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第十六話「しつこい男」

 ケビンは息も絶え絶えな様子であった。脚は震え、口で浅く呼吸を繰り返し、肝心の剣を持つ腕はだらりと下がったままだった。


 それでも眼は爛々とラミエルだけを見つめていた。


 ラミエルは警戒していた。こうなったときの武人の強さは理屈ではない。時に自分の限界を超えた戦いをしてくることを彼は長い戦歴の中で嫌という程、味わっていた。


 だが、ラミエルは勝利を確信していた。鞭は片方吹き飛ばされ、先ほどのジャックのダメージは残っている。しかしその差を少し限界を超えた程度では覆せないほどの力量差が二人の間には合った。それに......


「惜しいな......」


 ラミエルはぽつりとつぶやくように言った。


「何?」


 ケビンが問うと、ラミエルは哀しそうな目でケビンに言った。


「惜しいと言ったんだ......技が体に合っていない。その型は力と速さのバランスが必要なのであろう?」


「......」


 ケビンは押し黙った。確かにハイデルベルク流の火の型はラミエルの言う通り、力と速さをコントロールしなければ奥義にたどり着けないからだ。


「貴公は速さはともかく、力が足りない。体に合っていないのだよ......師がよくなかったな......」


 その瞬間、ケビンの眼に闘志が灯った。脚の震えは止まり、失われた力が甦っていた。ケビンを突き動かすものは怒りだ。たとえ何があろうと師をーーフィルのことを馬鹿にされるのは我慢できなかった。


「おまえに......おまえごときに......」


「ぬっ?」


 ラミエルが異常な殺気を感知して構えを取る。


「何が分かる!!」


 ケビンは怒りの勢いのまま飛び出した。それをラミエルは冷静に片方の残った鞭で迎撃する。


「ぐあっっ!?」


 ズダンッという音と共にケビンの身体が吹っ飛ばされた。ラミエルは呆れかえっていた。この状況で勢いのまま突っ込んでくるだけとは。先ほどのジャックの心技体合わさった突進と比べるとあまりにもお粗末であった。


 ケビンはというと吹き飛ばされた衝撃など意に介さず立ち上がっていた。そしてまた同じように突進してきた。


 またラミエルは返す。しかし今度は一撃、ケビンは防御した。だが返す動きでまた吹き飛ばされる。


 そしてまたケビンは立ち上がる。同じように突撃し、今度は二撃返す。しかし三回目でまた同じように吹っ飛ぶ。


 ラミエルは困った。ケビンも連れて行かなければならないのだ。できれば自由意思で降参して来て欲しかった。だからラミエルはジャックに呼び掛けた。


「ジャック・ブライアン。頼むから貴公の弟御に抵抗は無駄だと諭してはくれんか? あまりこういうのは気持ちのいいものではない」


「うるせえよ。黙ってケビンに集中していないとあんた負けちまうぜ?」


 ジャックが薄ら笑いで、ラミエルに言った。ラミエルは何を馬鹿なことを思った。息も絶え絶えなケビンに自分が万が一にも不覚をとることはないだろう。


 またケビンが突進してくる。今度は五撃耐えた。


 それが十回ほど繰り返されたころだろうか? ラミエルはこのころになってようやく焦りが出始めた。


 ケビンが倒れないのである。それどころか一歩一歩近づいてくる。もうすでにケビンが一度の突進で鞭を耐える数は五十を越していた。


 まだラミエルとケビンの間の距離に余裕はある。しかし一向にケビンが止まる気配がない。何度でも、何度でも何度でも倒しても立ち上がってくる。ケビンの執念に対し、初めてラミエルのこめかみに嫌な汗が流れた。


 このままではいけない。この少年は必ず自分の所までたどり着く。ラミエルは大技で決着をつけることを選択した。ケビンのしつこさに持久戦は悪手だったからだ。


「すまんな、少年。天槌......」


 その時、ジャックが大声で叫んだ。


「ラミエル・ベラルトォ!! これを見ろ!」


 突然の大声にラミエルはジャックの方を見た。するとジャックが不敵に笑い、拳を握りしめて海の方に突き出しているのが見えた。


 ラミエルは最初ジャックが何をしているのか分からなかった。しかし、彼が拳に握っているものを見た時、絶望した。


 ジャックの拳には黄色い布が握られていた。それは明らかにゲボラ嬢のパンツであった。


 ジャックがその拳を開き、パンツが海中へと身を投げようとした瞬間、ラミエルは絶叫した。


「やめろぉぉおおおぉぉ!!」


 ラミエルは己が人生で修得した全ての妙技をパンツを救い出すことに奉げた。パンツが海中へと消える前に鞭を伸ばし、繊維を傷つけないように母が我が子を抱きかかえるがごとく、柔らかくその先端でパンツをくるんだ。そして優しく素早く鞭を引き寄せそれを手に取った。


