第二十九話「軍用魔獣」
ジェイドと別れたケビンたちはさらに島の奥へと進んだ。途中数人のチンピラどもと遭遇したが物の数ではなかった。
ケビンたちが髑髏島の奥ーー洞窟の前までたどり着くと、ドーランが腕を組み、仁王立ちで立っていた。
ケビンたちは足を止め、ドーランに正対した。アメリアがドーランに告げる。
「ドーラン! お前の企みはここまでだ。すでに手下どもも、切り札であろうスタントンたちも制圧した。大人しく降伏しろ」
無論アメリアのはったりである。それに対し、ドーランは不気味に笑った。アメリアを暗い目でねめつけるように眺めて言い返す。
「何を調子に乗ってこんな所まで来たのか知らぬが、あの時代の海を知らぬ小娘ども程度にこの俺が倒せるとでも?」
その気味悪さに直接見られていないフェリスの方がぞくっと鳥肌が立っていた。アメリアは動揺することなく毅然と言い返す。
「話を聞いていなかったのか? 残るはお前ひとりだ。降伏しろといったんだ」
「聞いていたさ。まったく親子二代で不快な連中だ」
「お前ほどではないよ?」
アメリアの物言いにドーランはふっと笑った。妄念と復讐のみで生きてきた自分はそう見えるかもしれないと自分自身で笑ってしまったのだ。
「まあいいだろう。降伏だったか? もちろん断るよ。俺の切り札はまだある」
「なに?」
ドーランは胸元から笛を取り出して勢いよく吹いた。
その瞬間、ドーランの後方の洞窟から二体の何かかがすごいスピードで現れてケビンたちを挟んだ。
「これは......」
「ハウンドドック? でも大きすぎるわ」
ケビンもフェリスも武器を即座に構えて臨戦態勢となった。彼らを囲んでいるのは犬型の魔獣だった。眼は血走り、犬歯の見える大きな口からはよだれと荒い吐息が漏れていた。そして何より普通の犬型魔獣と違ったのは大きさが馬二頭分くらいありそうなところだった。
「そいつは傭兵どもが使役する”軍用魔獣”というものさ。人間が命令できるように調教と改造を施してある。てめえらの腕の一本や二本なぞ一瞬で食いちぎってしまうやつらだぜぇ?」
勝ち誇ったような顔のドーランを、アメリアは冷たい目で見ていた。
「傭兵か......ひどいことをする......だが、ドーラン。船乗りがそんなものに頼るのは少し恥ずかしいんじゃないのか?」
余裕を崩さないアメリアにドーランは苛立った。
「うるせえよ。俺はなぁ、お前ら親子に復讐できればそれでいいのよ。船乗りの矜持なぞ知ったことか!」
「ふむ、この島を根城にしたことといいお前もしや......」
「それ以上喋んなぁ! アメリアぁ! やっちまえヘルドック!」
ドーランは再度笛を吹いてヘルドックをけしかけた。ヘルドックは力強く大地を蹴り、ケビンたちに襲い掛かる。ケビンとフェリスは素早く横に飛んでかわしたが、アメリアはその場に突っ立ったままだった。
「アメリアさん!?」
ケビンが悲鳴をあげた。アメリアがなす術もなく引き裂かれてしまうと思った。しかしそうはならなかった。
ヘルドックたちの牙がと届くと思われた瞬間、鋭い轟音が立て続けに二発鳴り響き、彼らを後退させた。ケビンたちが驚いてヘルドックを見やるとその内の一体の眼がつぶれて血が出ていた。
アメリアのシミターを持つ手と逆の手には鈍く光る物が握られていた。”魔導銃”といわれるものだった。魔導石を嵌め込むことで自分の属性以外の魔導を撃つことが出来る道具である。
「ケビン! フェリス! 一匹は任せたよ!」
ケビンたちははっとした。惚けてる場合ではなかった。ケビンたちは自分たちから近い方のヘルドックに向き直った。こちらのヘルドックもアメリアの銃撃が当たったのか、肩が焼け焦げていた。
「火型五の形・炎柱剣!」
まずはケビンが突っ込んだ。牽制代わりに炎の柱を突き立てた。ヘルドックは驚異的な反射速度でそれを避け、鋭い爪で切り裂いた。
ケビンはそれを剣で正面から受け止めた。
「シェフィールドダンス!」
ケビンが敵を食い止めている横合いからフェリスが襲い掛かる。ヘルドックは無数の切り傷を負った。しかし流石は軍用に改造された魔獣であった。軽い攻撃では皮一枚傷を負わせるのが精一杯だった。
「硬すぎじゃない!? こいつ!」
「攻撃を続けるしかない! どこかに弱点があるはずだ!」
「そんなものあるの!?」
