第二十話「海賊女王」
港は盛況だった。漁師たちが近郊の沖合で獲れた魚を売る声が聞こえ、貿易商たちがそこかしこで自国で仕入れた交易品を売る姿が見えた。
ケビンたちが戦った跡を修理した箇所はそこ彼処に見えたものの、王国の港として相応しい姿と言えた。
ケビンたちは物珍しそうに市場の中を見て周り、三件の依頼をこなしたことで仕入れたお金で今後に必要なものを揃えていた。
市長の娘との約束の刻限まで今少し時間があった。ジャックは必要なものを買い揃えると、早々に用があると言って何処ぞへと消え、今はケビンとフェリスの二人で港を散策していた。
「......」
「......」
なんとなく気まずい二人であった。最初の喧嘩から息の合ったコンビネーションが使えるところまで持ち直したのだから、二人とも大分仲良くなった方である。しかし完全にどちらかが謝ったわけではないのだ。ジャックが間にいなければハッキリとした関係修復には至らなかった。
はじめに口を開いたのはフェリスだった。
「ねえ......退屈なんだけど?」
「知らねーよ」
「ここは男として女性を楽しませるものじゃない?」
「クインビーの頭を一撃で切り落とす奴が何言ってるんだ?」
「あら?つまらないことほじくり返して......器が小さいんじゃない?」
「なんだと?」
「なによ?」
二人の睨み合いが剣呑なものになっていた。お互いにツノを突き合わせる勢いで喧嘩する二人を止めたのは女性の「キャッー!!」という金切り声であった。
二人は顔を見合わせると、お互いに頷いて声のした方に走っていった。
彼らが声のした方に近づくと、既に人だかりができていた。二人が人の群れをかきわけて中心に近づくと、そこでは二つのグループが言い争っていた。
片方は地元の船乗りだろうか? 皆そろいのセーラー服に赤いバンダナ。袖から見える日焼けした肌とはちきれんばかりの筋肉が彼らの職業を表していた。
対して、もう片方のグループは全員この暑い中、黒ずくめのスーツ姿だった。全員船乗りたちに負けず劣らずスーツの上からでもわかるほど屈強な体をしており、サングラスをかけて黙っている姿は異様な光景だった。
その中で最前線に立つ小太りの男が一人いた。恐らくリーダー格の男であろう。黒ずくめの男たちよりも仕立てのいいスーツを着て葉巻を吹かしていた。
小太りの男がバカにしたような態度で船乗りたちに話しかけた。
「だからですねぇ? 何回言ったらわかるのか......この商品がこの値段で売られているのは帝国では普通なんですよ?」
「ふ......ふざけるな!! 俺たちはずっと長いことこれでやってきたんだ。急に来た若造が何をぬかす!」
「困りましたねえ? やはりこんな田舎にいるとどうしても都会の相場感というのは分からなくなってくるんですかねえ?」
「誰が田舎もんだこらぁ!!」
「おお! 怖い! 息が臭いので近づかないでもらえます?」
「ぶっ殺す!!!」
船乗りがついにキレた。拳を振り上げて小太りの男を殴ろうとした。しかし船乗りの拳が男に届くことはなかった。直前で一番前にいたボディーガードの男が小太りの男を守ったのだ。
ボディーガードの男がギリリと船乗りの手を締めあげると、船乗りは絶叫した。
「いててて!! おい離せ! 離せって!」
ボディーガードの男は船乗りの声を無視してさらに手を締めあげた。ごきりと船乗りの腕から鈍い音がした。折ったのだ。とてつもない握力である。
「うああああぁぁ!」
船乗りは悲鳴を上げて離れた。船乗りの手がぷらんと下がっていた。後ろにいた仲間の船乗りたちがキレた。
「てめえ!!」
「やりやがったな!!」
「ただで帰れると思うなよ!」
血気盛んな船乗りたちの怒号があちこちで聞こえた。
一方で小太りの男は余裕の表情だ。あとは任せたと言わんばかりに片手を上げて一歩後ろに下がってしまった。
船乗りとボディーガードたちが残された形になり一触即発の雰囲気になった。
ケビンたちはやばいと感じていた。特に船乗りの骨を折った男、彼一人で残りの船乗りを皆殺しにできるほどの気を発していた。恐らくラミエル級の化け物である。ケビンはいざとなったら盾になってでも止める覚悟をしたその時だった。
「そこまでだ!」
喧騒をぬって辺りに鋭い女性の怒号が響き渡った。野次馬たちが自然と道を開けると、間から出てきたのは颯爽とした女性だった。輝くブロンドに黒曜石を思わせる意志の強い眼、服から零れ落ちるのではないかと思えるくらいの胸が印象的であった。
