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【2】

 高校に入学した初日。

 前の席に座った男子の横顔を見て、気づいてしまった。


「倉井くん……?」

 あいうえお順で小隈の前。

「ん」

 こちらを向いた彼は、さらに格好良くなっていた。

「倉井純です。よろしく」

 飾りすぎず、それでいてお洒落にみえる。入学したばかりなのに、高校生のお兄さんらしさをもう獲得していた。

 笑顔で挨拶してくれて胸が高鳴る。


「小隈満です。あの、小学校一緒だった……」

 小学校の名称を伝えると、

「同じだね。ちょっと待って……」

 純はじっと満の顔を見つめた。

(うう……)

 顔に熱が集まってくる。


「思い出した。学級委員、代わってくれた子!」

「えっ、覚えているの」

「うん」

 驚いた。

「…………。ごめん。それしか覚えていない」

 純はしばし考え込んだ後、謝ってきた。満はぶんぶんと首を横に振る。

「少し覚えていてくれただけで嬉しい。僕そんな目立たない方だから」

「そうなの? あまり話したことない子だなとは思ったけど」

 そう。接点なんてなかった。

 かつて満が純に片想いしていたなんて思いもよらないだろう。

「あの時は助かったからさ、クラスにこんな優しい子いたんだーって印象に残った」

「やさ……、そんなこと……」

「満って呼んでいい? こぐまも可愛いな」

「――……っ」

 まっすぐ笑顔を向けて可愛いと言ってくる。

 満のしまったはずの初恋が、心の水面を揺らした。


「高校はこっちにして、先月終わりに引っ越したんだ」

「そうなんだ。おかえり」

「ただいまー。そうだ。満。同じ小学校なら知らないかな」

「ん?」

「俺が転校した頃、その……、俺宛てに手紙渡したって言っている子いなかった?」


 満は息を詰める。

「個人でお別れの言葉を書いてくれた子がいるんだけど、送り主の名前が書かれてなくて」

(あれ。お別れの言葉?)

 開き直ってはっきりと『好き』や『格好いい』と書いたはずだけど、ラブレターとは思われなかったのか。

(じゃあ名乗っても……)

 満は口を開こうとして、純が視線を逸らしていることに気づいた。

 その頬や耳はほんのりと色づいている。


(これ、送り主に気を使ってぼかしているやつでは……!? それとも僕と気づいて……)

 動揺を抑えながら純を観察する。

「転校した後、連絡先交換している友達には訊いたけど誰も知らなかったんだ。満は交友関係違うだろうから知っていたら教えてほしい」

 満だとは気づいてはいないようだ。よかった。

 しかし、返事をしてもらう気がなかったから手紙を出したのに、思いのほか純は律儀なようだ。


「あとその子、字が綺麗だった。知らない?」

「し、知らないっ」

 声が震えてしまうが、

「そっか」

 純には怪しまれなかった。


(嘘をついちゃった)

 心の中でごめんなさいと謝る。

 でもこれからクラスメイトになるのに、小学校の頃好きだったとバレるなんて恥ずかしすぎる。


 ――字が綺麗だった。


 特徴も残してしまった……。

 いや、満の字は整っていて特徴がない字だ。バレないと信じよう。



 その話はそこで終わる。

 純は他にも近くの席の人に話しかけて、すんなりと打ち解けていた。

(僕と倉井くんではタイプが違うもんね)

 あの中のだれかと高校生活を過ごすのだろう。

 満に話しかけてくれるのはきっと、これきりになる。




 そう思っていたのだが。


「満の弁当、色合い綺麗だな」

「ありがとー。純のも美味しそう」

 よく昼食を一緒に取るようになった。


 さらに登下校中に出会えば、並んで歩くこともある。同じ駅なのでよく二人きりで話すようになった。

 満は平静に振る舞っているが……。


「かあっこいいよーっ……!!」

 家に帰っては玄関先で悶え叫んで、兄や姉に変な目で見られた。


 だって格好良いのである。

 今日も友達が授業で間違えたところを説明してあげたり、先生の荷物を持ってあげたり。

 あと体育で失敗した満に、「ドンマイ。惜しかったな」と声を掛けてくれた。

 昔から優しかったが、高校生になってイケメン具合に拍車がかかった今はもう、紳士的でキラキラしている。

(いつのまにか、すっと声を掛けているの素敵だなあ)


 満の初恋は、いとも簡単にぶり返した。






 高校にも慣れた五月。

 汗ばむような日差しの休日。


 満は市民図書館での書道の展示会を見にいった。

 その帰り、普段は通らない道をのんびり散歩する。

 鞄の中には図書館で借りた初心者向けの料理本がある。


 休み前の金曜日。

 純がお弁当を自分で作っていると聞いて、満も作ってみようと思ったのだ。

 好きな人と共通の話題を持ちたいという下心だ。


 最初は一緒の部活に入れないかと思ったが、純は陸上部で、運動部はちょっと二の足を踏んでしまう。

 だけど料理なら真似できる! ……気がする。

(そういえば、小学校の昼休みは球技をよくしていたのに、陸上部に入ったんだな)



