学校の勉強は大事
甘酸っぱくない。酸っぱい話。
僕の数少ない女友達の話。
大学時代僕はテニスサークルに入っていた。ただ、それは名前だけのものであって、そのサークルでテニスをすることは卒業まで一度もなかった。
つまり定期的に飲み会を開けるコミュニティのようなもので、テニスでもスケボーでもサーフィンでも何だって良かったんだと思う。
サークルに所属している人数は百人以上いたので、僕は飲み会に行くたびに新しい知り合いが出来ていった。
三度目に参加した飲み会で、いろんな話をした後、理想のタイプについてみんなが話していた。僕らのテーブルには男女あわせて八人くらいいたと思う。
「俺はさ、賢い人が好きなんだ。でも勉強が出来るって意味じゃなくて、なんかその、わかるよね?」
その日、場を仕切っていたよく気が利く三年の男の先輩がいった。
彼はそこにいた女の子たちにバランスよく話を振っていた。僕には全く話を振ってくれることはなかったけど。
「それなんか分かるかも。テストの点数悪いのに凄い頭の回転がはやいみたいな。」
一人の女の子が共感してそう言うと、他の女の子たちも、そういうの良いよね?と話し始めた。
当時メディアで話題になっていた年商数十億のIT企業の社長は、テレビ局の取材で学校の勉強は殆どしてこなかったと言っていた。
その時僕はその話にあまり共感したくないと思った。
僕の横でずっとつまらなさそうにしていた女の子が、ちょっといいかなと話に割って入った。
「私も賢い人が好きだわ、学校の勉強をちゃんとして偏差値が高いという意味でね。」少し鼻にかかる可愛らしい声だったが、言っている内容は批判的で、その場の空気を台無しにするには充分だった。
言い終わると、あなた達とは価値観があわないみたいと、鞄を手に持って店から出て行ってしまった。
静まり返った空気の中、僕も彼女を追って店を出た。
居酒屋から出て駅の方に向かって歩いている彼女に追いつき、ちょっと待ってと話しかけると、なに?という表情で振り返る。
「なんか君がさっき言ってた話、僕もよくわかる気がして。」
勢いで追いかけてきたので、そこから先が続かない。
「あなた私の横にいた人ね。あの男の話がとてもつまらなかったから、我慢できなかったの。」
場の空気を壊して悪かったというような雰囲気は全くなかった。
「僕は他人の意見に合わすだけで、あんな風に自分の考えてること言えないから、凄いなって思ったんだ。」
なんで追いかけてきたんだっけと。この女の子ともう少し話したいと思ったのかもしれない。
「君はそんなこと言う為だけにわざわざ抜け出してきたの?」二人の身長差が自然と彼女を上目遣いにさせる。綺麗な瞳だった。
「ごめん、勢いで出てきちゃって、それだけ。」
僕は女の子と上手く話せるような人間ではないのだ。
彼女はハァっと軽くため息をはいた。
「君もてないでしょう?」
そう言って腕時計で時間を確認する。やれやれといった表情をしている。
「女性との交際経験が多いことをもてるというなら、確かに僕はも」僕が話し終わる前に彼女が一歩こちらに近づいて言った。
「そういうのいいから。その交際経験がないあなたが、呼び止めた女性に今何を言うべきかわからない?」からかうように、どこか面白がっているようだった。
交際経験がないとはいってないのに。なんとか言い返したいところだが、彼女の上目遣いに、彼女との距離に心臓がバクバクする。
「こういう時はね、もう少し話したいから近くのバーで飲み直しませんか?って誘うのがマナーなの。」
さあ誘いなさいというように僕の目を見たまま一歩下がる。
「あの、えっと、その、僕と近くのバーで飲み直しませんか?」勇気を出して言った。
「嫌よ、私はそんな簡単な女じゃないの。」
彼女はニヤニヤと笑っていた。
それが先輩と初めてした会話のやりとりだった。
読んで貰えたなら嬉しい限りです。