受験スパイラル
「あー、四谷君?」
職員室で、進路指導の用紙を受け取った木田廉太郎は、眉をひそめる。
「はい木田先生、何か?」
四谷京作は首を傾げる。
「私の視力が確かならば、第一志望欄には東西南北の『東』に大文字焼きの『大』という文字が書いてあるように見えるよ。もっと字は綺麗に書かなきゃいけない」
「いや、ちゃんと意図して東京大学の意味で東大って書きました」
「はははははははははははは、冗談はさておき」
「いえ、冗談じゃなくてマジですけど」
「ええとだね」
木田は茶をすする。
「東海大学は東大と略さないよ」
「ええ、東海大学じゃありません」
「東北大学も、君の成績では百パーセント落ちるよ」
「東北大学でもありません」
「トンキン大学の学力は今一つ知らないな」
「いえ、中国の大学とも違います、日本の東京大学です」
木田は黙って立ち上がり、ポットから急須にお湯を注いで湯飲みに注ぎ、ゆっくりと飲む。
「まさかとは思うが、東京大学の事じゃあるまいね?」
「いや、一分前にはっきり東京大学って言いました」
「無理だよ」
「な、なんで、そうきっぱりと言い切るんですか!」
「だって、君は全然頭が良くないじゃないか。記憶力は並しかないし、物事を理解するという能力も欠けているから、視野が狭くて応用問題がさっぱりだ」
「そんな事ありません、ドラゴン桜全巻読みました!」
「いや、あれ読んだだけで東大に行ける訳じゃないから」
「頑張りますから大丈夫です」
「頑張れば何でも出来るというのは、頑張り続けられるだけの素質と希望がある人の台詞だよ?」
「無理は先刻承知です! 男には、絶対に無理だと分かっていてもやらねばならぬ時があるんです!」
「なに?」
木田はじぃっと四谷を見つめる。
「すると君は、頑張るとか大丈夫とか言いながら、内心無理だと思っている訳だね」
「え?」
「口では強がるが、内心では絶対に無理だと思う。そんな及び腰では、当然失敗するに決まっているだろう」
「いや、これは、言葉のあやというか」
「失敗を確信して、投げやりな態度で事に当たって、結局失敗して。君は何かね、ダメだったけど頑張ったね、と、褒めて欲しいのかね。これ見よがしに頑張って、その過程をのみ評価して欲しくて東大受験をする訳かね」
「……オレが」
四谷は肩を震わせる。
「オレが、間違っていました!」
木田を真っ直ぐ見つめる。
「受かります、絶対受かります、東大に!」
「いや、だから君じゃ無理だってば」
読んでいただき、ありがとうございました。
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