1-2.狐とロスト
加奈がいた場所には、大きな鏡のドームができていた。
やがてそのドームは消え、中から加奈と手を掲げた真っ黒な男が出てきた。
男は黒いヘルメットをしており、シールドの部分は鏡になっている、黒い鎧のようなものを着ていて。そして、赤いマントを羽ばたかせていた。
「...真っ黒さん?」
彼は加奈を守ったのか?いやそんなことよりも
「加奈!」
私は駆け寄ろうとしたが、加奈がそれを止める。
「ダメ、美波、動かないで」
私は少し立ち止まり、我に返った。
確かにそうだ。この真っ黒な男の目的が分からない。
奴と同じ、大アルカナの暴走なのか、それともきちんと自我があるのか、それを確かめなければ
最悪、真っ黒な男に加奈が殺されてしまう。
「貴方、何者なの、きちんと話はできる?」
真っ黒な男は手を下げる。
今気が付いた。彼の両手の甲には小さな鏡が付いていた。
「俺は...私は...」
男はこちらを向いて何かを考えている。
男がゆっくり私から視線を外す。男が天使の方を見て、手の甲を天使の方へ向ける。
手の甲についている鏡が一瞬光ったと思うと、手の甲の鏡が消え、
人ひとりの全身が映るくらいのサイズの鏡が現れた。
男は両手で大きくなった鏡を持ち、それを
空に投げた。
「おい!さっきから何を、ぐっ!」
鏡から大きな光が出て、思わず目をつぶる。
目を開けると、暗かった周りがさらに暗くなっている。
いや、違う。ガラスだ。大きなガラスのドームの中に私たちはいるんだ。
「あいつは自分を信仰している人間と、畏怖する人間以外を無差別に攻撃する。
だが、見えていなければ攻撃せず、その場にとどまるんだ。
少なくとも朝まではな」
男が天使の説明を始めた。
「ますます不思議だわ。貴方、何者?」
男は少し考えると
「俺は...ロスト、ロストだ。そう名乗ることにしよう」
「名乗ることにする?」
「俺は名前を持たない。誰かに何かを名乗ったこともないのだ」
名乗ったことがない...?
「あの!真っ黒さん!」
黙っていた加奈が声をあげる。
「...俺の事か?」
「はい、ええっと...なぜ私を助けたんですか?」
「あの天使は災害だ。災害からは人を助けなければならない。それが私の使命だからだ」
男が真顔で答えると、加奈は男に笑顔を向けて
「私達!あの天使さんをやっつけに来たんです!でも、私達だけじゃ倒せなくて...あの天使さんを倒すのに協力してくれませんか!」
「ちょ、加奈!何言ってんの!」
加奈は急いでタブレットを取り出す。
「でも!このままじゃあの天使は倒せませんよ!残りの能力者3人が来てくれたとしても、あの化け物を倒せるかわからないですし!」
確かに加奈のいう通りだ。
教会が所有しているのは小アルカナのみ、はっきり言って、あの化け物には勝てない。
だが、この男が善意100%で加奈を助けたとは思えない。
もしかしたら、あとで何か要求してくるかもしれないし、油断させて私のアルカナを奪う気かもしれない。
「あの災害を倒せるのか...?」
男はそれを言うと、加奈は男の方を向き
「はい、今のままでは可能性はゼロですが、貴方が戦ってくれるなら何とかなるかもしれません」
「何とかなるって...ほんと加奈は」
この子は誰よりも勇気がある子だ。
勝算があれば、どんなことだろうと、たとえ自分が犠牲になるであろう作戦だろうと、
それを成し遂げようとする。
第二次世界大戦の軍人みたいな女だ。
「わかった。ならば協力しよう。何をすればいい」
「待って」
私は男を静止する。加奈も何か言いたそうな顔をしているが、その前に男に聞かなければいけないことがある。
「ロスト、貴方は何のために戦うの?お金?それともカード?...まさか加奈に惚れたの?」
男がこちらを向くと、私の目の前に移動し
「私は、災害から人を助けるために生まれてきた。それを果たすのみだ」
そう言った。
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私たちはがれきの上に座り、話を始めた。
私と加奈は隣同士で、ロストは私達から5mほど離れた位置で
「美波...ロストさんに失礼だと思うんだけど」
「でも、あの男は信用ならない。あの男は人を助けるって言ったんだよ」
そう、あの男に目的を聞いたとき、あの男は綺麗事を言った。
(綺麗事を言う人間は信用ならない。なぜなら、そういう人間はすぐに裏切るからだ)
私はそれをよく知っている。
「加奈、貴方は人を信用しすぎよ。貴方がここに入ってなかったら詐欺師にでも騙されていたでしょうね」
「美波...」
「別に信用しなくてもいい。俺は、奴を倒せればいい」
あいつはまた...
