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ゼロの世界のゼロの物語  作者: 露隠端月
エピソード0-1——"出会い"
3/32

1.[転入生 ②]……デート?

 午前の授業が終わると、生徒達は一時的に授業から解放される。昼休みという限られた時間を、生徒がどこで過ごすかは自由だ。教室、食堂、ラウンジ、中庭、屋上……学校の敷地から出なければ、どこで過ごしても良い事になっている。

 この時間を、蒼は自分の席でやり過ごす。

 蒼のクラスでは、他クラスの教室や食堂を利用する生徒が多いため、教室には三人から四人程度の小さなグループが幾つかと、蒼のように一人でいる生徒が数人いるだけだ。

 蒼は売店で買った廉価(やす)いジャムパンを齧りながら、興味の無い小説の文字列を鬱々と眺める。それも数分で飽きて、パンを食べ終わるなり机に伏せた。

 空席になった隣の席を見る。

 ——春は今何してるんだろ。

 昼休みが始まるとともに、春は何人かのクラスメイトと一緒に教室を出て行ってしまった。きっとその友達候補達と仲良く昼食を摂っているのだろう。そう考えていると、蒼の胸の奥が少し重くなった気がした。

「はあ……」

 ——私も交ざりたい。

 もっと言うなら、春と二人だけで話してみたい。

 でも蒼にはできない。

 今頃は、隣の席の人とは関わらない方が良いだとか、あんな人が隣なんて可哀想だとか、そんな話を吹き込まれているのかもしれない。

 胸の奥の物が、また重みを増した。

「名波蒼さん、ですよね」

 蒼の背後から、控えめな声がした。振り向かなくても判る。これは春だ。

 嬉しさで飛び上がってしまわぬよう気持ちを抑えながら、蒼はゆっくりと振り向いた。

「何」

 応え方が少し冷たかっただろうかと、蒼は少し後悔した。

「あの、少し話、良いですか?」

「わ——」

 思わず声が裏返りそうになるが、何とか堪える。

「私に?」

「はい」

「ど、どうしたの?」

「ここじゃあちょっと……」

 そう言って春は教室を見渡した。

「あの、人のいない場所って、ありますか」

「ここじゃあ不祥(まず)いの?」

 春は小さな顔をこくりと頷かせた。

「なるべく人に聞かれない場所が良いって事?」

「はい」

 春はまた首肯する。

 どうしたのだろうと訝しみつつ、蒼は候補を考える。

「図書館——は、静かすぎて逆に目立つか……。じゃあ渡り廊下はどうかな。美術室に行くとこ——って言っても判らないか。そこなら人も通らないけど」

「じゃあそこでお願いします」

「ついてきて」

 そう言って蒼は徐に席を立ち、誘導を始める。

 ——春と喋った春と喋った春と喋った!

 それどころか、今一緒に並んで歩いている。

 蒼の心はこれ以上ない程躍っていた。

「えっと、それで私に何の用なの?」

 平静を装いながら蒼が尋くと、春はしばらく間を空けてから、

「それは……まだ言えません」

 と応えた。

 ——これはもしかして。

 一瞬、告白という文字がちらついたが、いやいやそれは浮かれすぎだろと、蒼は自制する。

「えっと、他の人は良いの? お昼食(ひる)、一緒に食べなくて」

「私はもう食べました。みんなには先生に用があると言ってきたので、大丈夫です」

「そう」

 ——つまり私の方を優先してきたという事か。

 ついそんな都合の良い解釈をしてしまう。

 教室棟を出ると、実習室棟と美術棟へ続く渡り廊下がある。蒼はその分岐点で立ち止まり、手すりに寄りかかった。

「で、私に何の用?」

 春は周囲に誰もいない事を確認してから、漸く口を開いた。

「あの……」

 春はこれから言う台詞を躊躇うかのように顔を俯かせた。

 風が春の柔らかそうな前髪を梳く。ほんのりと甘い香りが蒼の鼻に届いた。どきりと、心臓が跳ね上がる。

 何かを決意したように、春は顔を上げた。

「名波さん」

「は、はいっ」

「あの、変だと思うかもしれませんが、落ち着いて……聞いて下さい」

 蒼の心拍数がさらに上昇する。

 ——これ、本当に告白なのでは……!

「今朝初めて見た時に思ったんです。私、名波さんが……」

 やはりこれは告白だ。蒼はそう確信した。それならもう返事は決まっている。

「能力者じゃないかって」

「も、もちろんっ私で良けれ——え?」

 ——ん?

 春は今何と言っただろうか。蒼は一度、脳内で記憶をリプレイしてみる。

 ノーリョクシャ——と言ったのだろうか。

 ——濃緑茶? 能力者?

