きつけた看護師さんが「落ち着いて」と言っているのも聞こえた。
立ち止まりたかった。
立ち止まって、海晴の傍に戻って「一般的な彼女にはなれないけど傍にいたい」って言いたかった。「海晴の存在がずっと私を助けてくれていたから、私のために傍にいてほしい」そう言いたかった。どんなに他の人が「私のわがままだ」「海晴が可哀想」と言ったって私には海晴が必要なんだ。そう言いに行きたかった。
でも走り出してしまった足は私の理性とは裏腹に止まってはくれなかった。