しかし、服装はブーツに精々船乗りたちの服を豪華にしたようなものを着ており、船乗りたちと同じ赤いバンダナが彼女に親しみやすさを与えていた。
現れた女性を見た小太りの男はまた前に出てきて慇懃無礼に話し始めた。
「これはこれは”海賊女王”殿。相変わらずお美しい。それにしてもなぜこのような所へ?」
白々しいと言わんばかりに鼻を鳴らした女性は、小太りの男を冷たい目で見ながら言った。
「またお前か......ダーモット。今度は何をしたんだ?」
「何とは心外ですなあ? 何もしておりませんぞ? むしろ彼らが急に殴り掛かってきたのだから我々は被害者ですとも」
いけしゃあしゃあと言うダーモットに船乗りたちは我慢できなかった。しかし「ふぜけるな!」という声は女性の一睨みでしぼんでしまった。
代わりに女性が船乗りたちに聞いた。
「この男が言ったことは本当か?」
船乗りたちは口をつぐんでしまった。こちらが先に手を出してしまったことは紛れもない事実なのだから。
女性が嘆息した。
「すまんな、ダーモット。私に免じて許してくれぬか?」
「いえいえそんなそんな。アメリア殿に謝っていただかなくても! 不幸な行き違いというものでしょう」
男手に一人、重傷を負わせられた方のグループは歯ぎしりせんばかりであった。しかし、アメリアと呼ばれた女性の顔を潰すわけにはいかないのだろう。じっと耐えていた。
「それで? 結局争いの原因は何なのだ?」
アメリアが船乗りたちに尋ねると、彼らも神妙に答えた。
「へえ、実は漁に使う用の火薬の値段が急に十倍になったと言い出しまして......」
「何!? 十倍? なんだってそんなものがそんな値段になるんだ?」
ケビンたちが「火薬」という言葉に反応した。その間にも話は続いていく。
「いえねえ? 今帝都では花火がブームでしてね? 火薬の値段も上がっているのですよ。だから中々こちらに回せる分はなくてですねえ?」
「そうか......私はてっきり豚の丸焼きにも使うのかと思ったよ? 何せ火導石で少し焼いた程度では腹黒すぎて食えたものではないだろうからな」
相手をなめたような言い方をするダーモットにいい加減アメリアもイライラしていたのか、段々と口調がひどくなっていた。
またしても一触即発の雰囲気に先ほど船乗りの骨を折ったスーツ姿の男がずいっと前に進み出た。圧倒的な身長差で上からアメリアを睨みつけたが、アメリアは胸を反らして、むしろ挑戦的に笑っていた。
そしていつの間にか、アメリアの後ろに控えていた浅黒い肌の男が槍をスーツの男の首筋に突き立てていた。
双方ともすごい気で、気を感じないはずの野次馬達すら彼らから寒気を覚えていたのだから、ケビンたちは言うに及ばずであった。
「下がりな! ジェイド!」
「あなたもですよ? スタントンさん?」
双方の大将格から注意を受けた二人は殺気を収めて大人しく下がって言った。
「申し訳ありませんね。アメリア殿。今回はこの辺で手打ちという事で」
「そうだな。今度は火薬をもう少し安くしてくれれば我々も友好的になるだろうな」
アメリアの皮肉にダーモットはイエスともノーとも言わず、ただうっすらと笑って去っていった。
ダーモットの一団が完全に去ったのを見届けると、アメリアは野次馬達を解散させ、船乗りたちに治療行うように促した。そして最後にケビンたちと目が合った。
アメリアはケビンたちを見つけると、にやっと笑って近づいてきた。
「なんだ、早いじゃないか! もう来ていたのか?」
ケビンたちは最初自分たちが話しかけられているとは思わなかった。こんな美女に知り合いはいないからだ。しかし、明らかにアメリアはケビンたちを見ている。
ケビンは恐る恐る尋ねた。
「あの......俺たちに何か御用でしょうか?」
ケビンの問いにアメリアは笑って答えた。
「何を言ってるんだ! 私は君らの依頼者だぞ?」
ケビンは首を傾げた。聞いていた話と違うからだ。
「え? でも依頼者は市長の娘のゲボラさんだって......」
アメリアはぷっと吹き出した。よく見たら、後ろのジェイドと呼ばれた男も笑っていた。
「いつまで騙されてるんだ。あれは偽物だ。うちのペットだよ。私が本当の市長の娘だ」
アメリアの言葉にケビンたちは目が点になった。そして徐々に自体が飲み込むと二人そろってアメリアを指さした。
「「え......えっーーーー!?」
ケビンたちの悲鳴が港町に木霊した。
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