第五十七話「帝国公爵」
「さて、例の貴族が滞在しているっていうのはこの辺りか?」
ケビンが辺りを見回しながら、レインに尋ねる。レインはこくりと頷いた。
「ああ、あそこだよ。あのホテルさ」
そう言ってレインは近くにある、ひと際豪華な建物を指さした。ケビンとフェリスはその豪華さに感心する。
「へえ~すごいな。こんなホテル見たことないよ」
「相当ハイクラスのホテルね」
「ああ、この街は航空艇の寄港地だからな。こういう外国人の賓客用の宿屋もなければってことで建てられたんだ」
「なるほどね。これは御貴族様の報酬も相当期待できそうね」
フェリスがいやらしい笑みを浮かべて、くっくっと悪役のように笑う。ケビンもレインもその姿を見て冷や汗を流していた。特にケビンは、どことなく笑い方がダーモットに似ているな、と考えていた。言えば怒られるのが分かっているので決して言わないが......。
さて、気を取り直してホテルへと足を踏み入れる。中もきらびやかで、ここだけ別世界のようであった。
ケビンはカウンターで、貴族の依頼を見てきたことを、従業員を通して伝えてもらう。従業員の対応は丁寧なもので、かしこまりましたと言われて、ケビンたちは近くの休憩室で待たされた。
「なあ、なんかこのホテル、妙に従業員があわただしくないか?」
「あら、奇遇ね。私も同じことを考えていたわ」
そういって、ケビンとフェリスは後ろを向いて客室の方を見やる。そこではホテルの従業員と思しき人たちが、何かを話し合いながら、雰囲気に似合わない様子で動き回っていた。
「変だな。このホテルがこんな風に騒がしい様子なんてあまり見たことないけど」
レインが首をひねっている。
「レインはこのホテルに泊まったことがあるのか?」
「親父と一緒にお客さんの話を聞きに来たことがあるだけだよ」
「お客さんって、航空艇の?」
「そ、外国の賓客とかそのお供の航空艇乗りの人たちとかね」
「へ~今回の人には会ったことあるの?」
ケビンの言葉にレインは困ったような顔をした。
「実は直接会ったことはないんだ。親父が会ったことあるだけで。ただ毎回無茶振りされてるみたいだからあんまり期待しない方がいいぞ?」
「お待たせいたしました」
「「「わっ!」」」
いつの間にか音もなくテーブルの横に男が一人立っていた。突然の声にケビンたちは驚いた声を出す。
壮年の男だった。仕立てのいい執事服に袖を通し、黒髪を撫でつけて悠然とケビンたちの近くに立っていた。
「驚かせて申し訳ございません。わたくし、公爵様の筆頭執事を務めておりますウルライヒと申します。以後お見知りおきを」
丁寧な挨拶をされてケビンたちも恐縮する。その様子を見てウルライヒは微笑んだ。その笑みだけで、緊張を和らげるような雰囲気を作る。一流の執事はこういうものかと、ケビンたちは素直に感心した。
「公爵様の所までご案内させて頂きます。付いてきてください」
そう言って、ケビンたちに後についてくるように促す。どこかで見た展開だなと、ケビンとフェリスは一瞬躊躇した。
フェリスがケビンの脇腹をつつく。
「あの人も人形だったりして」
「もう勘弁してくれ......」
ケビンはげっそりした。記憶が新しい分、余計に力が入ってしまう。
そしてホテルの中でも豪奢な扉の前に来ると、ウルライヒは扉を三回ノックした。
「公爵様、守護士の方々がいらっしゃいました」
「入れ」
中から男の声が聞こえる。ウルライヒは扉を開けると、ケビンたちを招き入れた。ケビンたちが扉をくぐると、一人の男が窓のそばに立っているのが、眼の中に飛び込んでくる。
「そなたらがこの国の守護士か?」
随分と尊大そうな男だった。腹がでっぷりと出ていて、髭を生やしている。髪はきれいな金髪だが、フェリスたちを見る目がいやらしく、あまりいい印象を受けなかった。
「初めまして、公爵様。守護士のケビン・ブライアンと申します」
ケビンが挨拶すると、公爵はあまり興味のなさそうな顔で返した。