「ごめん……何て?」

「だから、能力者です。こうして言うと恥ずかしいんですから……」

 何度も言わせないで下さい——そう言って春は、恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまった。

 可愛い……。

 ——じゃない! いや可愛いけども!

 蒼は深呼吸をして、胸の高鳴りを落ち着けた。

「えっと、何? 能力者?」

 何を言っているんだこの子はと、蒼が春の表情を窺うと、彼女は至って真面目そうに、はいと首肯した。それが逆に可笑しくて、蒼は笑いが漏れそうになる。

「私が?」

「はい」

「何の」

「多分、予知能力か、心が読める——読心能力かと」

 あくまでも真剣そうに春は応える。

 無い無いと、蒼は手を扇いで否定した。予知だとか心を読むだとか、そんな漫画みたいな事、妄想こそすれ、現実には存在しない。

「あったら良いとは思うけどね」

「わ、私の名前、当てましたよね」

「それは……」

 あれは、夢で出てきた名前をつい口にしてしまっただけだ。ただの黒歴史である。能力でも何でもない。

「な、名波さんは今まで、もしくは最近、デジャヴのようなものを感じてませんか」

「いや——」

 無いよ——と言いかけて、蒼は考える。

 確かに、夢に出てきた人物が、現実の日野山春と顔も名前も全く同じだというのはあり得る事だろうか。これはある種、デジャヴと言えるのかもしれない。

 何より、こんな可愛い子がこんな真剣に言っているのだから、漫画チックな力も本当に存在するに違いない。

 蒼の心の天秤が傾いた。

「あるかも」

「本当ですか!」

 春の顔がぱっと明るくなる。蒼はすかさず心のシャッターを切った。やはりこの選択は間違っていなかったのだ。

「良かったあ……」

 春は手摺に掴まり、安堵の溜め息を盛大に吐き出した。

「どうしたの?」

「だって……名波さんが能力者じゃなかったら、私、ただ中二病を拗らせた人みたいじゃないですか」

「まあ、確かに」

 実際蒼も、春の口から予知能力だとか読心術だとかが出た辺りではそう思っていた。

「でも、違うんだよね」

「はい。違います」

 春は起き上がり、蒼と向き合った。

「そして……頼みがあります」

「頼み?」

「ま、まずは放課後、来てほしい場所があるんです」

「来てほしい……」

 それはつまり、一緒に行きたい場所があるという事だろうか。それなら大歓迎だ。春とならどこへだって行く。

 ——行きたい場所って? 何しに? デート? これはデートのお誘い?

 デートなら、服を買い合ったりお揃いの小物を買ったり、そのうち手なんかも繋いだりして……蒼の妄想が膨らむ。

「どうしたんですか?」

「はっ——いや、何でもない。行くよ。行く行く」

「ありがとうございます」

 じゃあ、放課後に——そう言い残して、春はパタパタと教室棟へ戻って行った。

 ——デート……春と、デート……。

 それからの授業は、春との約束の事で頭が一杯だった。お蔭で、教師に指名されても返事すらできない体たらくである。そうでなくとも、普段から授業なんてまともに聞いていないのに、これではただ椅子に座っているだけだ。

「な、名波さん」

 春の声がして我に返ると、授業どころかホームルームが終わっていた。

「行きましょう」

「うん。行こう」

 バッグを取り、春と並んで教室を出る。閉まる扉の隙間から、春の席に集まっている生徒が嫌な視線を送っているのが見えた。多分、春に一緒に帰宅しようと誘い、断られたのだろう。断られた理由が蒼なのだから、この反応は当然だろうと思う。

 でもそれは無視だ。今は春とのデートを楽しみたい。

「でさ。行きたいとこって、どこ?」

 校門を過ぎたところで、蒼は切り出した。

「ここでは詳しくは言えないのですが、実は私、ある組織に所属しているんです」

「組織?」

 また中二病の人が使いそうな単語である。

「えっと、組織っていうか、研究所のようなものです。そこでは心理学などを中心にを研究しています」

「え? 春——っ日野山さんはそこの研究員って事?」

 いえ違いますと、春は手を必死に扇いで否定した。

「わ、私は研究をしているわけではないです」

「じゃあ何してるの?」

「私は……いえ。それも着いたら教えます」

 それから徒歩で約二十分。着いた場所は、主に白い塗装が施された、一部がガラス張りの建物——一見すると病院のような施設だった。けれども先程通過した門柱に貼られた金属プレートには、「総合心理学研究所」の文字がロゴマークと共に刻まれていた。

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