第二十四話「かつての航海」
メイソンを倒したケビンたちはすっかり船乗りたちに囲まれてしまっていた。皆組長をやられてすっかり殺気立っている。
「てめえら......よくも組長を......」
「誰だか知らねえが、やってくれるじゃねえか」
「ただで帰れると思うなよ?」
船乗りたちは椅子の脚やらナイフをもってじりじりと包囲網を狭めてくる。
「これは......」
「ちょっとまずいわね......」
ジャックとフェリスは冷や汗を垂らした。この程度の相手であるならば彼らが本気を出せば問題ないのだが、いくら屈強な船乗りと言えど民間人である。怪我をさせれば守護士の信用にも関わってくるのだ。
「ジャック......」
ケビンがジャックを小声で呼んだ。
「どうした? ケビン」
「俺が突破口を開く。その隙にフェリスを連れて逃げてくれ」
「ちょっと!? 何ふざけたこと言ってんの!?」
ケビンの提案にフェリスが不服の声を上げた。こうなったのは自分にも責任がある。守ってもらう所以などなかった。
それでも、ジャックはケビンの眼を見て笑って頷いた。ケビンはこうなったら絶対に自分の意思を曲げないことはよく知っていた。
戸惑うフェリスを余所に、ケビンが突撃しようと足に力を込めた瞬間だった。
「待ちな」
ケビンたちの後方から野太い男の声がした。
ケビンたちがバッと振り向くと、そこには先ほど気絶させられたはずのメイソンが殴られたところをさすりながらケロリと立っている姿があった。
周囲に緊張感が漂う。
メイソンはケビンにゆっくりと近づいて顔を覗き込んだ。そしてケビンが鼻息を感じるところまで顔を近づけられたところで、メイソンはにッと笑った。
「やるじゃねえか! 坊主!!」
だっはっはっと笑いながらメイソンはケビンの背中をバシバシとと叩いた。急な事態に付いていけずケビンは目を白黒とさせ、ジャックとフェリスも動きを止めてしまった。
メイソンはなおも続ける。
「息子くらいの齢のガキに不覚を取るとは思わなかったぜ!......うん? そういやそのバッチ......お前らもしかして守護士か?」
メイソンがケビンの胸に光るバッチ気付いたように言った。ケビンがはッと自分の胸元を隠したがもう遅かった。
メイソンはケビンを見やると、真剣な表情をした。
「もしや、てめえが市長の娘のパンツ泥棒を捕まえたっていう若い守護士かい?」
ケビンは緊張した面持ちで答えた。
「そうだ。それがどうかしたか?」
ケビンの問いにメイソンは震えながら答える。
「どうしたって......おまえよお......」
ケビンはまたしても構えを取った。身の危険を感じていた。
「おまえよお......うおーん!! ありがとぉおおよぉぉ!!!」
大男に泣きながら抱き着かれてケビンはどうしていいのかわからなくなっていた。
☆☆☆
「お前らぁ! いい奴だったんだなぁ。ごめんなあ。急に殴り掛かっちまってよぉ」
いくらか落ち着いて、ケビンたちが事の顛末を話すと、メイソンはまた泣いて謝っていた。(ちなみに最初にフェリスに絡んだ船乗り二人はメイソンの鉄拳制裁にによって樽の中に頭から押し込まれていた)
「いや、そんな俺らが暴れたのも事実だし......」
ケビンが申し訳なさそうにすると、メイソンはハンカチを取り出し、ぶーっと鼻をかんだ後、落ち着いて話をし始めた。
「そう言ってもらえるのはありがてえが、旦那の娘を守ってくれた男に手を出すのは仁義を欠くってもんよ。すまんかった」
フィルと同じくらいの海の男に頭を下げられて、三人は慌てた。
「まあ誰も怪我をしてないのですから。ここはお互い様という事で」
少しだけ負い目のあるフェリスが目をそらしながら言った。しかし、メイソンはその言葉に甘えない。
「いやぁ、悪かったのはどう聞いても俺らよ。船乗りってのは酒を飲むとどうしても血気盛んになっちまう。俺らの若いころもそうだったが近頃はさらにけねえ」
「というと?」
ジャックがメイソンの言葉に反応した。メイソンはしみじみとしながら話を続ける。
「なに、俺らの頃はこの辺も海賊だのなんだのがいたからなあ。必然的に商売を続けるには腕っぷしってものが必要になってくる。当時はオドラスの旦那と無茶したもんさ」
「ほうほう」