 とりとめなく考え事をしながら川沿いの土手を歩いていると、

「満ー」

 と誰かに呼ばれた。

「! 純っ」

 振りむくと、純がこちらに駆けてきた。


 純は公民館近くの病院の帰りらしい。

「お菓子いる? 入院している母さんが知り合いにもらったんだけど、チョコ味苦手って言うからもらってきたんだ」

 純は有名店の紙袋を見せた。

「うん」


 ベンチがあったので二人で座る。

 広々とした河川の上には、さらに広い空が広がっている。

 濃厚なチョコレートブラウニーは爽やかな空には少し不釣り合いだが、美味しいので問題ない。

 頬を緩ませながら話す。


「純のお母さん、四年も入院しているんだ……」

「うん。一時退院した時期もあるけど、だいたい入院してた。でも大分よくなったよ」

「そっか」

 難病のように思ったが、純の表情は明るいのでほっとする。


「もしかして転校って、それが関係しているの?」

 お母さんを都会の病院に移して、家族でついていったのかな。

「うん。父さん残業多くて、俺と妹の面倒みられないから、ばあちゃんの家に預けられた」

「…………」

 父母はこちらにいたまま、子どもだけ引っ越したのか。

「戻ってこられたのは、ばあちゃんに家事を教わって身の回りのことできるようになったから。俺と妹がちょうど高校と中学に上がるタイミングだったのもある。友達と離れるのは淋しかったけど、戻りたいなら今だって妹と話し合って決めた」

 満は膝に置いた手をぎゅっと握る。

(いろんなことを決めてきたんだ)

 傍らに置いたバッグには料理本が入っている。好きな人に釣られて、楽しい気分だけを胸に選んだ本。

「純はすごいね……」

 満は声が沈んでしまう。

「いや、大したことないよ。手は抜いているし」

 そういえば金曜日は、焼いた肉、ほうれん草、白米という単純構成だったな。

「それでもすごい」

「そっかな? 部活する時間もあるし。まあ、色々訊いて、毎回行かなくて済む部活探したけど」

「だから陸上部なんだ」

「それに」

 純は満に近づき顔を覗きこむ。

「こっちにきて満と友達になれたし」

「……っ!」

 至近距離の微笑みは心臓に悪い。どうにか動揺を飲みこむ。


「その、僕に手伝えることがあれば、いつでも助けにいくよ」

「え?」

 聞き返されて、わたわたと続ける。

「中学の友達やおばあちゃん達と離れちゃった分、淋しいかなと思って。ほら、家近いから、呼ばれたらすぐ駆けつけられるし」

「…………」

 純はペットボトルのお茶に目を落として、

「……うん。頼むかも」

 と答えた。

 少しして顔を上げた純は、

「ありがとう」

 いつも以上にキラキラした微笑みをくれた。






 休み明け。

「お昼だー」

 お弁当を鞄から取り出していると、

(あれ?)

 昼食を一緒に食べている一人の木尾くんが、クラスメイトの椎名さんから缶ジュースを受け取っているところが見えた。ついでに買ってきてもらったのだろうか。


 皆で机を囲んで昼食を並べる。

(これ、純が作ったんだ)

 純のお弁当を興味深々でのぞく。

「何かいる?」

「ちょうだい。じゃあ、肉交換しよう」

 ポークソテーをあげて、鶏肉の生姜焼きをもらった。

「美味しい!」

 醤油と生姜の風味で舌が幸せだ。

 満は料理の修行は始めたばかりなので、お弁当は母作だ。

 満も一品作るつもりだったが、満が頼まれた朝食のドレッシングを作っているうちに全てが終わっていたのだ。何が起こったのかさえ分からなかった。

 満が作ったものを食べてもらうのは、まだまだ先になりそうだ。



「なあなあ、皆って彼女いる?」

 木尾が急に恋バナを始めた。

「いないよ」

 満、純、もう一人のメンバーの村上くんも同じ答えだ。

「好きな奴は?」

「木尾は口軽そうだから、いても教えない」

「俺も」

「えっと……、あはは」

 純と村上が断ったのに乗じて、満も笑ってごまかす。


「ぐぬー。んーっと、あとは……」

 木尾が視線を彷徨わせると、純の後ろに座っている椎名がノートを掲げた。

『好きなタイプ』

 と大きい字で書いてある。

「好きなタイプは? そのくらい教えてくれよー」

(! さっきのジュース、賄賂かっ)

