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ゼロの世界のゼロの物語  作者: 露隠端月
エピソード0-1——"出会い"
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1.[転入生 ②]……DIMs

「ここ?」

「はい」

 周囲には建物は無く、背景は鬱蒼とした松の林で埋め尽くされている。その向こうの海の波の音が、僅かに風に運ばれてくる。

 学校の近くにこういった施設があるのは知っていたが、具体的に何をやっているのかまでは、蒼は知らない。

「あの」

 春が顔を覗き込む。

「どうしたんですか? もしかして体調が悪いとか……」

「いや、別にそうじゃないよ。何でもない」

「そうですか。では、入りましょう」

「うん」

 自動ドアをくぐると、中は吹き抜けのエントランスになっていた。研究所と聞くからもっと冷たく薄暗いものだと想像していたが、実際は白を基調とした明るく清潔感のある印象だ。

 そんな研究所内に呆気に取られていると、緑の制服を着た守衛らしき男が寄ってきた。

「本日はどのようなご利用でしょうか」

「えと、烏水(うすい)さんに……」

 春はそう応えて、ネックストラップに入れられたカードをバッグから取り出し、男に()せた。

「これは失礼しました。烏水所長なら上にいらっしゃると思いますが、一応あちらの受付で確認してみて下さい」

「はい。ありがとうございます」

「それと、そちらの方は……」

 男の視線が蒼に向く。

「あ、えと、私の友達です。烏水さんからは許可を貰ってます」

「そうでしたか。では受付で来客用バッジを貰って、施設内では見えるように身に着けて下さい」

「分かりました」

「では失礼します」

 そう言って男は元の立ち位置へ戻って行った。

「さっき見せたのって何?」

「これですか?」

 春は先程男に覧せたカードを蒼に差し出した。

「IDカードです。一応私は、ここの関係者という事になってます」

 説明しながら、春はカードを首から提げる。

「へえ」

 つまり、春の言っていた所属している組織とはここの事だったのだ。

「でも、日野山さんはここで何かを研究しているわけではないんだよね? そもそも、何のために私をここへ連れて来たの?」

「それを、これから説明します」

 何だか焦らされてばかりのような気がするが、春が相手ならそれも悪くない気がする。

 受付でバッジを受け取り、烏水なる人物の居場所を確認してもらうと、その人は管制室に居るとの事だった。

「管制室って?」

 心理学研究所という場所に似つかわしくない単語に、蒼は違和感を覚えて首を傾げた。

「ここでは研究の他に、ある事を行なっているんです」

 蒼を誘導しながら、春は答える。

「ある事?」

「はい。今回名波さんには、それに参加してもらう為に来てもらいました」

 エレヴェーターに乗り込むと、春は迷わず四階のボタンを押した。

「それはその……昼に言ってた、能力とかと関係があるの?」

 はい、と春は答える。

 エレヴェーターが停まり、ドアが開く。長い廊下の先に、青白いスモークガラスの観音扉が見えた。どうやらこのフロアにあるのは、廊下の途中にある幾つかの部屋と一番奥の部屋だけらしい。

 扉の手前まで来ると、微かに中の喧騒が聞こえてくる。

「ここが……」

 管制室——と、扉の上にプレートが貼ってある。そして扉には、艶のある加工で「DIMs」の文字が書かれている。

「ディー、アイ、エム……?」

DIMs(ディムズ)って読むんです」

 隣で電子音が鳴った。春がリーダーにIDカードを読み取らせたのだ。

「中を見たら驚くかもしれません」

 扉が自動で開くと、中の喧騒が一気に溢れ出る。

「核の位置確認できました! 傘の上面、中央です!」

「すぐにダイバー全員に伝達を! メインモニタを土宮(つちみや)来未(くるみ)視界(アイ)に切り換えて」

風木(かざき)二葉(ふたば)さんのヴァイタルに異常! 左腕を負傷したようです」

「フォローをお願い! ゼロワールドから排出されないようにして! 土宮来未まで排出される恐れがある。今一人にさせるのは不祥(まず)いわ」

 慌ただしい声が管制室を飛び交う。

 巨大なモニタを前面に、雛壇状にデスクやコンピュータが並び、その隙間を職員が忙しなく駆け回る。まさに、漫画やドラマで見る管制室そのものだ。

「凄い……」

 正面のモニタは幾つかに分割され、それらは別々の視点から、何かの映像を映し出している。時々、銃らしき物が画角に入ったり消えたりするから、紛争かサバイバルゲームのように見える。