「だが、最近の奴らはそういう暴れる場所が無くなったからなのか、どうにも商売人だの住人だのに手を出すみたいでな。見つけ次第ふんじばってってやるんだがこれが中々数が減らん」
「へえ? 結構前からなんですか?」
「まあちょくちょくあったが、最近は特にひどいな。ガラの悪いのが増えた。その辺はあいつに任せてるんだがな......」
「あいつ?」
「おう、紹介しとくか。おーい! ドーラン!」
「なんですかい? 組長」
メイソンに呼ばれると一人の男が進み出てきた。背はケビンより少し低いくらいであろうか、やはり船乗りらしく筋骨隆々であることに変わりはないのだが、目に隈があり少し陰気の感じのする男であった。
「こいつはドーランて言ってな。まあ俺の右腕ってところだ。事務仕事なんかが苦手な俺に代わって色々とやってくれる男だよ」
「どうも、紹介に預かりましたドーランです。よろしくお願いしやす」
「まあ船乗りにしては少し暗い奴だがよろしく頼むよ」
「へっへっ」
ドーランが嫌にへりくだりながら三人にそれぞれ挨拶した。そして一瞬フェリスを見る時だけ、嫌に粘っこい笑みを浮かべた。フェリスはその瞬間ざわったとしたものを感じ、体を抱きかかえるようにした。
「おい! ドーラン! 客人が怖がってるじゃねえか! お前は気持ち悪いんだ。どっか行ってろ!」
自分から呼んだくせにひどい言い草である。
ドーランは一瞬恨みがまし気にこちらを見た後、どこかへ消えて行った。
「悪かったな。お前ら。まあ今の奴が街のごろつきどもを管理している奴だ」
「彼がいて、それでも街の人に手を出す人が減らないんですか?」
ジャックに聞かれると、メイソンは首を横に振った。
「いや、実際奴のおかげで目に見える数は減ったんだ。ただどうにも他に悪さをしてる連中がいるみたいでな。どこかを根城にしているみたいなんだが一向に見つけられん。髑髏島にでも隠れてるのかと思うよ」
「髑髏島?」
フェリスがそれは何だ?と言った形で聞くと、メイソンも懐かしそうに答えた。
「昔の大海賊ーーキャプテン・キッドが根城にしていた島よ」
「そんな島があるのならそこにいるんじゃないんですか?」
ケビンの疑問にメイソンはまたしても首を横に振った。
「それはねえよ。あそこは周りに点在する島のせいで海流の流れが嫌に複雑でな。地元の猟師もたどり着けやしねえ。海図に一流の航海士に操舵手、これだけいればどうにかなるかどうかって世界だ。街の不良どもにはとても行けるもんじゃねえよ」
「じゃあメイソンさんあなたなら?」
ジャックの質問にケビンたちはぎょっとした。かなり直接的な聞き方だったからだ。その様子を知ってか知らずか、メイソンは笑って答えた。
「俺は一流の航海士よ! 船さえあればどこへでも行けるぜ!ーーただあの島だけは一人じゃ無理だったな」
「行ったことあるんですか?」
「おうよ。オドラスの旦那が船長で、俺が操舵手。そしてラルバの陰険野郎が航海士だ。その三人がそろって初めてあの海を越えることが出来た。それで......」
「「「それで?」」」
三人が口をそろえて聞いた。メイソンはにっと笑って答えた。
「お前らの親父、フィル・ブライアン殿と協力してキャプテン・キッドを退治したってわけよ」
三人は驚いた。まさかここでフィルの名前を聞くことになるとは思ってなかったのだ。
「がっはっは! 驚いたろ? 俺らの人生の中でも最高の航海よ!」
そしてぐびっと酒を飲みほした。
「まあ昔の話だ。今は俺らもみんな立場ってものができちまって気軽に海にもいけねえ。寂しい限りだぜ」
メイソンは寂しそうに言った。ケビンがその様子を気づかり、声を掛けようとする前にまたメイソンは三人に問いかけた。
「それで? お前らこんな酒場で何してたんだ?」
メイソンの質問にはジャックが答えた。
「ああ、最近こっちに来たばっかりだから街の話をもっと聞いておこうと思ってね」
そういうとメイソンは破顔した。
「そうかそうか! ここはいい街さ。船乗りたちには俺から何か聞かれたらなんでも答えてやれって話を通しておいてやるよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
ケビンが素直にお礼を言った。ケビンたちはその後船乗りたちの何人かから話を聞いて酒場を出ていった。




