第三十二話「エレン・ミンスター」
マース地方は峻厳な山々に囲まれた土地である。元々は五導石の鉱山地方として発展した場所であったが、空導石の産出が比較的多いことから、今では航空艇の寄港地として利用されることが多くなった。
大陸中の空路として航空艇が集まり、航空法自体の整備も整っていないことから、中心であるドキア市は治安が悪くなり、繁華街が繁盛する街となっていた。
その街を目指して、ケビンたちはかれこれ三日間山を登り続けていた。
「ぜーぜー......いつまで登ればいいんだよこれ......」
ジャックが野性味あふれる顔を歪ませて文句を言う。
「まさかこんなにかかるとはね......地図で見た時はそんなに遠くないと思ったんだけど......こうも道がうねってるとは......無駄に遠回りしている気分だよ」
ケビンが同じく疲れはてながら同調した。ウェルカ市を出た時は意気揚々として二人もまさかここまで険しい道のりだとは想像もしていなかったのである。
「ちょっと~早くしないとおいていくわよ~」
ケビンとジャックの前には一段高く先に登ったフェリスがいた。いつもの活動的な服を着て、汗一つかかずに足場の悪い岩場をすいすいと登っていた。
「なんであいつだけあんなに簡単に登れるんだ?」
「軽いからだろ? 主に胸が」
ゴンッ!
そうケビンが言った瞬間、ケビンの顔面にどこからともなく飛んできた岩がめり込んだ。
「あら? ごめんあそばせ? 腕が滑ったの」
滑るのは手ではないだろうか?
そんな疑問をジャックが考えていると、暫し地面に倒れこんでいたケビンが鼻血を流しながら起き上がって、フェリスに指をさして抗議した。
「危ないだろうが! 落ちたらどうするんだ!?」
「落とす気でやったのよ、バカ!」
「誰がバカだ!」
「あんたよ、あんた。もう一発くらえ!」
「うおお!?」
「うらあああぁ!」
さっきより遥かに大きい岩をフェリスが投擲した。一体どこにそのようなパワーがあるのだろうか。
凄まじい勢いで投擲された岩を今度は華麗にケビンが避けた。
「はっはっ! 下手くそ!」
「ギャイン!?」
「「「......ギャイン?」」」
ケビンとジャックが後方を、フェリスが岩の着地点を見ると、そこには先ほどの岩をぶち当てられたモノがいた。
それは怒りの表情で立ち上がると「うおおぉぉーーん!」と一声鳴いた。
「犬型魔獣・ハウンドドック!?」
フェリスがその正体に気付いた。先日のヘルドックが改造される前の魔獣である。
「気をつけなさい! そいつは群れで行動する魔獣よ! 近くに仲間が......」
フェリスが警告したが遅かった。すでに周りはハウンドドックの群れに囲まれている。ケビンたちも急いで武器を構えた。
「一......二......十六体か......ちょっと多いわね......」
「多いどころじゃねえだろ......かなりやばいぞこれ......」
普段冷静なジャックも冷や汗を流していた。多勢に無勢、しかもこちらは慣れない山越えで体力を使い果たしている。かなり分が悪い状況であった。
「ケビン......あんたが悪いんだから囮になりなさい?」
「ふざけんな! 元はと言えばフェリスが岩をぶち当てたからだろう!」
「あんたがなめたこと言わなければこうならなかったでしょう!」
「二人とも!? 言ってる場合か!」
ジャックの言葉に二人ともはっとした。確かにこのようなことをしている場合ではない。この状況を切り抜ければいけないのだが、ハウンドドックはその方法を考える時間をくれそうにはなかった。
今にもハウンドドックが飛び掛ろうとした時だった。
「助けが必要かね?」
どこからともなく声がした。女性の声だ。
「どこだ!?」
ケビンが辺りを見回すが影も形も見当たらない。
「あそこよ!」
フェリスが崖の上を指さした。そこには人影が一つあった。逆光に当たっており、どのような人物がいるかは見えない。
「ふーはっはっはっ! とうっ!!」
女性は腰に手を当て、高笑いしていたかと思うと、そのまま一回転しつつ崖から飛び降りた。
「きゃあっ!」
「危ない!」
ケビンたちは悲鳴を上げた。崖は少なく見積もっても建物五階分の高さである。ケビンたちは女性が地面に叩きつけられる姿を想像した。しかし、そうはならなかった。
女性は両足で見事に着地し、ターンをして後ろを向き、ブーツを履いたかかとをびしっと地面に下ろした。バーンッという効果音まで聞こえてきそうな見事な着地であった。
きれいな女性であった。輝く金髪に緑の瞳、小奇麗な旅行着は、彼女を深窓のお嬢様がひと時のバカンスに遊びに来たような雰囲気を醸し出させていた。
背中に背負った身の丈以上もある大剣を除けばだが......