「いいわ、だったらまずは貴方が知っているあの情報を話してちょうだい」
「情報?」
「貴方の持っている能力と!あなたが知っている天使の情報を教えて!」
「ああそういうことか」
全く、この男は警戒されないようにあほのふりでもしているのだろうか
「私の持っている能力は鏡を好きな大きさにできる能力だ」
「大きさ...?好きな形にはできないの?」
「左の手の甲についている鏡は、ドーム状にでき、右の鏡はガラスの盾になる。
そして、鏡は絶対に壊れないし、鏡に触れた物体は消滅する」
「ちょっと待って!それってあなたがその鏡であいつを殴ったら済む話じゃないの!」
全ての物質を殴ったら消滅するのなら、あいつを殴った時点で消滅するはず。
「美波、冷静に考えて、だったらロストさんはすぐあいつを殺してるはず、そうできない理由があるんですね」
「ああ、俺の鏡は瓦礫や光の矢などは消せるが、生物が鏡に触れた瞬間、元の大きさに戻ってしまうんだ」
「飛び道具には強いけど、接近戦には弱いんですね」
加奈は一生懸命タブレットでメモを取っている。
なるほど、あいつが天使に何もできなかった理由が分かった。
あの鏡は何かに攻撃するという行為ができないのだ。この男は守るだけなら誰にも負けないが、
攻撃力に関しては一般人と変わらない。
「他にはどんな能力があるんですか?」
加奈が質問する。
「俺の鏡は俺が見えている範囲ならどこにでも設置できる。」
「どこにでも...?」
「ああ、ここからなら。天使よりも上の位置に設置できる。だが、あくまで俺が見える範囲だ。
例えば、ここからみえている山の建物の中には設置できない。内装が見えてないからな
あくまで、俺が識別できる大きさの場所にい、俺が識別できる大きさの鏡が設置できる。」
「なるほど、なるほど」
「私から質問いいかしら」
「どうした。」
「貴方が識別できるくらいの大きさの鏡が設置できるってことは、この街を包み込めるくらいのドームを立てられるってこと?」
「確かに立てられるが、時間がかかる。」
男は右手の甲を空に掲げる。すると鏡が人ひとり映るくらいの四角い鏡の盾に変化した。
「これくらいの大きさなら瞬時に変化させられる。瞬間移動するときもこれくらいの大きさならすぐにテレポートできる。そして」
男が鏡の盾を腕にはめたまま床に置く、その瞬間、床に落ちていた建物の残骸がすべて消え、下が土になる。
「すっごーい...なにこれ」
「俺の能力で鏡を大きくした。横20m縦20m厚1mにまでなら盾の形にしてからこの大きさに一瞬でできる。私の手からは離れてしまうがな」
「ん?でも鏡の形変わっていないじゃない。」
「それはこのガラスが生物に触れたからだろう。瓦礫の下にも生物がいる。モグラとかミミズとかな。そいつらに触れたら、元の盾の形に戻る。」
「とりあえずはわかりました。」
「それで、貴方が持っている天使の情報を聞かせてもらいましょうか」
「あいつの攻撃方法は二つ、光の矢を放つ攻撃、羽を羽ばたかせる攻撃だ。光の矢はこの小樽の中ならどこにでも飛んでいく。羽を羽ばたかせる攻撃は御覧の通りだ」
私たちはドームの外の病院だった者をみる。なるほど、建物を壊せるくらいの威力か
「あいつは朝になったらいなくなる。どこに行くかは知らない」
「ちょ!ちょっと待って!」
私が急いで男の発言を止める。男は不思議そうな顔をしている気がする。
「どうした」
「朝になったらいなくなるの!?また戻ってくるわよね!」
「いや、あいつは自由に羽ばたいている。ここら辺にいたのはあいつを信仰している教団があったからだ。だが、教団の本拠点が」