「ああ、うむ。栄えあるセルティアン帝国公爵ーーディルムッド・フォン・オルランド・エイガムである。依頼の詳しい内容はそこのウルライヒから聞くがよい」
そうして、公爵は背を向けて部屋の中心にある椅子にドカリと座った。あまりの素っ気ない態度にフェリスもレインも不快感をあらわにする。しかし、公爵はそんな様子に気付くこともなく、欠伸なんかをしていた。
「では、わたくしめから失礼いたします」
ウルライヒが喋りはじめると、ケビンたちはそちらの方に体を向けた。
「実は公爵様は長旅の影響で大変お疲れになっておりまして」
「はあ」
ケビンは思わず気のない返事をしてしまった。ウルライヒはその様子に気分を害することなく、話を続ける。
「家臣一同どうにかして、公爵様の疲れを癒してあげることが出来ればと思いまして。それでこの町一番の薬師のもとを訪ねました」
「ふむふむ」
「それで滋養強壮によく効く薬というものがあるらしいのですが、どうやら今材料を切らしているらしくてですね」
「なるほど」
「大方の材料はホテルの従業員に集めてもらっているのですが、一つだけどうしても難しいものがございまして」
「あっ! だから従業員の人たちが忙しそうにしてたのね!?」
フェリスが手をぽんっと叩いた。
「はい。なのでそれだけ守護士の皆様方にお願いできればと」
「なるほど、それでその材料とはどのようなものですか?」
「アラド火山に生息する、フレアフライと言う蝶の形をした魔獣の鱗粉です。これがどうしても必要らしくて」
「アラド火山?」
聞いたことない地名にケビンが首をひねった。
「アラド火山はナイネル連峰の中の一つの休火山だよ」
レインが説明してくれた。
「そうなんだ。でも火山って危なくないのか?」
「そこに飛び込んでいくのが守護士であろう?」
急に割り込んだのは公爵だった。相変わらず尊大な態度でこちらを見下したように話す。
「守護士なんぞ、雑用みたいなものだろう? つべこべ言わず、さっさと取ってくるがいい」
「はあ?」
フェリスが柳眉を逆立てた。
「あんた、なんのつもりで......むぐっ!」
ケビンが慌ててフェリスの口をふさいだ。二人が小声で話す。
(ちょっと! あんなこと言われて黙っているつもり!?)
(落ち着けって。こんな所で外交問題なんてごめんだ。それに今回の本当の目的は、帝国に怪しい行動がないかの調査だぞ? ここで騒いだら台無しだろう)
(それはそうだけど......ぐぬぬ)
フェリスは拳を握りしめて、怒りをこらえていた。
「ん? なんだ? 何か文句があるのか?」
公爵がケビンたちを訝しげに見る。
「あはっはっは~まさかそんな? 公爵様のお姿が偉大過ぎて真っすぐ見れなくなっただけですよ~」
レインがフェリスを隠しながら、見え見えなお世辞を飛ばす。しかし、それで公爵は多少機嫌がよくなったようだ。
「ほう? そうかそうか。平民にしては殊勝な態度だな。褒めて遣わすぞ? これで好きなものでも食べるがいい」
そう言って、公爵はケビンたちの足元に金貨を一枚放った。帝国金貨は価値が高い。あれだけで平民なら一月は暮らせる。それを気軽に放れるという事は確かに大金持ちみたいであった。流石に受け取れないと断ろうとしたときに(フェリスはまた暴れているので、ケビンが片手で制しつつ)、黙ってみていたウルライヒが目をかッと開いた。
「公爵様!」
うっと公爵がのけぞる。どうやら今の公爵の態度に物申したようだ。
「あ~わかったわかった。早く行ってくれ。私は忙しいのだ」
そう言って公爵はソファで昼寝を始めた。とても疲れているようには見えない。ケビンはいまだ不満気なフェリスを抑えつつ、レインを連れて外を出ようとした。その時、ちらりとウルライフの方を見ると、ウルライフは申し訳なさそうに、ぺこりと一礼してきた。
誤字報告いただきありがとうございます!
設定途中で変えたところでした...潰し切れていなかったのか...