「無辜の民をその無情な牙にかけようとする獣どもよ。善神ゼレウスが、空神ヨハンが、戦神マリウスが貴様らの所業を許しても、このエレン・ミンスターが許しはしない! 行くぞ!」
長々と口上を述べた女性はそのまま背中の大剣を抜き、勢いよく飛び出した。
そして駆け抜けざまに二体のハウンドドックを一刀両断した。とんでもない技量である。
「す! すごい!」
同じ剣士としてケビンが素直に感心していた。
その間にもさらに五体のハウンドドックを切って捨てている。
「流石に多いな! ならばこれで!」
女性が魔導器を起動させた。
「くらえ! オーランド流ーー紅蓮若火!!」
女性の大剣から炎が巻き起こる。まるで爆炎のような炎がハウンドドックたちを包み込み骨も残らず燃やし尽くしていた。
結局ケビンたちが手を出すことなくすべて片付けられていた。口をぽかんと開けているケビンたちのもとへ女性が悠然と歩いてきた。
「いやあ、危なかったな諸君! ケガはないか?」
「あ、はい。ないです。ありがとうございます」
ケビンの反応に女性はうんうんと頷く。
「私の名前はエレン・ミンスターだ。よろしく頼む!」
そういって快活に手を差し出した。ケビンたちは順々にエレンと握手を交わしていく。
「ありがとうございます。守護士のケビン・ブライアンです」
「助かったよ。ケビンの兄で同じく守護士のジャック・ブライアンだ」
「探索士のフェリス・アービングよ。まあ礼を言っとくわ」
またエレンはうんうんと頷く。
「しかしあの数のハウンドドックに襲われるとは運がなかったな君たち」
襲われる原因となったケビンとフェリスはさっと目をそらした。
このままでは危ない気がしたのでケビンは咄嗟に話題を変えることにした。
「そう言えばエレンさん! あなたの剣技はもしかしてオーランド流ですか?」
「うん? よくわかったな。君も剣士か?」
「はい! ハイデルベルグ流です! まだ半人前ですが」
「なるほどなるほど。道理で隙のない身のこなしだ。しかし、ハイデルベルグ流のブライアンというと......もしかしてフィル・ブライアン殿の関係者か?」
「はい! フィルは俺の親父です!」
「なんと! このような所でかの”炎将”と名高き達人の子息と出会えるとは!? 是非とも一手手合わせ願いたいものだ」
「それはこちらこそ!」
ケビンが目を輝かせている。ジャックは二人だけの世界に入っているケビンを肘でつついた。
「おいケビン。俺らにも分かるように説明してくれ......その......アーモンド流とやらを」
「オーランド流! 俺のハイデルベルグ流と同じ大陸五剣の一つだ。帝国の主流剣技で、あそこの軍部の人たちもほとんどがオーランド流の門下生なんだぞ?」
「へえ? じゃあエレンさんも軍部の人なのか?」
「エレンでいい。私はただの門下生だよ。まあ立ち話もなんだ。あとの話は街に着いてからにしないか?」
そう言ってエレンは親指で風都ドキアの方向を指していた。
物語のキーマンの一人、エレンをようやく出せました。
応援してあげてください。