「ああ、なるほどね」
「教団はここを神聖な場所として信仰していた。つまり...」
「ここが教団の本拠点だ。今ので全員つぶれた」
なるほどね、あいつは屋上を中心に目撃されていた。
だけど、中心にってだけで、病院の中でも目撃されていたんだ。自分を信仰している教団に何かを渡していたのだろう。だから教団はここの建物を拠点にした。
私は確かに病院の中を調べたが、地下は任務は終わってから調べる予定だった。
おそらく、そこが教団がいた場所
「だが、それらは全て瓦礫になった。だからあいつを信仰する人間を探しに、またどっかワープするだろうな。アメリカかロシアか知らんが」
「ちょっと待ってよ!タロットカードは北海道以外の場所では使えないはずでしょ!」
「ちょっと待て、タロットカードとはなんだ。それに俺はあいつを」
「タロットカードはあの天使の動力源です。時間がないので、それだけ」
加奈がタブレットで時間を確認する。時刻は、4時30分を指していた
「日の出まであと1時間半か...」
「まずいですよ...このままだと」
「これは...まずいわね」
「おい、何がまずいんだ」
「ああ、すみません、こちらの情報の番ですよね」
加奈はタブレットを弄る。
「簡単にいうと、私たちが朝までに帰らない場合、教会から応援が来ることになっているんです」
「それが頼りだったのよ、私達と貴方と応援に来た能力者3人で倒すつもりだった。」
「つまり、俺と君たちだけで倒すことになると」
「いえ、私はタロットカードを持っていないんです。だから能力を使えない...」
「能力を使うにはタロットカードがいるのか?そして、あいつもタロットカードを使っていると?」
「もうそう言ってるでしょ!」
「なんだ、じゃああの天使からタロットカードを奪い取れればいいのか、ならば簡単だ」
「何ですって?」
男は手に持った破片を使って地面に何かを書き始める。
「おい、君は能力が使えるんだよな?」
「え、ええ」
「どんな能力だ?」
「さっきも見たでしょう?人より少し大きい狐になるだけの能力、それ以外に力はないわ」
「身体能力はどれくらいだ」
「速度は最大で60キロで走れて、人間の頭を嚙み砕けるくらいには力は強いわ」
「ジャンプ力は」
「家二階分くらいなら飛び越えられるわ」
「なるほどな」
私が地面の方を見ていると、少しずつ絵が完成していく。
書き終わった時、私達は言葉を失った。
「これじゃ私死んじゃうじゃないの!」
無茶すぎる。これじゃまるで、天使と一緒に私をころそうとしてるみたいじゃないの
「?家二階分くらい飛び越えられるならこれくらいの高さなら着地ができると思ったんだが」
「確かにできるけど...そういうことじゃなくて!」
「無理なら作戦を他に考えるが、時間がないのだろう?」
こいつ...やっぱり嘘言って
「美波、悔しいけど、あいつを倒すんだったらこれくらいしかできないと思う。」
加奈が私に言う。
「あんたもそういうわけ!?」
「大丈夫、美波が死んでも、私が能力を引き継いで頑張るから」
...そうだった。こいつは自分の命にも執着はないが、友人や家族の命にも執着がないんだ
加奈は任務を執行するためなら、自分だろうが、他人だろうが、平気で差し出す。
だから加奈は現場に出されたんだ。後悔しないから
「ああ!もうわかったわよ!やってやるわよ!」
どっちにしろ、ここでこいつを逃がしたら、他の人達が大勢死ぬ。
ならばここでやるしかないのだ
「よし、ならば、詳しい作戦を説明する。」
他の人が死なない為にそして後悔しないために