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2滴目


俺が、喉が枯れるほど叫んだ ─── いや、噴水だから喉はないんだけどね、気分的なものだ ─── 数時間後、今度は姫さんがやって来た。


そして、ベンチに座ると、じわりとその瞳を潤ませた。


「キーリは、もう、あのときの約束なんて、忘れてしまっているのかしら」


『忘れてないって! めちゃくちゃ覚えてるから大丈夫だ! 大丈夫だから泣くな姫さんんん!』


「ねえ、精霊さん。聞いてくれる? わたしもね、何度も、自分から切り出そうと思ったの。待っているだけじゃ駄目よって、自分にいい聞かせたわ。……でも、いざキーリを前にすると、今の友人関係を壊したくないって、そればかり思ってしまって」


『いやこの件に関してはあいつが悪いからな!? 待っていてくれっていったのあのバカだから!』


「勇気が出ないの。臆病者なのよ。お母様のように、強く凛々しい人でありたいと、いつも思っているのに、だめなの……」


ついには、姫さんの瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちてしまう。


俺は、このときばかりは、自分が壊れかけであることを悔やんだ。噴水でありながら、水は噴き出るどころか、よろよろと這うように流れるだけだ。これでは、慰めのための虹を描いてみせることもできやしない。


俺は、姫さんが、まだ女王の腹の中にいた頃から知っている。


公爵家当主のアホことキーリ、本名キリアンが、悲観的思考で暴走するタイプだとしたら、姫さんは、偉大過ぎる母親の影で必死にもがいては、自虐的思考で突っ走るタイプだ。


「ふっ、ふふふふふっ、どうせ……、どうせわたしは臆病者よ! 血筋だけの王女よ……っ! お母様みたいに強くなくて、美しくもないわ。この間なんてスティルマン伯に『能力が足りないなら、せめて容姿だけでも似たらよかったものを』なんて馬鹿にされているのを聞いてしまったもの! なによ、自分だって美食三昧でぽよぽよのお腹じゃないの! わたしは甘い物を我慢しているのに!」


『おっ、おう、わかってる、姫さんの頑張りは、俺はよくわかってるぜ! 毎朝、眠い眼をこすりながら中庭を走ってるもんな! でも、あんまり無理しなくていいと思うぜ? そりゃ魔法は体力使うけどな、今はもう魔法の時代じゃないって』


「……うう、どうせわたしは四大魔法を並程度に使えるだけの器用貧乏よ……。お母様みたいに、国を守れるほどの力はないわ……。ねえ、泉の精霊さん。あなたは見たことがあるのかしら? お母様の魔法は、それはもう凄いのよ。“女王陛下御一人いたならば、兵は一人もいらぬ”って、将軍にそう称えられた方だもの」


『あー……。でもな、姫さんが四大魔法を使えるのだって十分凄いからな? 普通は一属性しか使えねーから。それに……』


「でも、お母様は強すぎて……、ときどき心配になるの。いえ、おこがましいわよね。わたしのような未熟者が、お母様を心配するなんて」


『そんなことねーよ。姫さんは優しい子だ』


「それでも……、お母様の孤独を、わたしはどれだけ理解できているのかしらって、不安になるのよ。お母様のことを『やる気がない』なんていう人もいるけれど、わたしはちがうと思うの。お母様は強すぎて、簡単には動けないのよ。あれはまるで、巨人が歩くことをためらうようなものだわ」


『いやー、それは姫さんの娘としての贔屓目も入ってるっつーか、やる気はマジでないと思うぞ。宰相に仕事押し付けまくりだしな。……まあでも、大丈夫さ。そうやって愛してくれる姫さんがいる限り、女王は人でいられるだろう』


「お母様は素晴らしい方よ。強く、誇り高く、気高い方。……それに引きかえわたしときたら、キーリの気持ちを確かめる言葉さえ口にできない臆病者。お母様が巨人ならわたしは地を這う芋虫……。ふふふ、どうせわたしは緊張すると頭が真っ白になって無意味に『大丈夫よ大丈夫よ』と繰り返してしまう小物王女よ……。その内、王宮内でのあだ名が『大丈夫様』とかになるにちがいないわ……」


『落ち着け姫さん! 誰もそんなこと思ってねーから! 確かに姫さんはちょっと気の弱いところもあるけど……!』


姫さんは気弱なところがある。それは、自分に自信が持てないからだ。

どうして持てないかっていったら、周囲が女王と比べるからだし、女王が強すぎるからだ。

四大魔法を自在に操り、空さえも女王の望むがまま。気位の高い精霊たちすら女王に跪く。……魔法が衰退しつつあるこの時代に、女王は神のように崇拝された。


姫さんは、いっそ、女王という巨大な存在に、反発して、恨んで、距離を取れたら、楽だったのかもしれない。


でも、姫さんは、反発するんじゃなくて尊敬した。恨むんじゃなくて愛した。距離を取るのではなく、近くにあろうとした。

姫さんがそういう娘さんだったから、姫さんは今もずっと苦しんでいるけれど、そういう娘さんでなかったら、女王はとうに壊れていたかもしれない。どちらがよかったかなんていえる話じゃない。


ただ俺は、姫さんに幸せになってほしいと願っている。ちょっと気弱で、自虐的で、優しすぎるこの子が、この先もずっと笑顔でいてほしいと祈っている。それだけが、朽ちていく俺の最後の心残りだ。


「ねえ、精霊さん。わたしね、明日こそ勇気を振り絞って、キーリに尋ねようと思うの」


『おおっ、さすが姫さんだ! いいぞ、思う存分聞いてやれ! 待たせすぎだって怒ってやれ!』


「それで……、キーリがもし、あの約束のことを覚えていなかったら……、わっ、わたしも王女として、潔く諦めるわ……っ」


『泣くな姫さんんんんん!!! 大丈夫、覚えてるから! 宰相になるとか馬鹿なこと考えちまってるだけで覚えてるから!』


「キーリはね、いつも優しいの。わたしが困っていると、何もいえなくても察してくれて、手助けしてくれるのよ。昔からずっとそうなの。わたしが緊張して言葉に詰まってしまったときには、すぐに助け舟を出してくれるし、わたしが責められたときには、自分が矢面に立ってでも守ろうとしてくれるの。優しくて頼りになる人なの。その上すごく格好良いから……、彼に片想いしている女性は、大勢いるのよ。わたしを含めてね」


『いや姫さん、あいつすごくアホだぞ!? いいのは顔だけ! それに姫さんとは昔から両想いだからな!? だからそんな寂しそうな顔をしなくていいんだって! あぁクソ、全部あのアホが悪い!!』


「キーリが愛する人と幸せになってくれたら、わたしも嬉しいもの。彼に隣に立つ人が、わたしじゃなくたって……、きっと我慢できるわ……っ」


『アホは今すぐここに来いや!!! 姫さんを泣かすんじゃねえよおおお!!!』






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