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第二十八話「思い出の中の航海」

 ドーランは洞窟の奥で目をつむっていた。寝ているわけではない。かつてのあの頃を思い出していた。


 (......あの頃は楽しかった。)


 ドーランが目をつむれば、彼の中にいる、仲間や船長のことが今もまざまざと思いだされる。


 ドーランは若返った気分になり、船長に駆け寄って行った。


「船長! 右舷前方に帝国船が見えますぜ!」


 ドーランの記憶の中の船長は快活に笑っていた。


「またかよ! あいつら自分らが大国だからって調子に乗りやがって! おい、てめぇら! 俺たちは帝国ごときに屈しねえってとこを見せてやろうぜ!」


 船長の激に船員たちは武器を振り上げ、足を踏み鳴らし、おお!と声を上げて答えた。それを見た船長はまた笑ってドーランに向き直って言った。


「みろ! ドーラン! 相手は帝国だってのに誰も怯えてねえ! バカばっかりだぜ!」


「みんな船長に似たんですな! あんたが真っ先に突っ込んで死にやしねえからみんなバカになっちまった!」


「こいつめ! この前まで甲板掃除の小僧だったくせに言いやがるぜ!」


「へっへっ! すいやせん船長」


 場面は変わって今度は大嵐だった。船が沈みそうになるのを船員全員がどうにかカバーし合いながら耐えていた。


 船長がドーランに指示を飛ばす。


「ドーラン! しっかりロープに体をつないでおけ! そんなんじゃ海に放り出されちまうぞ!」


「すんません船長! でもマストに上るにはこうしないと! うわっ!!」


「ドーラン!?」


 ドーランは急に船が傾いたことで甲板をゴロゴロと転がった。その勢いは止められずドーランは船から弾き飛ばされてしまった。ドーランは海に落ちるのを覚悟したが、いつまで待ってもその時は訪れなかった。


 誰かがドーランの手を必死につかんでいた。船から投げ出され落ちそうになるドーランを片手で掴んで離さなかった。


「そんな......船長!」


 ドーランを途中で助けたのは船長だった。


「たく......てめえは......だからあれだけロープで体を繋ぎ止めておけって言ったろ......」


 あきれ顔の船長にドーランは絶望的な表情で叫んだ。


「そんなことより! 船長! 目が!」


 船が揺られたときに何か飛んできたのだろうか。船長は片目から血を流していた。


「ボーっとするな! 今引き上げるぞ!」


 船長は歯を食いしばって片手でドーランを引き上げた。助け上げられたドーランをロープできつく縛り、船長は片目を閉じたままにッと笑った。


「おら! これでもう大丈夫だ!」


「そんな......船長......俺を助けたせいで......」


 船長はドーランの頭の上にぽんっと手を置いた。


「馬鹿野郎。親ってのはな子を守るもんなんだよ。こういうのは普段俺のワガママに突き合せちまってる迷惑料みたいなもんさ......」


「船長......」


 ドーランの顔は涙と鼻汁でぐしょぐしょになっていた。その様子を見て船長は困ったように片目で笑った。


 また場面が変わった。今度は朝の港だった。

ドーランは鬼気迫る表情で船長に詰め寄っていた。


「俺を連れていけないってどういうことですか!? 船長!」


 船長は苦笑しながら告げた。


「悪いな、ドーラン。皆で決めたことなんだ」


「そんな!? 俺はこの船の為ならいつでも命を投げ出せますぜ!」


 船長は首を横に振った。


「悪いな。俺らも今回ばかりは覚悟してるんだよ......さすがにちょっと暴れすぎたからな......負けても捕まっても俺たちの運命は決まっている。誰か一人くらいは俺たちがいたってことを覚えておいてほしいんだよ」


 船長の寂しそうな顔にドーランは息が詰まった。拳を握りしめたが、どうしていいのか分からなかった。


 船長はドーランの肩に手を置いて別れを告げた。


「あばよ。ドーラン。達者でな」


 そう言って身を翻し、船に乗り込む船長たちにドーランは最後の説得を試みた。すでに無意味なことは悟っていたが......それでもあきらめきれなかったのだ。


「船長! ボンは! 船長の息子はどうするんですか! 天涯孤独の身になっちまいますぜ!」


 船長はこちらを振り向くことなく言った。


「安心しろ! 一番信頼できる男に預けてある。そうだ! ドーラン頼みがある! もし成長したあいつに会う事があったら、あいつには自分の信じた海を行け!とでも伝えてくれ!」


 そういって、船長たちは朝霧の向こうへと消えて行った。自分を置いて最後の航海へ行ってしまった。ドーランはそれを呆然と眺める事しかできなかった。


「親分!! 来ましたぜ!」


 部下からの呼び声でドーランは目を開けた。


「分かった。今行く」


 ドーランは暗く静かに部下に告げた。部下はその様子にぞっとしながらも敬礼して持ち場に戻った。


(船長、どうやら約束は守れそうにありません。ですが、あんたの仇は必ず取って見せます)