「おお!......」


 ようやく手に入れたそれにラミエルは感涙した。しかし、その余韻はジャックの言葉によってかき消された。


「気を抜いてていいのかよ?」


「!?」


 ラミエルはしまったと振り向いた。振り向いた先には天高く飛翔したケビンの姿があった。ラミエルは不思議に思った。ケビンとラミエルの間にはまだ距離がある。魔導士ならともかくその距離で剣士が飛び上がってもできることはない。その油断がラミエルの動きを一歩遅らせた。


「火型外の形・赤竜刃!!」


 ケビンは飛びあげって剣を振り上げたまま魔導器を発動させる。すると剣から炎が噴き出し、その勢いによってケビンの身体ごと縦に回転し始めた。徐々に勢いが強くなり回転が強くなる。


「うおおおぉぉおおぉ!!」


 そして回転したままケビンはとてつもないスピードで一直線にラミエルに突っ込んできた。


「なんと!?」


 ラミエルは驚愕の声を上げた。慌てて鞭をケビンに当てるが鞭は回転によって弾かれてしまう。


「くらえええぇぇえええぇ!!」


「ぬおおおおぉぉおおぉぉ!」


 ケビンとラミエルの咆哮が辺りに響き渡り、二人が交錯した瞬間凄まじい衝撃が起こった。砂塵がもうもうと舞い何が起きたのか外から見るジャックには分からなかった。


そして砂塵が晴れるとそこには剣を地面にめり込ませたケビンと、間一髪それを避けたラミエルが立っていた。しかし、ラミエルの鞭は根元から両断され、彼の体は完全に崩れていた。


「シェフィールド!」


 その時、今まで気配を消していたフェリスの小剣がラミエルを襲った。ラミエルも流石である。咄嗟にバク転してフェリスの刃をかわした。


 フェリスは歯噛みした。ここまで完全に隙をついておいて今の必殺の一撃を躱されるとは......なんという技量かと思った。


「まだだ!! その程度ではまだ私の妄念に勝る事は出来ん!」


 そういってラミエルは着地しようとした。彼が先ほどジャックとの戦闘で落としたもう一本の鞭のもとへ。あれを握れば彼らにあらがう術はなく、自分の完全勝利だと確信していた。


 ゆえに油断した。ラミエルは見落としていた。ジャックがいつの間にか魔導杖を再度握っていることを。


「空中なら避けられねえだろ? グランドウォール!」


 ラミエルの着地の間際、石の壁が地面からせり上がった。彼の股間目掛けて......


 どんっという鈍いが音がした。ケビンもフェリスも驚いてラミエルを見ていた。あまりに予想外の一撃だったからだ。


 しかし、それでもラミエルは倒れなかった。黙ってケビンたちを見つめ、そして一歩進んだ。


 ケビンもジャックも驚愕した。あれを食らってまだ動けるのかと。


「ちっ! 化け物め!」


 ジャックは毒づいた。完璧にとらえたと思っていたからだ。ケビンたちは満身創痍だったが武器を再度かまえた。決死の覚悟を三人とも決めていた。


 だが、それ以上ラミエルから攻撃が来ることはなかった。ラミエルはケビンたちを凝視し、それから天を見、月を指さした叫んだ。


「月よ見ていたか! 我が生き様を! 我が信念を! わが生涯に一片の悔いはなし! はっはっはっ!」


 そしてラミエルは意味不明なことを言って白目をむいて前のめりに倒れた。その手にパンツを握りしめたまま。


 フェリスが近づき、足の先でラミエルの身体をつんつんした。そして全く動く気配がないと、ケビンたちの方を向いて親指を立てた。


ケビンたちは糸が切れたようにその場にへたり込んだ。そしてお互いに顔を見合わせるとぷっと吹き出して笑いあった。


 その様子を上から満月だけが見ていた。

タイトルとあらすじを変えようと思います。

それと明日はケビンの守護士試験のときの戦いを0.5話として

一話の前に上げる予定です。

よろしくお願いします。

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