1-13.メイジvsロスト
「俺は君も助けたかった。だが、お前を殺さないとあの子供が死ぬことになる」
ロストは左手の鏡を盾に変える。
「Purge the innocent, salvation for the guilty.」
メイジもそう唱え、再び火の玉を11個生成する。
「だから、君を救うことは諦めることにする。勝負だ、メイジ。全力でかかってこい」
彼の方へと火の玉が発射される。彼が盾を前に展開し守ろうとする。
だが、火の玉は盾をよけるように広がる。そして火の玉が盾を超えると、
彼の方へと一斉に向かってくる。
「ぐっ!?」
また、火の玉が彼に直撃する。また彼がよろけ、倒れそうになるが、盾をつかんで持ち直す。
私はその間に着地する。
「あいつの火の玉、どうなってるの!?」
メイジはまた次の火の玉の準備をしている。あれはなんだ?操作型か?だが、小アルカナの生物はあくまで人間の脳が元になっている。人間の脳で11個の火の玉を操作できるとは思えない。
となれば、
「ロス...」
いやまて、本当にそうなのか?さっきも私の判断は誤っていた。私は正しいのか?
これで私が間違っていて、ロストが致命傷を受けてしまったら?もしくは私が致命傷を負って、あいつを倒す手段がなくなったら?
そうしたら子供どころか加奈も危なくなる。私は...私は
「フォックス!危ない!」
ロストに呼ばれ、私は前を向く、メイジは私の方を向き、火の玉を生成していた。
私に向かって火の玉が発射される。逃げるつもりだった。
急いで走ればよかった、追尾されたとしても、走っているかぎりは火の玉は当たらない。
なのに、私は何故か動けなくて、飛んでくる11個の火の玉をもろに食らってしまった。
「美波!」
私は変身が解け、人間の体に戻る。ロストは急いで私に駆け寄ると、私達二人が入れるくらいのドームを展開した。
「美波!大丈夫か!」
私は痛みに耐えながらも起き上がる。背中は痛い、だが、骨は折れてないようだ。
「なんとか...でも、変身はもうできないかも...」
私の能力の持久力はD、持久力はどれくらいのダメージで変身が解除され、どれくらいしたら回復し、再度変身できるようになるかを表したスコアである。
Dだと
「次に変身するのに1時間はかかる」
やってしまった。私が危惧していた。倒す手段がなくなる状況になってしまった。
私はいつもそうだ。偉そうにしてるのに失敗する。どうすれば
「美波!!」
ロストが大声で私の名前を呼ぶ、少し耳が痛い。私は怒られるのだろうか、私がおそるおそる彼の顔を見る。だが、ロストの顔は私の想像とは逆で
ただ、優しい顔をしていた。
「君が無事でよかった」
なぜこの男は知り合ったばかりの私にこんな顔を向けることができるんだろう。
なぜこの男は失敗した私を責めないのだろう。
いや、わかっている。この男には責めるという発想がないんだ。ただ、だれかを救いたい。
本当に優しい人間なんだ。
「美波、このままドームを張ってじっとしていたら、あいつは子供の方へ向かっていく。そうなったらあの子供は救えない。」
「...ええ」
「だから、俺はこのドームを解除した後、私だけが移動して君の位置にドームを張り直す。そうすれば君も安全だし、あいつは俺を狙う」
「ちょっと待ってよ!あんたはもう二回も火の玉が直撃してるのよ!あんたも危ないのに」
「だから、君がドームの中から作戦を考えてくれ」
「あんたもわかるでしょ!さっき私の作戦が失敗したのよ!私を信じたらそれこそ」
「俺は美波を疑ったことはない。俺に指示をくれ」
なんで、失敗した私に頼めるのよ、なんで...
「ああもう!わかった、わかったわよ!どうにかしてやるわよ!」
こいつはバカだ。そして、私はもっとバカだ。
ドームが解除される。その瞬間、メイジがこちらを見る。
ロストは私の方へと再度ドームを展開すると、右手を盾に変え、私がいる真逆の方へと突っ込む。メイジはそれを見て、火の玉を生成する。
考えろ、あいつを見ろ、周りを見ろ、何が変化している?何がおかしい?
