第四話「旅立ち」
翌朝、ケビンとジャックは家族に別れを告げて長年親しんだ家を後にした。最後までエマがケビンを離さず、挙句の果てには旅についていくとまで言い出したが、最終的にはマリアンヌに爪を立てた猫を持ち上げるみたいに引きはがされて、ケビンたちはようやく出発できた。ハイネン村はケビンたちの家から一日かけて歩いてようやく着くのだ。二人は逸る気持を抑えながらの道中となった。
「なあジャック......」
「あん? なんだよ?」
歩きながら不意にケビンはジャックに話しかけた。ジャックにとってどうしても聞きたいことが一つあったからだ。
「いや......ずっと聞きたかったんだけどさ......どうして俺のことを待っててくれてたんだ?」
「どうしてって......戦士と魔導士で行動した方がバランスいいだろ?」
「だけどそれで守護士になってから二年も棒にふっているじゃないか。それくらいなら先に行っててくれても......」
「おいおい~愛らしい弟よ~お兄ちゃんは寂しいぞ? お前を置いていけるわけないじゃないか?」
ジャックはおどけて言った。
そしてケビンはため息を一つついた。こういう時のジャックは決して本当のことを言わないのだ。
「おいケビン」
不意にジャックが真剣な表情で言った。ジャックも無言で一つ頷いて腰の剣を抜いた。いつの間にか辺りの草むらから殺気が充満していたのだ。
そして草むらの中から何頭もの影が出てきた。二人はすっかり囲まれていた。数は7,8匹ほどであろうか。猪の姿をした魔獣であった。通常の猪と違うのは牙が尖っていることと、目の色が濁っていること、それに明確に人間への殺意が満ちていることだった。
魔獣は彼らの世界においてかつての神々の戦いにおいて、悪神マリウスが善神ゼレウスに与した人間を滅ぼすために生み出したものとされていた。ゆえに魔獣は人間を見ると襲い掛かってくるのが常識であった。
「デビルボアか......ちょっと数が多いな.後ろは任せてもいいんだよな? ケビン」
「むしろ魔導士なんだから下がってろよ」
そう言ってケビンは不敵に笑った。デビルボアならフィルやジャックと一緒に何度も退治したことがあった。油断する気はないが今更負ける気もなかった。
にらみ合いから一転、ケビンは魔道具を発動させるとともに剣を横薙ぎに払った。
「火扇剣!」
ケビンの剣から火炎が迸り、扇状に広がって目の前の魔獣たちをまとめて焼き払った。辺りには肉の焼ける香ばしいにおいが漂った。ケビンは炎属性である。魔導力自体はジャックに比べると劣るが、ハイデルベルク流の剣技と併せると広範囲に攻撃できるすさまじい威力を持っていた。
まずは三匹、残りは五匹。ケビンはそう思って視界の隅に捉えていたデビルボアの方向を向こうとした瞬間だった。死角から一匹のデビルボアが襲い掛かった。
「グランドウォール!」
しかし、デビルボアの鋭い牙がケビンに食い込むことはなかった。ジャックがすんでの所で杖の魔導器を発動したからだ。地面から壁がせり上がり、下からデビルボアを吹っ飛ばしていた。
「油断するなよ」
ジャックは得意気にケビンに言った。ジャックは地属性だった。本来地属性は防御が得意な属性なのだが、ジャックのセンスが合わさると攻撃に転じることもできた。
「さんきゅ! わかってるよ!」
そう言いながらケビンは次々に敵を一撃で斬り伏せていった。剣に火炎をまとわせ、縦横無尽に振るうさまはまるで、火炎の大蛇が獲物目掛けて首筋に噛みつく様を彷彿とさせた。
そして二匹倒し、残り一匹といったところで、ケビンは気付いた。先ほどまでもう一匹いたはずである。ケビンは目の前の敵を斬り伏せつつ叫んだ。
「ジャック!」
その瞬間、ジャックの後ろから草むらにいつの間にか潜んでいたデビルボアが飛び出して襲い掛かった。
しかしこの奇襲も空振りに終わった。ジャックは魔導士であるにもかかわらず、その筋力に任せて杖を思いっきり横殴りに振るったのだ。ジャックの一撃は見事デビルボアの顔面をとらえ、顔の形をひしゃげさせて、吹っ飛ばした。その飛距離はさっきの魔導と同じくらいであった。
ジャック・ブライアン......彼は接近戦をすることで自分の筋肉が傷つくとを嫌って魔導士になった男であった。
ケビンは不敵に笑うジャックと哀れなデビルボア(だったもの)を不憫そうに見ていた