 そう誓ってドーランはあの頃からの愛用のシミターを手に取り、戦場へと向かった。


☆☆☆


 ケビンたちは島にたどり着くと急いで上陸した。パーシバル号は島の入り江に錨を下ろし、ケビンたちは小舟で島に降り立った。幸い一番警戒していた島の入り口での急襲はなく、安全に上陸することが出来た。


 アメリアはケビンに聞いた。


「ケビン、ジャックはどうだ?」


「まだ回復しきっていなかったので、置いてきました。多分しばらくしたら戦列に復帰できるはずです」


「何をしに来たんだあいつは?」


 アメリアは苦笑いしていた。そのまま船員たちに檄を飛ばす。


「気を取り直して......野郎ども! 準備はいいかぁ!」


「おお! キャプテン!」


「ゲロ吐き野郎と一緒にしねえで下せえ!」


 船員たちはそれで馬鹿笑いしていた。アメリアも凶暴な笑みを浮かべて告げる。


「そうだな! ついてこれてねえ奴はゲロ吐き野郎と一緒に寝てやがれ! いくぞぉ!」


 アメリアがシミターを振り下ろす勢いのまま船員たちは髑髏島の奥へと突撃していった。


 船員たちの掛け声に合わせるかのように、手前の鬱蒼とした森に隠れていた手下どもが姿を現わし襲い掛かってきた。


 流石に歴戦の船乗りたちである。相手は街のチンピラたちだ。一人一人は全く相手にならなかったが、なにせ四倍の戦力差である。戦況は膠着し始めていた。


「アメリア!」


「なんだ! 親父ぃ!」


 オドラス市長が敵を一人殴り倒しながらアメリアを呼んだ。


「ここはわしらに任せてお前はドーランを捕まえに行け!」


「だが、この状況で私たちが抜けたら......」


「あやつに逃げられたらそれこそここまで来た意味が無かろう!」


 メイソンもこん棒で敵を吹き飛ばしなら叫ぶ。


「旦那の言う通りでさあ! 俺の部下の始末をお嬢に任せるのは忍びねえが、あいにく齢で走れそうにねえ! ここは任せてください!」


 メイソンの言葉にナイフで戦っているラルバが反応した。


「確かにあなたの部下がやったことなのに人任せにするとは......せめてもう少し働いたらどうですか?」


「ぬかせ! てめえだってドーランはよく働くって褒めてたろ!」


 この状況で喧嘩を始める二人だったが、意図は明白だった。まだ余裕だから先に行けと言うメッセージである。アメリアは二人の心意気に答えることにした。


「ジェイド! ケビン! フェリス! ついて来い! ドーランを捕まえに行く!」


「「「アイアイ! キャプテン!」」」


 すっかり船の流儀に慣れたケビンとフェリスにアメリアは笑った。四人連れだって森の奥を進んでいく。途中何人かチンピラに遭遇したがこの四人の敵ではなかった。


 なんなく倒して次に向かって行く。そしてひらけた場所に出たところで待ち構えているものがいた。この暑いのに汗一つかかず、全身黒ずくめの黒スーツ姿。腕には鈍色のガントレットをはめ、殺気を隠すことなくこちらを待ち構えていた。スタントンである。


 四人は立ち止まって身構えた。スタントンは首をこきこきと鳴らしながら戦闘態勢に入る。


「ふんっ。本命の前の肩慣らしとしては悪くないか」


 軽くステップを踏み構えるスタントンに、アメリアは皮肉気に言った。


「随分舐めているようだが、相手の実力も見抜けないようじゃ実力が知れるね」


「吠えるな小娘。お前ら程度何人いようと障害ではない」


「へえ? 犬のくせに言ってくれるじゃないの? わんと鳴かせてやるよ......あん?」


 血気逸るアメリアに待ったを掛けたものがいた。ジェイドだった。アメリアを片手で制し、宣言した。


「キャプテン、先に。こいつは俺が相手します」


 そう言うと三又槍を構えてスタントンに勝るとも劣らない気を放出し始めた。


 スタントンは笑った。


「へえ? 確かに節穴だったぜ。まさかここまでやれるとはな? ”炎将”が来るまでもなく楽しめそうだ」


 アメリアはジェイドの意を汲んだ。


「待っているぞ?」


 ジェイドにただ一言声を掛けて、ケビンたちを連れだって、先へ行った。スタントンもそれをことさら追う気はなかった。目の前に旨そうな獲物がいるのだから。


「いくぞ? 小僧」


 スタントンが挑発する。


「すまんがすぐに追いつかねばならなくなった......死ね」


 ジェイドから闘気と殺気が吹き上がり、スタントンのそれとぶつかった。スタントンはぞくぞくしながら拳を振り上げてジェイドに向かって行った。

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