あいつはどうやってロスト自身に火の玉を当てている?
火の玉が発射される。その瞬間、ロストは盾を構える。その瞬間、また火の玉が曲がる。
ロスト自身に命中する。ロストはよろけるが、またすぐに持ち直す。
またメイジが火の玉を生成する。
心配している暇はない。あいつは私に任せてくれたんだ。
どんな原理なんだ。どういうものなんだ?先入観を捨てろ。あいつを見ろ。あいつは...
まて、あいつの顔は頭蓋骨になっている。目も耳もないのに、どうやって敵を視認している?
ロストは最初、子供を守った。ドームは盾にしてから盾を投げてドームに変形させる。ドームにするのに少しラグがある。ならば、最初は盾で守れていたということだ。
あいつが感じられる五感...「視覚、聴覚、味覚、嗅覚」は感じられない。残っているのは触覚だけ
あいつの体には骨じゃなく肉がついている。
私はメイジの足を見る。あいつは裸足で立っていた。
私は通信機を起動する。
「ロスト!メイジは貴方を見て攻撃してるんじゃない!プールサイドで移動しているものを察知して攻撃してる!盾を床につけないで!」
ロストは私の方を見て、真剣な顔で
「わかった!」
とだけ言った。メイジが火の玉を放つ。次にロストは少し盾を宙に浮かせて防御する。
すると火の玉は曲がることなく、盾に直撃した。
やはりだ。やつは、微量の揺れを察知して私達の位置を把握していたんだ。
「反撃開始だ」
ロストは一直線にメイジの方へと向かう。
メイジは慌てて、火の玉を生成する。
「そのまま頭を殴りつけて!ロスト!」
火の玉が発射される。ロストはその火の玉を、盾で殴りつけた。火の玉は消滅する。火の玉が全部消えると、ロストは盾をしまい、全力で走る。
メイジはまた火の玉を生成しようとしてるがもう遅い。
彼はもう目の前まで来ている。
「終わりだ」
ロストはメイジの頭を殴りつける。頭蓋骨が転がる。
元々頭があった場所から血が噴き出る。
どうやら頭蓋骨の中には脳だけが入っていて、神経と繋がっていたらしい。
メイジの体は消滅する。この瞬間、勝敗が決まった。
ヒーロー《ロスト》の勝利だ。
…….……
メイジを倒し、少し様子を見た後、ロストはドームを解除する。
「…」
言いたいことは沢山ある。けど、何を言えばいいか分からない。
「聖杯のメイジだったか」
「…ええ」
「俺に殴られて倒れるなんて、案外弱かったな」
「ああいう能力が強い奴は他が人間並になっている事が多いの、あんたと同じよ」
何を言えばいいんだろうか、まず感謝しないといけないことはわかってる。でもなぜか言えない。
「ロスト、なんで私に指示を出してって言ったの?あなただったら天使の時みたいに直ぐ指示を出せたんじゃないの?」
違う、こんなことを言いたいんじゃない。ありがとうって
ロストの顔を見る。彼は少し考えた後、
「…あそこで君を置いて一人で解決したら、君は何かに依存して考えることをやめると思った。君が…心の底から絶望している目をしていたから、だから任せた。君を救いたかったから」
…ああ、そうか、この男は最初から救うことしか考えていないんだった。
「それより、早く加奈と合流するぞ、ほら、手を貸してやるから」
「はいはい」
私は彼に手を伸ばす。だが、彼は私の足と背中に手を入れて持ち上げた。
「…」
少し思考が停止する。これは一昔前に流行ったお姫様抱っこという奴じゃないだろうか。
「…あんた何やってんのよ。」
「こっちの方が負担が少ない。行くぞ」
「…降ろしなさい」
「無理だ、行くぞ」
ロストはそのまま歩き出す。私は暴れる元気もないので、そのまま運ばれる。
…不思議とこんな時間が心地よかった。