金持ちの遊び
男「...」
髭面にニット帽。
男があるベンチの周りをうろついていた。
といっても、少し離れた場所だが。
男「(持ち主らしきやつは現れないな...)」
男がうろつき始めてから、1時間はたつ。
ベンチに座る者達に、最初の面々はいない。
それを確認して、意を決したのか、
ベンチまで歩みを進める。
おそるおそるベンチに腰掛け、
上着のポケットから缶コーヒーを取り出した。
プシュッと音をたて栓を開けると、軽く一口流し込む。
「ふぅ...」と一息ついた男の口からは、白い息がこぼれた。
男「(もう何度目のクリスマスだっけな)」
男「(ほんとつまんねぇ人生送ってるよな...)」
焦りと諦めの感情がいりまざり、
胸の奥から熱いものがこみあげてくる。
周りを見渡せば、幸せにあふれた面々が、
嫌でも視界に入ってくる。
男「(一瞬でもこんな輝かしい場面、俺にもあったけな)」
男「(あんまし記憶にねえな...)」
悲壮感を漂わせた男は、
缶コーヒーをくいっと飲み干す。
おおげさに缶コーヒーを飲み干すと、
男は空の缶コーヒーを握ったまま立ち上がる。
男「(さて、いくか)」
バッグを片手に、男はベンチを立ち去った――
――――――
どこぞの探偵事務所の男が、
いかにも高そうなソファーに腰掛けていた。
ソファーがある部屋には、いかにもな絵画や壺。
パチパチと音を立て炎を揺らす暖炉に、男は意識を奪われていた。
特に意味はない。
それから数分。
パタパタとスリッパの音が男の部屋に近づいてくる。
長い黒髪を左右に揺らしながら、
長身の女が部屋に入ってきた。
探偵「いつもご贔屓にしていただきありがとうございます。」
そういって、男は深々と頭を下げる。
セレブといえば肥えたイメージがあるが、
細身の女性の顔に浮かぶ笑みは、異質な何かを感じさせる。
女「単にあなたの能力をかってのことです。」
男は女が向かいのソファーに座るのを確認してから、腰を下ろす。
女「今回はどんな素性の犯罪者だったのかしら。」
女王の言葉が相応しい佇まい。
口調は穏やかだが、見えない圧を感じさせる。
男「(さすがにこの雰囲気にも慣れてきたが、相変わらずのオーラだな...)」
男は咳ばらいの選択肢を取らず、
音を立てないよう息をのみ、発声の準備を行う。
男「ご報告させていただきます。今回のターゲットは...」