2-9.アルカナ教会-記憶と刑死者と正義のカード-
「やぁロスト君、ちょっと今いいかい?」
...教会に戻り、美波と別れ、自分の部屋に戻ってくると部屋の前で司祭が待っていた。
司祭の話を聞きたいのもあるか、今は彼女に会って落ち着いて話し合いたい。
「すみません、今は」
「加奈君の事だろう、彼女の事だよ」
...加奈から話を聞いたんだろうか、だが、加奈の話なら聞いておいた方がいいかもしれない。
「わかった。だが少し待ってくれ、準備がある」
「わかりました、終わったら告解室まで来て下さい」
...行ったか、司祭、新さんと呼んでいたか、あいつは加奈たちとは違い、いつも落ち着いているな
『そういう人間が一番怖いんだよ、マイヒーロー』
「怖い?」
『そう!本当は全てを裏から操って、最終的にはパンチ力とキック力が自由に設定可能になったりするんだよ!』
「すまん、何言ってるかわからん」
だが■■が人間を警戒しろっていうのは久しぶりな気がする。これは気をしっかり持った方がいいな。
...とりあえず準備だ、司祭との話が終わった後、すぐに加奈の元に行けるように、準備をしよう。
...あれ?
「告解室ってどこだ?」
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「来ましたね、ロスト君」
「ああ、遅くなって済まない」
結局、告解室は美波に聞いた。それにしてもここが告解室か、初めて来た。
個室に椅子が一つ、そして椅子の前には黒いカーテンか?がかかっている。説明が難しい。
「すみません、一応司祭なので、こんな形になってしまって」
「客間は使えないのか?」
「貴方はもう客ではないので」
黒いカーテンの奥から声が聞こえる。なるほどこれが宗教か
「さてと、今日貴方を呼んだのはほかでもありません、加奈君...いや美波くんもですね、この二人の過去の事について話しておきたいと思いまして」
「?なぜだ、あの二人はここで生まれたんじゃないのか」
「違いますよ、本当は客室で話したかったんですが、二人がいたので黙っておいたんです。まずはこの北海道の現状から話しましょうか」
「この北海道の人口は現在、おおよそ1万人ほど、そのうちの75人がここで生活をしています」
「?ここにいるのが全員じゃないのか」
「残る7000人が王国に、3000人がギルドに所属しています。王国は昔の名で旭川と呼ばれる北海道の中心地を拠点に活動、ギルドは札幌に住み着いている」
「...ああ、それがどうした」
「札幌は美波君の出身地でね、そこに住み着いているギルドがかなりやばい奴らでね、昔はギルドという名前すらなくて札幌に住み着いている無法者の集団だったんだ」
「それで、それが加奈になんの関係がある」
「まあ落ち着いてよ、無法者の集団が一つに集まってギルドという名前になったのはわけがあるんだ。札幌にいた無法者の集団に大アルカナの使い手が入ったんだ。その大アルカナ使いが強くてね、そいつに逆らった人間を皆殺しにしたんだ。そして、美波の親はこいつに殺された」
「何?」
「殺した人間が使っていたカードは『刑死者』そいつを殺すために美波は旅をしている」
「同情しないのかい?父親と母親が殺されたんだよ?」
「俺は目の前にいる人間を救うだけだ、それに本人が縛られていることで同情などしたら、美波をさらに苦しませるだけだ」
「なるほど、素晴らしい答えだ」
「それで加奈の事はなんだ」
「加奈君はね、美波君がギルドから逃げている途中にあった人間だった。そこで聞いたんだけどね、加奈君は記憶がなかった。ただ、あった場所と持ち物が問題でね」
黒いカーテンに何かが映し出される。これは
「...『正義』の大アルカナか」
「そう、そして、加奈君と美波君が会ったのは、昔は当別と言われていた場所なんだ。ここには大アルカナの化物が眠っている。君も聞いたことがあるだろう。なぜか攻撃力のステータスだけがインフレーションを起こしていると」
「...」
「ここで眠っている化物の大アルカナは『力』のアルカナ、吠えるだけで鼓膜を破り、歩けば一帯を破壊し、寝返りを打つだけで地震を起こす。化け物中の化物だよ」
「もしかして、昔の北海道大震災も」
「いや、あの時には大アルカナ自体存在しなかった。そいつが現れた時期は2043年、そいつが現れて当別の町は消滅した。そこに現れた『正義』のカードをもつ少女だ。記憶はないようだが、ギルドが正義の大アルカナの化物を作り、応戦しようとした可能性が高い」
「なるほど」
そんな化物が拠点の札幌の近くにいるんだ。そいつが起きて札幌にやってきたら応戦できるか分からない。その前に決着をつけようとしたのか...いやまて、それならもう少し大アルカナを集めたほうがいいはずだ。なぜ一人で
「と説明したが、実はそれはそこまで重要じゃない」
...なんなんだこいつは
「重要なのは、加奈君が今まで信頼できる人間が美波君しかいなかったということだ。彼女は人を利用することを考えるだけで、人を信用することを考えない」
「ああ、そうだな」
「僕はね、君とチームを組むことで、彼女が人間らしさを取り戻すきっかけになると思ったんだ」
「人間らしさ?」
「彼女は軍人思考なんだよ、文句ひとつ言わずに、今までいろんな事をなしてきた。そんな彼女が感情的に怒っているというのが僕はすごく嬉しいんだ。彼女は君と関わり、人間らしさを取り戻していっている、それによって成長した彼女は、化物として『正義』のカードを使うのではなく、人間として『正義』のカードを使える時が来る」
...こいつの目的は分からない。だが、こいつの本質は少しだけ見えてきた。こいつは子供の成長を楽しむ親のようなことを言っているが、ただ楽しい事が起きる事をワクワクしながら見ている。ただの観測者だ。ならば、こいつは脅威になることはないだろう。
それにしても、彼女が記憶がなかったとは、確かに、記憶をなくして今まで信じられる人が美波だけだったならば、美波が俺をかばって、すっこしもやっとした気持ちもわかる。
...少しずつ、距離を詰めていこう。
「わかった。教えてくれてありがとう」
「別にいいんだよ、ああ、そうそう」
カーテンの裏から本を閉じる音が聞こえる。こいつさっきまで本でも読んでいたのか
「...君も人間になれるといいね、ロスト君」
...
何も言わずに俺は告解室を後にした。




