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第三話「団欒」

 その日のブライアン家の食卓にはケビンの好物ばかりが並べられていた。蜂蜜を塗った大麦パンに数種類のハム、ポテトサラダとカリッカリのから揚げ......普段なら特別な日にしか食べられない御馳走たちであった。


御馳走の上では笑い声が飛び交っていた。


「あ! ケビンお兄ちゃん! これも食べなよ!」


「ありがとう。エマ。でももう食べられないよ?」


 ケビンの前にはとても一人では食べきれない量の料理が盛り付けられていた。エマがこれでもかとケビンによそぎ、食べきったところでまた同じ量をよそいでくれて、それをケビンは冷や汗を流しながら食べていた。


「はっはっはあああ!! まだまだぬるいなぁぁぁ! ジャァァァッックゥゥゥ!」


「グオッ! このクソ親父......いい加減齢考えやがれ......」


「だ・れ・が!? クソ親父じゃぁぁぁぁ!! パパと呼べぃ!!」


「ふぬぉぉぉぉ!? 更に筋力が上がっただとぉおぉぉぉ!」


 対面ではジャックとフィルが腕相撲に興じていた。人並み以上に体格の大きな二人が力比べをしているのは、互いの筋肉が膨れ上がり、汗が噴き出るのも相まって、暑苦しいにもほどがあった。


それをマリアンヌは二人の頭をパパっンと小気味よくたたきながら次々と料理を机の上に並べていった。食事の最中に見る催し物としてはあまりにも見苦しかったからだ。


そんないつもと比べて少しだけにぎやかな食卓はこれから来るであろう寂しさをほんの少しだけ忘れさせるものだった。


食後のデザートはプディングだった。甘くてクリーミーな部分と苦味のあるカラメルが絶妙なハーモニーを奏でていて、家族は大満足だった。


 そして最後に、食後のコーヒーを飲んでいるとフィルがおもむろに口を開いた。


「さて、それでは......ケビン、ジャック。ターナーから正式に守護士としての任務を言い渡す」


 そう言われると二人ともさっと居住まいを正した。関係のないマリアンヌとエマでさえ、緊張で顔をこわばらせて聞くことにした。それもそのはず。守護士の仕事は危ない橋を渡るものも多く、家族は命を失う覚悟を常に持っておかなければならないからだ。その様子を見たフィルは一度ゆっくりとうなづいた。


「うむ。まず二人にはハイネン村に向かって欲しい。そこで村長から依頼があるはずだから詳しい話は彼から聞くといい。その後は現場に向かい守護士の任務をいくつかこなすということだ」


 話を聞いた途端二人は首を傾げた。ハイネン村は二人ともよく知っている場所だった。のどかな村で住民は優しく、温泉が名物だったので、フィルが休みで家に戻っていると、家族旅行でよく行ったものだった。そこまで大きな村ではないので、もちろんケビンもジャックも村長とは顔見知りであった。


それゆえ不思議だったのだ。ハイネン村は守護士に依頼すようなトラブルなどここ数年起きておらず平和そのものであったからだ。ケビンは何気なくフィルに尋ねた。


「ハイネン村で困りごとなんて珍しいけど、どんな内容なの? あの村は守護士に依頼するような余裕もそんなにないから自分たちで大抵のことはどうにかするのが通例なのに」


「それは言うわけにはいかんな。現地で情報を集めるのも守護士の任務の一環だ。もちろんターナーの方で、お前たちが解決できるレベルのものをピックアップしてくれているだろうから心配することはないが、これから守護士としてやっていくならばこういう技能も身に付けていかなければな」


 フィルは父としてではなく、守護士の先達として語っていた。息子たちがどのようなことがあっても生き延びられるように少しでも彼の経験を教授するつもりであった。


食卓には緊張感が漂っていたが、その空気を破ったのは彼の娘であった。


「父さんのケチ! そんなこと言わずに教えてあげなさいよ!」


「ケ......ケチ!? いや? エマ? パパは彼らに守護士として生きていく術を教えようと......」


「そんなのどうでもいいわよ! 今日からお兄ちゃんと会えなくなっちゃうかもしれないのに! さっさと教えてあげればいいじゃない! そんなんだからいつまで経ってもママの尻に敷かれてるのよ!」


「そうだ! ケチ親父! 俺ら初めての任務なんだからちょっとくらい教えてくれたっていいだろう!」


「ぐぬぬ......お前ら......」


 ジャックまでも悪ノリし始めて文句を言った。フィルもジャックはともかく、エマに涙目で訴えられるとどうにも弱かった。父親として娘に嫌われるのはなんとなく避けたかったのである。


その様子をケビンは苦笑いで見ていた。昔からエマはいつもケビンの味方であった。小さい頃、遊ぶ相手がケビンくらいしかいなかった影響であろう。(ジャックは自分を追い込んで筋肉を鍛えるのに熱中していた)


こういう時、ケビンが下手に口出ししてしまうと事態はさらに悪化してしまうのが常であった。だから我が家では場が荒れると絶対的権力者が強引に場を治めるのである。


「ガタガタ言うんじゃないよ! あんたら!」


 家中に彼女の大喝一声が響き渡った。もちろんマリアンヌの声である。彼女の声が聞こえた瞬間、エマとジャックは(なぜかフィルも)気を付けをしてその場で不動となった。マリアンヌはその場で騒いでいた一同を睥睨し、重々しく口を開いた。


「エマ......それにジャック」


「「はい!!」」


 二人一緒にカタカタと震えながら返事をする姿はまるで元帥を前にした新兵のそれであった。マリアンヌは指に煙草を挟み、それを口にくわえてふーっと息を吐きながら、目を細めて二人を見やった。紫煙がゆっくりと昇り竜のように天井に上がっていく。


「ケビンはこれから男を上げにいくんだ。ついでにジャックもな。私らがそれを邪魔をしたらいけないのはわかるだろ? エマ?」


「はい......」


 エマはぶすっとした顔で返事をした。納得していないのは傍から見てもありありとわかったが、母に逆らえばこの家でどうなるかをエマは身に染みて知っているのだ。


「それからジャック......」


「なんだいママ?」


「黙ってろ」


「はい......」


 軽口を放とうとしたジャックは蛇に睨まれた蛙のようにうつむいて黙ってしまった。


「最後にフィル!」


「はい! ママ!」


 流石は元軍人のフィルだ。姿勢も返事も三人の中で一番堂に入っていた。かつての恐怖を思いだすのか。マリアンヌはかつてフィルが将軍だった時、軍医を務めていたらしい。その時からフィルは全くマリアンヌに頭が上がらなかった。


「何も食卓で仕事の話をしなくてもいいだろう? そんなものやっとけと言うんだ。今は家族の時間だ」


「はい......」


 三者三様にうなだれる姿を見つつ、マリアンヌは柔らかく笑った。先ほどまでの鬼軍曹ぶりが嘘のようにまるで女神の微笑みのような美しい姿であった。


「さあみんな気分を変えて、久しぶりにカードゲームでもしよう」


 女神からの許しをもらって、三人はぱっと顔を輝かせた。そして彼女の気分が変わらないうちにゲームの準備をすすめた。


その姿を見ながらマリアンヌは片眼をつむってさっとケビンにウィンクして見せた。ケビンは苦笑して、この母には一生かかっても勝てないだろうなと感じていた。

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