第三十一話「戦の後」
戦に勝利したその日の晩は大いに騒ぐのが船乗りの流儀である。アメリアの船もその例にもれずウェルカ市の酒場で祝杯を傾けていた。
ケビンたちもその輪に混ざり、代わる代わるケビンたちのテーブルに来て、今日の戦果を称賛する船乗りたちの相手をしていた。
その合間を縫って一人の男がケビンたちに近づいてきた。
「やあ、久しぶりだね。今日は大活躍だったそうじゃないか」
淡い金髪になめし皮のジャケット、動きやすい麻のパンツを穿き、胸には青銅級を現わす守護士のバッチが輝いていた。
「ジュリオさん!」
ケビンが嬉しそうに声を上げた。ジャックもそれに続く。
「こちらこそ。今日の援護射撃すごかったですよ。正確にヘルドックの顔面を捉えたのは”水精剣”の面目躍如ですね」
「ははっ。そう言ってもらえると助かるよ。この街の担当守護士として君たちばかりに活躍させるわけにいかないからね。フェリスも大分手伝ってくれたんだってね。ありがとう」
「別に? 依頼があったからこなしただけよ? 報酬がよければそれでいいわ?」
「そう言えば水導窟も付き合えなくて申し訳なかったね」
「それもいいわよ。ケビンたちがいたから」
「おや? いつの間にか随分仲良くなったんだね」
ジュリオにそう言われるとフェリスは露骨に嫌そうな顔をした。それを見てジュリオが可笑しそうにくすくすと笑った。
「ジャック~、ケビ~ン! 流石俺の息子たち! よくやったぞ~!」
「もう将軍! 飲みすぎですよ?」
そこへフィルを窘めながらやってきたのは親衛隊副官のマリーナだった。
「あ! マリーナさん......今回は親父がご迷惑おかけしました」
「いえいえ、みなさん数日ぶりです。陛下と国民に尽くすのが親衛隊の役目ですから構いませんよ?」
そう言ってマリーナはにこりと微笑んだ。マリーナがなぜこの場にいるのかと言えば、フィルに連れてこられたのであった。
変態を護送していたマリーナはウェルカ市に帰る途中のフィルたちと遭遇した。そして親衛隊の航空艇で髑髏島までフィルたちを送り届けたのであった。
来た道を戻らされてしまったわけだが、マリーナは嫌な顔一つしていなかった。
「本当にご迷惑おかけしました。僕まで送ってもらって」
ジュリオが頭を下げると、マリーナも笑ってそのまま談笑した。
「おお! こんな隅っこの席で今日の英雄が何をしているんだ? 真ん中へ来い真ん中へ!」
代わりに酒瓶片手にやってきたのはアメリアだ。後ろでジェイドも連れだってやってきた。
アメリアは空いている方の手をケビンの片手に回すと、酒臭い息を吐き始めた。その際、アメリアの豊満な胸がケビンの顔に当たって、ケビンが慌てているのを、フェリスは面白くなさそうに見ていた。
そんな二人を苦笑して見ていた、ジャックは真面目な顔でアメリアに尋ねた。
「それでアメリア姐さん。礼の音のない航空艇はその後どうなったんだい?」
「うん? うむ......あれか......実は見失ったんだ?」
「見失った? 王国軍に連絡したんだろ?」
「ああ、親父が王国軍に、ターナー殿が守護士の各支部に、マリーナ殿が親衛隊の情報網にそれぞれ連絡したが、市境を越えたところで完全に見失ったという話だ」
「だがそれだけの眼があって簡単に見失うものなのか?」
「それは仕方あるまい。隣のドキア地方は山脈地域だ。隠れるところはいくらでもある。しかも相手は音の無い航空艇だ。一日中空を眺めてるわけにもいかないから、どうしても気付くのは遅れてしまう」
「ううむ......」
ジャックが悔しそうに唸っていると、ジェイドが口をはさんだ。
「だが、ヒントはあった」
「というとスタントンの言っていた」
「ああ、風の都だ」
「風の都ってドキア地方のマース市のことですよね?」
ケビンが尋ねると、ジェイドが頷いた。
「そうだ。あの街は大陸の航空艇が集まる空路の経由地でもある。音の無い航空艇の情報も入るかもな」
「そう言えば、ジェイド。お前あのスタントンに勝ったのか?」