 木尾の質問攻めは、椎名からの指令のようだ。純は背中側なので気づいていない。村上には見えたようで、少し呆れたような顔をした。

 満と村上には気づかれても問題ないようなので、ターゲットは純なのだろう。


(やっぱりモテるんだな)

 とはいえ満も気になる。ドキドキしながら純の言葉を待つ。


「んー……。はっきり言う子かな」

 ……間違いなく満とは違うタイプだ。

 肩を落としそうになったが、ぐっと反応を隠す。


『見た目の好み』

 さらなる指令が下される。

「じゃあ見……」

「皆は?」

 木尾が次の質問にいく前に、純が訊き返した。

「え、あー。俺はー、可愛くって話繋がる子」

「や、優しい人……」

「俺はパス」

「はい。じゃあ次は見た目のタイプー」

 パスありなの!?


「派手すぎない子がいいかな」

 純の答えにまた思考を巡らす。満は男としては派手ではないと思う。けど純の頭の中ではきっと女の子達が浮かんでいると思うので、その子達と比べると満は地味すぎるだろうか……。

「黒髪ショート」

「俺はねー、ロング。黒でも茶でもいい」

「…………」

 これ、男とバレないように答えるの気を使う。


「満は?」

 黙っていたら、純に名指しで訊かれてしまった。

「パスで」

「……そっか」

(な、なんでしゅんとするんだよ)

 ずるい。可愛い。

(村上くん、どうしてこれ答えちゃったの?)

 満だけ答えないと、目立つかも……。

「僕も黒髪ショート……かな?」

 嘘は言っていない。小学生の頃も今も純は黒髪ショートである。

 村上が「いいよな」と頷いていた。




 放課後となり、満も純も用がないので一緒に駅へと向かう。

「ちょっとごめん。妹からだ」

 純はスマートフォンで返信している。

 満は駅壁面の大型広告に目を向けた。華やかなアクション映画のポスターだ。

「お待たせ。これ興味あるの?」

「うん。かっこいいなーって思って」

「そうだな。CM見たことあるけどかっこよかった。観にいく?」

「! 行きたいっ」

「じゃあ行こう。今日でもいいよ」

 先程の妹さんの連絡は、友達の家で食べるから夕飯はいらない、という内容だったそうだ。だから夕飯は純一人なので、遅くなってもいいと言う。

 早速今日行くことにした。

 高校の友達とがっつりした寄り道をするのは初めてだ。それに密かに想っている人でもある。嬉しくてにこにこしてしまう。




 大きな駅に着き、映画館で券を買う。

 開場してすぐに入ったので、場内はまだ明るい。

 始まるまで会話を楽しむ。


「今日さ、好きな人いるかって話したじゃん」

「……うん」

 皆何も話さなかった。

「俺ずっと気になっている子がいるんだ」

「――!」

 満は息を飲む。


「満?」

 相槌……。相槌を打たないと。

「……たしか、はっきり言う子って言ってたよね。きっと素敵な人なんだろうな。僕、はっきり言うの苦手だから、憧れちゃう……」

 自虐まで言わなくていいのに、余計なことまで言ってしまう。純の好きな人なんて聞きたくない。


「満ははっきりしていると思うよ」

「え……」

「俺が淋しくないよういつでも呼べって言ってくれただろう。嬉しかった」

「それは、別に大したことじゃない」

「ええ? 今日も付き合ってくれているじゃん」

「僕だって来たいから来たんだよ」

 そう答えると、純は頬を緩ませて笑った。

「あと小学校の時も委員変わってくれた」

 あれはたしかに当時の満にしては勇気を出した。

「で、でも普段は皆の提案に乗っているだけだし。それが嫌なわけではないけど、皆みたいにしたいこととか意見とかないなあって思うよ。今日だって、好きな子いるかって訊かれて笑って誤魔化すしかなかった」

「ああ、たしかに提案とかはないかも」

「でしょ……」

「でも大事なところで気づかってくれるから、印象的なんだよね」

「――……っ」

 純の力になれたなら嬉しい。けれどこんな近い距離で素直に褒められると、顔が熱くなってくる。


「ところでさ」

「うん」

 純が少し眉間を寄せて難しい顔をしている。

「好きな子いるか訊かれて誤魔化すしかなかったって、好きな子いるの?」

「……! も、もうっ。いるのは純でしょ! 僕のことはいいのっ。気になっている子がいるって純から話しだしたんだよ」

「そうだった。といっても、本当はどんな子か知らないんだ」

「知らない?」

「以前話した、手紙の子が気になっている」

「――え……?」



 その時、場内が暗くなった。


 他の映画の予告編が流されて、喋りにくい雰囲気になる。純も「これも面白そう」と映画のことだけ小声で話しかけてくる。


(手紙の子って、僕?)

 気になってしかたないけれど、やがて映画が始まり、口を閉ざすしかなくなった。

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