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ゼロの世界のゼロの物語  作者: 露隠端月
エピソード0-1——"出会い"
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1.[転入生 ⑤]……勧誘

 無事ゼロワールドから現実に戻り、蒼と春が休憩室に入ると、既に来未と二葉が数十分前と同じポジションで立ち、それからソファには雪羽と烏水所長が座っていた。

「ご苦労様。どうだったかしら。これで、ゼロワールドやクラガリの事、信じてもらえたでしょう?」

「はい。それで、まずは、あの……」

 蒼は雪羽と向き合い、頭を下げた。

「雪羽さん」

「何」

「さっきは笑って、ごめんなさい」

「別に良い。私より、他の人に謝って」

 そう言って雪羽は春と来未と二葉を順に一瞥した。

「すみませんでした」

 蒼は向きを変え、再び頭を深く下げて謝罪した。

「良いって良いって、ウチらは気にしてねえから」

 な——と、来未は二葉に同意を求めた。

「うん。私もね、初めてクラガリの事とかゼロワールドの事とかを聞かされた時はね、信じられなくて、笑っちゃったんだよ。その時も雪羽ちゃんに怒られたんだよ。同じだね」

「その……、は……春も……ごめんなさい」

「わ、私も気にしてないので、問題無いですよ」

 そんな事より——烏水所長の隣に座る雪羽が、飲んでいたカップをテーブルに置いて言った。

「名波蒼さん。あなたに伝える事がある」

「伝える事——ですか」

 そうよと、烏水所長が応える。

「結論から言うわ」

「はい」

「蒼さんには、DIMsに入って、私達と一緒にクラガリを倒してほしいの」

 何となく予想していた内容だった。或いは、クラガリとの戦いを見せられた時から、既に覚悟していたかもしれない。

「でも、私にはみんなのような能力なんて無いです。だから——」

 何言ってんだ、と来未が言葉を被せた。

「名波もゼロワールド入れたじゃん」

「そうだけど」

 ゼロワールドと能力の関係が判らない。

「どういう事ですか?」

 蒼が烏水所長に説明を求める視線を送ると、烏水所長は頷く代わりに目を伏せた。

「ゼロワールドに入れるのは、能力者だけなの」

「そうなんですか。でも、私そんなの……」

「あるわ、ちゃんと。日野山さんから事前に聞いているわ。今朝、日野山さんの名前を言い当てたそうね」

「それは……偶然」

「偶然? もしかして、名前だけじゃなくて、顔も知ってたんじゃないかしら?」

「それは……」

 言い当てられて、蒼は素直に白状した。

「はい」

「どうやって知ったの?」

「夢……です」

 春の存在だけではない。あの夢では、電車に乗っていて、街には黒い怪物がいた。今だから判る。それはまさしく、ゼロワールドの光景だ。

 だから、蒼が持つ能力とは——。

「予知夢ね」

 烏水所長のダークレッドの唇が言った。

「ゼロワールドでも、雪羽さんと来未さんが攻撃を受ける前に、あなたはそれを察知していたわ」

「あ……」

 確かにあの時、ほんの一瞬だったが、嫌な映像を見た。

「でも」

 蒼の能力が予知夢だとするなら、それは変だ。

「その時、私、起きてましたよ」

 予知夢なら、寝ていなければおかしい。烏水所長は、そうねと言って視線を一度テーブルに移してから、再び蒼に向けた。

「ゼロワールドでは身体機能が上がると、日野山さんが説明したわよね」

「はい」

「でもそれは肉体だけじゃないの。能力も向上するのよ」

「能力が……?」

「そうよ。性能が変化する——上位互換と言えば良いのかしら。例えば……」

 烏水所長は来未に視線をやる。それを受けて来未は、はいよと気怠そうに手を挙げた。

「ウチの瞬間移動、見てたよな」

「うん。見える範囲ならどこでも移動できるって」

「そう。まさにそれ。でもな、現実世界では……」

 来未はその場から歩み寄ると、次の瞬間には、まるで動画をスキップしたみたいに、蒼の目の前に立っていた。

「ンな」

「何が?」