アメリアに問われると、ジェイドは渋い顔をした。
「勝った......とは言えんな。ジャックが来たとたん退いてしまったからな」
「うぐ! それは一騎打ちの邪魔をして悪かったな」
「いや、構わん。むしろ助かったと言えるかもしれん。正直あのままやっていても勝てたかどうか......」
「それ程の相手だったのか?」
「ええ、終始本気を出していないように見えました」
「それただの商人にしては強すぎない?」
フェリスが疑問を投げかけると、アメリアが首を振って答えた。
「いや、調査の結果あいつらはただの商人ではないことが分かった」
「ただの商人じゃないってどういうこと?」
「あいつらは傭兵団”黒い蠍”のメンバーだ」
「傭兵?」
「ああ、最近は戦争がなくなって活躍の機会も減ったがな。今でも各地で権力者に雇われている連中だ」
「強いの?」
「強い」
アメリアはフェリスの問いに頷いた。
「特に”黒い蠍”は大陸の三大傭兵団の一つだ。スタントンはそこの五つある師団の師団長の一人だという話だ。ジェイドに手加減する余裕があったとすると相当だな」
「あのダーモットもですか?」
ケビンが尋ねた。
「ああ。ダーモットは”黒い蠍”の兵站担当らしい。気になるのはその幹部クラス二人が今回の件に関わっていたという事だ」
「確かにな。聞く限り帝国商人として密貿易をする程度で動く連中には思えない。音の無い航空艇に火薬......もっとデカい事件の匂いがする」
ジャックの言葉に全員が沈黙した。相手の巨大さに対して底知れない不気味さを感じたからだ。
「そう! というわけでギルドから正式な依頼だ!」
そういって明るい声で話に割り込んできたのはターナーだった。どこから聞いていたのか、話はすべて把握しているらしい。
「ケビン、それにジャック! 君たちにはマース市に向かってほしい! そこで普段の守護士の依頼をこなしつつ今回の件の調査も行ってほしい!」
「喜んで!ーーと言いたいですが、どうして俺らなんですか? 今回の件、新米の黒鉄級の守護士が受け持つには少々重い任務のように感じますが?」
ジャックに聞かれるとターナーは困ったように答えた。
「もちろん今回の君たちの功績を評価して、と言いたいんだけど、流石にジャックは鋭いね。簡単に言うと君たちしかいないんだよ」
「親父もジュリオさんもいるじゃないか」
「残念ながらそう簡単にはいかなくてね。さっき話に出ていた”黒い蠍”がどうやら連合との国境で見かけられたらしい。フィル殿にはそちらの調査に行ってもらわなければいけなくなった。同時にジュリオもこの支部から動かせなくなったんだ」
「俺らが残って、ジュリオさんが行くのは?」
「それも考えたんだが、今回の戦いで少々港も混乱していてね。慣れた人じゃないとちょっと依頼をこなすのが難しそうなんだ」
「だから俺たちが?」
「そういうこと。幸いマース市の担当守護士は王国でも指折りの実力者だからね。何かあれば彼を頼りにするといい」
ジャックはしばし何かを考えていたようだが、最後は納得したらしい。それ以上は何も言わなかった。
「ケビンはどう? 引き受けてくれるかい?」
「もちろん! ここで中途半端になるのは気持ち悪いですから」
「うんうん。あとは......フェリス! ギルドから君にも依頼を出したい。ジャックとケビンに引き続き協力してくれないだろうか?」
フェリスは意外そうな顔をしたが、ケビンの顔を一瞬ちらっと見て、それから肩をすくめて答えた。
「いいわよ? 私も今回の件が気になるし、水導窟のあとはマース市の”あの”遺跡に行く気だったしね」
「ありがとう。それじゃ君たちくれぐれも気を付けてね」
「私の足を引っ張らないでよね? 特にケビン」
「だ・れ・が! フェリスこそスピード上げすぎてこけるなよ!」
「あんたと一緒にしないでよ! 大体この前だって......」
いつものように喧嘩をし始める二人をジャックは苦笑しながら見つめていた。




