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第一話「任命式」

「それまで!」


 鋭い、しかし理性的な男性の声が、青々と生い茂る、草むらの広場一杯に響き渡った。


 声を発したのは仕立てのいい服を着て、茶色い髪も相まって柔らかい雰囲気の男であった。顔立ちも端正で掛けた眼鏡の奥の瞳からは深い知性をにじませていた。


 そして彼の眼前には二人の男がいた。一人は仰向けに大地に倒れ伏し肩で息をして、いま一人は腰に手を当てて何かを諦めたように苦笑しながら、倒れ伏した男を見ていた。


 すると、先ほど声を発した眼鏡の男がいまだ大地に身を投げ出している男にどこか嬉しそうに声をかけた。


「すごいじゃないか、ケビン! フィル殿に一太刀いれるなんて!」


 ケビン呼ばれた少年はその言葉を聞いてニッと笑った。歳は十五・六程であろうか。彼の身体はしなやかに鍛えられており、濃い黒髪とあどけなさの残るスッキリとした顔立ちが印象的な若者であった。ケビンは手にしていた剣を杖代わりにして、震える体をなんとか起き上がらせた。そして目の前で仁王立ちしている男に言い放った。


「へへっ。どうだクソ親父」


 親父と呼ばれた男は大男であった。赤い髪に筋骨隆々の体、服の間から覗く大胸筋ははちきれんばかりで、袖から伸びる腕についた無数の傷が、この男の戦歴を物語っていた。


 その彼の籠手には亀裂が入っていた。今し方ケビンによって付けられた傷だ。


 大男はゆっくりと剣を持った手と反対の手を伸ばしてケビンに差し出した。ケビンはその手が自分を起き上がらせようとしているものだと思った。


 ケビンが素直にその手を取ろうとしたその時である。大男はサッとケビンの手をスカし、握り拳でそのままケビンの頭に鉄槌を落とした。まるで木槌で鐘を打ったような鈍い音がすると同時に大男はケビンに向かって言い放った。


「何度言ったらわかるんだ! パパと呼べ!」


 ケビンはそれどころではなかった。頭が陥没するかと思うほどの衝撃を受けたのだ。先ほどの疲れもどこへやら、声にもならない様子で地面を転げまわりながら痛みと戦っていた。


「フィル殿......折角ケビンが試験をクリアしたというのに......」


 眼鏡の男がため息をついた。いつもの光景なのだ。


 フィルと呼ばれたケビンを殴った大男は腕組みをしながら口を尖らせて言った。


「しかしな? ターナー。反抗期の息子を躾けるのも父親の務めではないか? それに試験をクリアしたと言ってもハンデ戦ではないか。片腕一本しか使えないのだぞ?」


「だけどついこの前まで両腕ですら触らせなかったじゃないか? それを思えば大した進歩だ。それにあなたに一太刀入れることのできる人がこの王国に何人いるんだい?」


 そう言われるとフィルは何とも言えなかった。フィルは確かにこのレイカー王国でも抜き出てた存在であり、一太刀どころかまともに剣をとらせるものすらほとんどいないのである。それを考えればケビンはかなり強い部類と言えた。


 納得できないフィルはさらに言葉を続けようとしたが、そこにさらに一人の男が「お~い」と声をかけながら近づいてきた。フィルによく似た赤毛の男である。身体もフィルと同じくらいか少し大きいくらいで、違うのは彼が剣ではなく杖を持っていることくらいか。彼は魔導士であった。


 魔導士とは五導石を埋め込んだ魔道器を使って戦う人間たちのことを言う。かつて人類は 地水火風の四属性と空の属性を加えた五つの属性を持つ鉱石を発見した。しかし鉱石の持つ力は弱く、できることはそよ風を出すことや、水をしたたり落とすことくらいであり、一部の民族に神具として奉られるくらいしか用途はなかった。


 その状況に変化をもたらしたのは今から約100年前である。第二次産業革命の際にドナーティア博士によって魔導機が発明された事を契機として人類の歴史は変わった。鉱石に内包するエネルギーが効率的に運用できるようになり、そよ風は突風を、水は噴水を出せるまでになった。結果、魔導石は生活必需品となり、大陸中に広まることになる。


 さらにその後の研究で人間自身にも属性があることが分かった。結果、特性のある人間が使用すると魔導石はさらに強い威力を出せることが分かった。こうして魔導石は武器としての側面も持つようになり、魔獣退治や秘境探索、そして戦争にも使われるようになったのである。


 こうした流れの中で魔導石に対して高い特性を持ち、それを専門に使うものを魔導士と呼ぶようになった。しかし、魔導士の多くは自分の属性を鍛えることが多いため、彼のような大柄な人は稀であった。


 魔導士の男はケビンを見下ろして手を差し出した。ケビンは先ほどのことがあったからか、かなり警戒しながら魔導士の手を取った。しかし、彼の心配は杞憂に終わった。魔導士はよっと力強くケビンの手を引っ張りあげ立たせながら話しかけた。


「それで? どうだった?」


「そんなもの、合格したに決まってるだろ?」


「お! やるじゃないか。 前までは親父にやられるたびにピーピー泣いていたのに」


「いつの話だよ......」


 ケビンは呆れたように言った。剣を手に取りたての頃は確かにそのようなこともあったが(如何せん師であるフィルの力がありすぎて......)、今はいっぱしの剣士に成長したのだ。いくらジャックが兄とはいえ、あまり昔のことを引っ張りだされるのはケビンも気分が悪かった。


 そんな素直に称賛できない一家をみかねたのか、先ほどターナーと言われた眼鏡の男が助け舟を出した。


「まあまあ、ケビンはよくやったよ。フィル殿もジャックもそこはわかっていると思うよ?」


 そういってちらりと横目で二人を見ると、このよく似た親子はバツの悪そうな顔をしていた。ターナーは一度ふふっと笑ってケビンに話しかけた。


「それではケビン」


「は......はい!」


「よくぞここまで成長しました。いくらフィル殿の息子と言えどその齢でここまでの能力、武力、そして精神力を身に付けるとは私も想定していませんでした」


「......」


「よって! ケビン・ブライアン! 君をこれよりレイカー王国ウェルカ市の支援者(サポーターズ)、ターナー・ドルンの名の下に、黒鉄級守護士(シールダーズ)として認めます! おめでとう、ケビン......これから君は我々の仲間だ」


 そう言ってターナーは自分の右手をケビンに差し出した。ケビンは数瞬の間、呆然とターナーの手を眺めていたが、そのあと満面の笑みで彼の手を強く握った。本当に本当に強く握った。


 後に大陸を救うことになる英雄の冒険の第一歩がこうして始まったのである。

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