「半径一メートルくらいの範囲しか移動できねえんだ」

「つまり名波さんの予知夢も、ゼロワールド内では、寝るという制約が外れる形で、より扱い易く変質して発現したと考えられるわ」

「成る程」

「それから——」

「待って」

 烏水所長の言葉を止めたのは雪羽だった。

「まだ名波さんは私達の仲間じゃない。そんな人に、これ以上の説明はするべきじゃない」

「そうね」

 烏水所長は同意した。

「改めて言うわ。名波蒼さん。DIMsに——私達の仲間になってほしいの。これを受け入れるか拒否するかは、あなたの自由よ」

「それは……」

 どう答えれば良いのか、蒼自身でもよく判らない。

 さっきの戦いを思い出す。とても危険で、痛そうで、辛そうだった。

 やりたくない——というのが、まず湧き立った気持ちだった。

 でも。

 DIMsには春がいる。ここで誘いを断ったら、春との関係はどうなるのだろうか。ただの友達か、あるいは無関係なクラスメイトと同じ扱いになってしまうかもしれない。

 ——それは……嫌だ。

 蒼には能力(ちから)があって、春の役に立つ事ができるかもしれない。春の力になりたい。春と一緒にいたい。

 蒼は春を見た。それから来未、二葉、雪羽、最後に烏水所長を見た。けれども、誰も、蒼にどういう答えを求めているのかを、教えてはくれない。

「あの」

「決まったかしら?」

「いえ、その。これ、もし断ったら、どうなるんですか」

「そうね。別の部屋で、ここでの記憶を消させてもらうわ。名波さんにここまで見せたのも、その保険があるからよ」

 そのくらいは造作もないわと、烏水所長は表情を変えずにさらりと言った。

「そう……ですか」

 それならもう、答えは決まりだ。

「じゃあ、入ります」

「待って」

 会話を止めたのは、またしても雪羽だった。

「記憶を消される事に怖気付いたからっていう、そんな消極的な理由で入る気なら、そんな人材は要らない」

「違う」

 蒼は雪羽の目を見てきっぱりと否定した。雪羽の虹彩は、青っぽい灰色に、少し赤が混じった綺麗な色をしていた。

「記憶を消されるのが怖いんじゃない。私は、春の記憶も無くしちゃうのが嫌なだけ。春はさっき、私の事を名前で呼んでくれた。それが無かった事になるのは嫌。それに私は、春の力になりたい。春のためなら、どんな化け物とだって戦える。だから私は、入ります。DIMsに」

「そう。なら勝手にすれば良い。それと」

 何かごめん——雪羽はそう言って、カップに口を付けた。

「え……? ……あっ」

 ——言っちゃった……。

 視線だけ春の方へやる。

 春はぽかんとしていた。

 ——ああ……。

 来未を見る。

 にやにやしている。

 ——ああああ……!

 二葉は——来未の陰で顔を隠したりなんかしている。しかもちょっと嬉しそうだ。

 ——ああああぁぁぁぁああああ!!

 やってしまった。本日二度目の黒歴史だ。

「〜〜〜〜…………!」

 蒼は思わず床に膝を着く。

 ——このまま爆死してしまいたい。

 フフ、と烏水所長が笑った。

「随分と好かれたようね、日野山さん」

「良かったじゃねえか、なあ、春」

「そ、そうなんですか、ね」

「私も、来未ちゃんが入るならって理由で入ったから大丈夫だよ」

 二葉はフォローしてくれているが、当の春は明らかに困惑している様子だ。それはそうだろう。春とは出会ってまだ一日も経っていないのだ。

 気持ち悪がられていないだろうか。視界ぎりぎりで春を見やると、気が付いたのか優しく笑いかけてくれた。けれども、本心でどう思われているのかまでは判らない。

「それじゃあ」

 藹々とした雰囲気の中、烏水所長が立ち上がる。

「名波蒼さん。あなたを、正式にDIMsに迎えるわ」

 烏水所長は蒼に手を差し伸べた。

「あ、えと、はい」

 蒼はその手を掴み、立ち上がる。

「よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」

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