 どうやら都市部が舞台らしいが、人の視点をそのまま映しているようで、画面の景色が安定しない。おまけに通信環境が悪いのか、時々映像が飛び飛びになる。数秒安定したかと思うと、すぐに違う景色になるからもどかしい。

「ねえ、これ、何を映してるの?」

 けれども春は、不安そうに映像を見ているだけで、答えない。

 また映像が切り替わる。撮影者は黒い地面の上に立っている。高い場所らしく、画面の隅にはビル群の俯瞰の様子が映っている。

 撮影者は黒い地面に向かって、銃を無茶苦茶に打ち始めた。白い火花と黒い泥が激しく飛び散る。

 銃撃が止むと、地面に白く発光する塊が露出した。

「核、見っけたぜ……」

 スピーカーから聞こえた声は、少女の声だった。どうやらこの撮影者のものらしい。

「破壊して」

「りょーかい」

 再び銃が乱射される。

 すると突然、画面が白く染まった。画面が晴れると、景色はどこかの屋上に変わっていた。

「破壊かんりょー。クラガリは消えたぜ」

「ご苦労様。戻ってきて良いわ。それと、可愛らしい来客があるから、管制室に来てちょうだい」

「オッケーオッケー」

 ぶつりと音声が切れると、スクリーンにブロックノイズが生じ、間も無く何も映さなくなった。

「みんなご苦労様」

 さて——黒いパンツスーツの女性が春の方へ振り向く。

「ありがとう、日野山さん」

「はい。烏水さん」

 烏水と呼ばれた女性はきびきびとした動きで、春のもとへ歩み寄った。

「こんなに早いとは思わなかったわ」

 そう春に言うと、女性はくいと体を蒼に向けた。輪郭のくっきりした鋭い目で見られ、蒼は思わず体が固くなる。

「あなたが名波蒼さんね」

「は、はい……そうです」

「初めまして。私は烏水沙夜香(さやか)。この研究所の所長をしているわ」

 表向きはね——烏水所長はそう付け加えた。

 ——表向き……?

 どういう意味か尋ねようと口を開くと、丁度背後でドアが開いた。

「大体さ、お前がフォローしてやんねぇから二葉が怪我したんだろ」

「別に、良いでしょ。本当に怪我をするわけじゃない。それに、私のせいじゃない。誰のせいと言うなら、あんなのを避けられない二葉さんのせい」

「ああ? あのさ、前から思ってたけど何でお前は——」

「い、良いって、来未ちゃん。雪羽(ゆきは)ちゃんの言う通りだよ。あれは私が悪いんだよ」

 何やら言い争いながら入ってきたのは、三人の女子だった。見たところ、蒼と同年代である。

「三人とも、ご苦労様」

「ああ、今回はちょっと大変だったけどな」

「お疲れ様です、所長」

「お疲れ様です。烏水さん」

「んで……この人がお客サン?」

 茶髪の少女——多分さっきの音声の人——が蒼を指差す。

「ええ、そうよ」

「ふうん」

 茶髪の娘は値踏みするように蒼を観察した。基本的に人嫌いな蒼にとっては、こうして他人にじろじろ見られるのはあまり気分の良い物ではない。

「あの、何か」

「いんや、別に」

 そう言いながらも、視線はずっと蒼に向いている。

「新入り?」

「そうなるかどうかは、この後の説明次第ね」

「あの」

 蒼は堪らず口を開いた。

「これは……?」

「そうね。まずは説明が必要ね。ここでは何ですから、休憩室に移りましょう」

 そうして連れてこられたのは、廊下に幾つかあった部屋の一つだった。休憩室の名の通り、ソファとローテーブルの他に、ドリンクバーが置かれている。

 適当に座ってと言われたので、取り敢えず下座に座る。ソファは想定していたよりも柔らかく、背もたれに倒れ込むようになってしまった。

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