そう言いつつ、ケビンも避けるのが精一杯だった。ヘルドックはこちらの攻撃を無視し続けて前脚を振るい続けてくる。
ヘルドックの攻撃が一瞬止んだ。ケビンはその瞬間を見逃さなかった。
「うおおお!」
ケビンは闘気をためて渾身の一撃を叩きこもうとする。
その時、ヘルドックが口を大きく開けた。ケビンがその意図に気付いた時には遅かった。
ヘルドックの口から炎が吐かれた。
ケビンは回避を諦めて身構えた。少しでもダメージを軽減するために闘気と魔導を限界まで放出し防御に当てる。
「シェフィールド!」
だが炎がケビンの身を焦がすことはなかった。フェリスが横からものすごい速さで、体当たりをしてケビンと一緒に転がっていったのである。
「いてて......」
ケビンが起き上がると、フェリスがうずくまっていた。
「フェリス! その足!?」
よく見るとフェリスは足を手で押さえていた。どうやら炎がかすったようである。
「船での借りは返したわよ? うっ!!」
船でケビンがクラーケンの攻撃からフェリスを守ったときのことを言っているらしい。フェリスはなんでもないといった感じで強がったが、どうやら立ち上がれそうになかった。
「......」
ケビンは何かを言う代わりにフェリスの前に立って剣を構えた。
「ちょっと! 守ってくれなんて言ってないわよ!?」
フェリスは抗議の声を上げたが、ケビンはヘルドックに集中していた。これ以上少しの攻撃もフェリスに届かせるつもりはなかった。ヘルドックはケビンの剣を警戒しつつ距離を少しずつ詰めた。
「ちっ!」
アメリアはその様子を横目で見つつ舌打ちをした。援護に行きたいが自分も目の前のもう一匹で精いっぱいだった。
圧倒的に攻め手が足りない。ケビンたちの背中に冷たいものが流れた。万事休すかと思われたその時、男の声が響き渡った。
「グランドウォール!」
「ギャインッ!」
突如として石の壁がヘルドックの足元からせり立ち、その巨体を弾き飛ばした。ヘルドックは突然の衝撃に目を白黒させている。
「俺の!」
そこへ一人の男がその巨体に似合わない速度で飛び出してきた。
「仲間に!」
男は魔導杖を体をねじって構え、体勢をとった。ヘルドックの手前で急停止する。
「なにしとるんじゃーー!!」
停止した反動で魔導杖をフルスイングした。魔導杖はヘルドックの顔面を吹き飛ばし後退させる。
「待たせたな! お前ら!」
駆け付けたのは船酔いで倒れていたジャックだった。
ケビンは先ほどの緊張感から解放されて一息ついた。
「おせえよ......」
「悪い悪い。でもタイミングばっちりだったろ?」
口とは裏腹に悪びれる様子のないジャックにケビンは苦笑した。やはりこの男がいると安心感が違う。ケビンは気合を入れなおして剣を構えた。
ジャックがケビンに聞いた。
「いけるか?」
「誰に言ってるんだよ」
ケビンは二人そろえば無敵のような気がしていた......いや、今なら三人か。後ろでフェリスが立ち上がる気配がした。
「あんたもしかして駆け付けるタイミング見計らってたんじゃないでしょうね?」
フェリスが聞くと、ジャックは慌てて否定した。
「そんなわけないだろう!? あの人に加勢したら少し遅くなったのは確かだけどな」
ジャックの視線の先には三又槍を構えたジェイドがいた。
「遅れてすみません、キャプテン」
アメリアは肩をすくめた。お小言は後といった感じであった。
「フェリス! ケビンの攻撃に合わせるぞ!」
「しょうがないわね! 外さないでよ?」
「外すかよ!!」
三人が構えた。ヘルドックは敏感に危機を感じ取った。やられる前にとケビンたちへと突進する。
「クレストバインド!」
地面が手の形をしてヘルドックを掴み動きを止める。
「行くぞ! 火型六の形・火炎車!」
ケビンが横回転して火の渦を作った。
「トルネードショット!」
それにフェリスが竜巻を合わせる。竜巻は炎の渦と交わり炎の竜巻となってヘルドックに襲い掛かった。
「「フレイムトルネード!!」」
「ぐごがぁぁぁあああぁぁぁ!」
ヘルドックは恐ろしい断末魔を出しながら炎にその身を焼かれて倒れた。
「ふうっ!」
ケビンが一息入れると、ジャックも近寄ってきた。二人は目を合わせて、足を引きずるフェリスまで歩み寄った。そして二人で手を高く掲げた。フェリスはその意図を読み取り、同じくらい高く手を高く掲げて、輝くような笑顔でハイタッチをした。




